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世界3位に選ばれた山口市に学ぶ、日本人が忘れがちな日本の魅力の伝え方

徳力基彦noteプロデューサー/ブロガー
(出典:筆者撮影)

ニューヨーク・タイムズが「2024年に行くべき52カ所」を発表し、その3位に日本から山口市が選ばれて話題になっています。

山口市といえば、山口県の県庁所在地ではありますが、山口県は都道府県魅力度ランキングで下から5番目あたりの常連県。
日本でも旅行先に選ぶ人が少ない地域が、世界の52カ所に選ばれるだけでも快挙ですが、そのリストの3番目に掲載されたということで大きく注目されているわけです。

参考:NYタイムズ行くべき52カ所に日本のある都市が3位…旅のエキスパートも「行ったことない」

このニューヨーク・タイムズの「2024年に行くべき52カ所」は、編集部が旅行系のライターやジャーナリストにお薦めの地域を推薦してもらったリストを精査して掲載しているものだそうですので、いわゆる投票形式のランキングとはかなり性格が違います。

ただ、そんなリストに山口市が選ばれたところに、今後日本がどうやって海外に魅力をアピールしていくべきかのヒントが詰まっていると思いますので、詳細をご紹介したいと思います。

「何もない」と言われてきた山口市

何を隠そう、筆者は山口市で高校三年生まで育った人間ですので、今回の快挙には、喜びとともに正直戸惑いのような不思議な感覚を感じました。

テレビのニュース番組でも、山口市の選出について山口市の人にインタビューした際に、魅力やスポットは?と聞かれて「ちょっとわからない」と答えているのが象徴的ですが、今回の選出前に山口市民に山口市の魅力を聞いていたら、多くの人が「何もない」と答えていたのではないかと想像します。

なにしろ、前述のように山口県は、都道府県魅力度ランキングでも42位〜43位あたりの常連で、さらに山口県の観光地といえば一般的には、関門海峡のある下関市や、錦帯橋の岩国市、松下村塾のある萩市などの名前があがり、山口市の観光地が上位に入ることは滅多にありません。

山口市は県庁所在地ではあるのですが、全国の都道府県庁所在地の人口の最下位争いをしていたほど、山口県の中でも影が薄い都市というのは、多くの山口の方が同意されると思います。

「何もない」街の様々な魅力

ただ、今回ニューヨーク・タイムズに山口市を推薦されたライターで写真家のクレイグ・モドさんは、そんな日本人から見ると「何もない」山口市の様々な魅力をあげています。

一番分かりやすいのは「山口市は西の京と呼ばれ、京都に比べて「観光公害」はかなり少ない」と、いわゆるオーバーツーリズムに陥っていないことをあげている点でしょう。

ただ、単に人が少ないから薦めているわけではなく、瑠璃光寺五重塔や洞春寺の境内にある陶芸工房、昔ながらの喫茶店や湯田温泉など、かなり具体的なスポットを推薦されているのが印象的です。

(山口市にある瑠璃光寺の五重塔 出典:筆者撮影)
(山口市にある瑠璃光寺の五重塔 出典:筆者撮影)

実は、モドさんは昨年もこのニューヨーク・タイムズに盛岡市を推薦し、2番手に選ばれる結果になった立役者です。

参考:岩手県 - ニューヨーク・タイムズ紙「2023年に行くべき52カ所」に「盛岡市」が選ばれました!!

歩いて旅行をするのが趣味のモドさんならではの視点で、日本の様々な街を旅していて、日本人が気がつかない日本の街の魅力をニューヨーク・タイムズに推薦し、編集部がその推薦を上位に並べる結果になっているわけです。

物質的なもので評価できない日本らしさ

都道府県魅力度ランキングなどに見られるように、日本ではとかく都道府県の魅力を都市の設備の充実度や、世界遺産などの分かりやすい観光地の有無など、近代的な評価を基準に評価しがちです。

象徴的なのは映画「翔んで埼玉」が笑い話にしているような、都会度を軸にヒエラルキーを作る気質でしょう。

もちろん、こうした都市部が地方を下に見る傾向は、どこの国でもあるのだとは思われますが、これがいざ「旅行者の視点」になれば、「何もない」山口市が世界の3番目に推薦されるようなことがありえるのが、インターネットが発展した現在ならではの出来事と言えます。

インターネットが生み出した新しい「旅行」

インターネット以前の海外旅行といえば、旅行会社の団体ツアーに参加したり、一人旅でも「地球の歩き方」に代表されるような書籍やガイドブックの情報に頼って旅行するのが一般的でした。

旅行会社の団体ツアーは、当然有名で旅行客が多く見込める都市でなければツアーが成立しませんし、書籍やガイドブックも人気のある都市でなければ十分販売数が見込めないため、マイナーな地域は一人旅の情報も入手することが難しいというのが常識でした。

(山口市を流れる一の坂川 出典:筆者撮影)
(山口市を流れる一の坂川 出典:筆者撮影)

それが現在であれば、スマホ一つあれば位置情報をもとに自分がどこにいるか、インターネット経由で自分の周辺にある観光スポットに何があるかという細かい情報が入手できるようになりました。

さらに、クレイグ・モドさんのように個人で様々な地域を旅行する人が自らその旅行情報を発信すると、その情報をきっかけに多くの人がその地域に旅をすることがありえる時代になっています。

もちろんニューヨーク・タイムズに選ばれたという現象自体は、マスメディアの企画ではあるのですが、今回の選考結果をもとにクレイグ・モドさんが自らのブログにその詳細の背景の記事をアップされているのが象徴と言えるでしょう。

参考:Yamaguchi City — My 'New York Times' Pick This Year — Ridgeline issue 177

いまや旅行情報は、メディアだけが発信するものではなく、個人一人一人が発信するものに変化しており、その個人の情報に影響されて大勢がそこを旅行先に選ぶことがありえる時代になっているわけです。

実はこのニューヨーク・タイムズの企画は、単純に人気のスポットを52個並べているわけではなく、その年に行くべき52のスポットを編集部の視点でピックアップするという、現在ならではの企画とも言えるわけです。

個人のクリエイターを個人のファンが支える時代

しかも、さらに興味深いのは、モドさんがこうしたディープな旅行を続けることができるのは、モドさんが自らのウェブサイトで募集している「SPECIAL PROJECTS」というメンバーシップが大きいという点です。

(出典:CraigMod.com)
(出典:CraigMod.com)

参考:Join SPECIAL PROJECTS

この「SPECIAL PROJECTS」は月会費10ドルほどで、モドさんの旅行の詳細の情報を受け取ったり、動画を観ることができたり、一緒に書籍を作るプロジェクトに参加できたりする仕組みになっており、その1000人以上のメンバーシップの収入に支えられて、モドさんは日本の隅々まで旅行をすることができるというわけです。

世界的に「クリエイターエコノミー」というキーワードが注目されていますが、そこでよく議論があがるのが、いわゆる従来のインフルエンサーと異なり、クリエイターには「1000人の真のファン」が重要だという議論です。

いわゆる炎上系インフルエンサーは、過激な発言や、私人逮捕のような行動を取ることにより100万人規模のフォロワーを獲得し、広告費を収入に生計を立てようとするのが一般的ですが、「クリエイターエコノミー」においては、1000人の真のファンが月に10ドル払ってくれれば月収100万円以上で十分生計が立つというわけです。

モドさんは、まさにこの「クリエイターエコノミー」の象徴とも言うべきクリエイターと言えるでしょう。

だからこそ、大勢の人に求められるメジャーな都市の観光情報ではなく、自分が本当に良いと思う、日本人さえ旅行先にあげないような地方の魅力を深掘りする情報発信に特化できるわけです。

一人が感動したからこそ、大勢に拡がる時代

結論を言ってしまえば、クレイグ・モドさんに盛岡市や山口市を推薦してもらうことができたのは、それぞれの地域がモドさんにとって魅力的な自然を維持しており、モドさんが出会った盛岡市や山口市の人々がモドさんにとって素晴らしい応対をしてくれたから、という至極当たり前のことになります。

インバウンドや地方創生というと、何かと海外向けの広告展開や、新しい施設の建設などが注目されがちですが、実はモドさんのような見た目からは分からない一人一人の「クリエイター」に、いかに素晴らしい体験をしてもらい、いかにその情報を発信してもらうかが大事な時代になっているとも言えます。

実は、大勢に浅い体験をしてもらうよりも、一人に本当に記憶に残る体験をしてもらう方が、こうした情報発信につながるとも言えるでしょう。

昨年は、観光だけでなく映画や音楽など、様々な日本のコンテンツが世界でヒットすることになった1年でしたが、そのどれも従来の業界関係者は「日本は世界には通用しない」と思い込んでいた分野でした。

日本はとかく「ガラパゴス」という言葉をネガティブにつかいがちですが、実は山口市のように、一見何も特徴がなく世界から選ばれなさそうに見える街も、海外の人の視点から見れば世界の3番手に選ばれる時代です。

日本の「ガラパゴス」的なユニークさこそが、海外の人には魅力的であるという視点で自分達の街やコンテンツを見直すと、さらに海外の人に喜ばれる日本の魅力をたくさん見つけられるような気がします。

noteプロデューサー/ブロガー

Yahoo!ニュースでは、日本の「エンタメ」の未来や世界展開を応援すべく、エンタメのデジタルやSNS活用、推し活の進化を感じるニュースを紹介。 普段はnoteで、ビジネスパーソンや企業におけるnoteやSNSの活用についての啓発やサポートを担当。著書に「普通の人のためのSNSの教科書」「デジタルワークスタイル」などがある。

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