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マスクを着けている人が多い日本の新型コロナ感染者数が世界最多なのはなぜ?その2 ハイブリッド免疫とは

忽那賢志感染症専門医
(写真:ロイター/アフロ)

これだけマスクを着用している人の多い日本で、世界最多の感染者数になることに対して「やっぱりマスクって意味がないんじゃ・・・?」と思われている方が増えているようです。

マスクは本当に感染対策に意味がないのでしょうか?

また、日本で新型コロナの感染者がこれだけ増えている理由は他にあるのでしょうか?

マスク着用率は日本が世界でも最も高い

各国における「公共の場ではマスクを着用する」と回答した人の割合の推移(日本リサーチセンターの報告よりhttps://www.nrc.co.jp/nryg/220526.html)
各国における「公共の場ではマスクを着用する」と回答した人の割合の推移(日本リサーチセンターの報告よりhttps://www.nrc.co.jp/nryg/220526.html)

世界各国の「公共の場ではマスクを着用する」と回答した人の割合について調査した日本リサーチセンターの報告では、日本は世界でも最もマスク着用率の高い国となっています。

日本人の87%の人が公共の場ではマスクを着用すると回答しているのに対して、アメリカは45%、イギリスは35%となっており、特に2022年になって以降、この数ヶ月で低下傾向となっているようです。

世界各国の新型コロナ新規感染者数の推移(Our World In Dataより)
世界各国の新型コロナ新規感染者数の推移(Our World In Dataより)

一方、新型コロナの新規感染者数は7月以降、日本で急激に増加しており、欧米や東アジア諸国と比べても多くなっています。

日本は4週間連続で世界最多の新規感染者数となっており、いまだ明らかな減少傾向にはありません。

これだけマスクを着用している人の多い日本で、世界最多の感染者数になることに対して「やっぱりマスクって意味がないんじゃ・・・?」と思われている方が増えているようです。

マスクは本当に感染対策に意味がないのでしょうか?

また、日本で新型コロナの感染者がこれだけ増えている理由は他にあるのでしょうか?

マスクを着けることで確実に感染は減る(がゼロにはならない)

ユニバーサルマスキングによる感染リスクの低減(DOI: 10.1126/science.abc6197より)
ユニバーサルマスキングによる感染リスクの低減(DOI: 10.1126/science.abc6197より)

新型コロナウイルス感染症が広がりやすい理由の一つとして、飛沫感染が起こりやすいことが挙げられます。これは、このウイルスが、

・無症状の人からも感染する

・唾液の中にもウイルスがたくさん含まれる

という特徴があり、特に声が大きくなるほど飛沫の量は増えることが分かっています。

このため、症状のあるなしにかかわらず、屋内においてはお互いがマスクを着けることで非感染者が感染者から浴びるウイルスの量を減らすことができると考えられます。

屋外で周囲との距離が保たれている場面ではマスクを着ける必要はありません。

マスク装着の有無によるウイルス量を浴びる量についてマネキンを使って検討した実験結果(https://doi.org/10.1128/mSphere.00637-20より筆者作成)
マスク装着の有無によるウイルス量を浴びる量についてマネキンを使って検討した実験結果(https://doi.org/10.1128/mSphere.00637-20より筆者作成)

お互いが不織布マスクを着けることで、浴びるウイルスの量を約70%減らすことができた、というマネキンを用いた実験があります。

7割減、ですから100%減らせるわけではないことに注意が必要です。

お互い不織布マスクを着けていたとしてもウイルスに曝露してしまうことはありますので、感染するリスクがゼロになるわけではなく、実際にBA.5が広がっている現在、お互いがマスクを着けている状態で長時間一緒にいたことで感染したと考えられる事例も散見されます。

とは言え、感染リスクが大きく下がることは間違いありません。

マスクの種類と感染予防効果(MMWR Morb Mortal Wkly Rep 2022;71:212–216.より )
マスクの種類と感染予防効果(MMWR Morb Mortal Wkly Rep 2022;71:212–216.より )

実際のマスク装着の効果を検証したアメリカのカリフォルニア州での研究では、屋内でのマスク着用の遵守状況と感染しやすさを比較していますが、布マスクでは56%、不織布マスクでは66%、N95/KN95マスクでは83%感染が減ったと報告されています。

屋内でマスクを装着することで感染リスクが低下することは、エビデンスレベルが高い複数の研究のメタ解析でも示されており、科学的に信頼性が高いと言えます。

しかし、実際には多くの人がマスクを着けている日本でも、感染が起こっているのは家庭内や会食、職場の休憩室など、お互いがマスクを着けていない場で起こっています。

マスクは新型コロナの感染対策としては重要ですが、マスクだけで流行を抑えることは困難と言えます。

なぜ海外では増えずに日本でこれほど多いのか?

日本国内の新型コロナ新規感染者数と死亡者数の推移(Yahoo!JAPAN 新型コロナウイルス感染症まとめより)
日本国内の新型コロナ新規感染者数と死亡者数の推移(Yahoo!JAPAN 新型コロナウイルス感染症まとめより)

実際に日本では、7月以降、新型コロナ新規感染者数は急激に増加しており、欧米や東アジア諸国と比べても多くなっています。

マスクの着用によってウイルスを含む飛沫を減らすことで感染予防に役立つ一方で、やはりそれだけでは感染を防ぐことは困難であることが分かります。

では、これまで新規感染者数・死亡者数を低く抑えてきた日本でここまで新型コロナが拡大しているのはなぜでしょうか?

現在の感染拡大の要因としては、

・人流の増加

・ワクチン接種後からの時間経過による感染予防効果の低下

・BA.5の拡大

などが挙げられます。

これらはいずれも日本固有の問題ではなさそうですし、BA.5はすでに世界中で広がっています。

日本でこれほどまでに感染者が増え、欧米ではそれほど爆発していないことについて、何か理由はあるのでしょうか?

要因の一つとしては、検査数の減少が挙げられます。

オミクロン株の拡大以降、世界的に検査数の減少が指摘されています。 

実際には日本以外の国でも報告されていない感染者が多く存在し、過小評価になっている可能性があります。

今回は、この検査数の減少以外の要因として、ハイブリッド免疫についてご紹介します。

ワクチン接種による感染予防効果と時間経過

BA.1/BA.2流行期とBA.5流行期における新型コロナワクチンの発症予防効果の推移(第95回新型コロナウイルス感染症対策アドバイザリーボード資料に筆者加筆)
BA.1/BA.2流行期とBA.5流行期における新型コロナワクチンの発症予防効果の推移(第95回新型コロナウイルス感染症対策アドバイザリーボード資料に筆者加筆)

当初の新型コロナワクチンは、重症化だけでなく感染そのものを防ぐ効果も高かったことから、デルタ株が流行していた時期にはワクチン接種者が感染することは比較的まれになっていました。

しかし、オミクロン株が出現してからは、ワクチンによる感染予防効果は大きく低下しています。

特にBA.5は、これまでのオミクロン株BA.1/BA.2と比べてもさらにワクチンによる感染予防効果が低下しているようです。

先日行われた第95回新型コロナウイルス感染症対策アドバイザリーボードの資料では、BA.5流行期の新型コロナワクチンの有効性が報告されていますが、2回接種後5ヶ月以上経っていると発症予防効果が35%にまで低下しており、3回目のブースター接種によって65%にまで高まりますが、これも時間経過とともに低下していくことが分かりました。

これらの結果からは、3回目の接種によって、BA.5の感染リスクを半分ほど減らすことが可能ですが、時間が経てば経つほどその有効性は減弱していくと考えられます。

日本では2021年12月から3回目の接種が開始しており、接種から時間が経っている人が徐々に増えてきていると考えられます。

とは言え、3回目を接種することで少なくとも感染リスクを半分以上下げることができますので、まだ2回しか接種をされていない方はぜひ追加接種をご検討ください。

欧米では「ハイブリッド免疫」を持つ人が増えている

イギリスにおけるS抗体とN抗体の推移(UKSHA. COVID-19 vaccine surveillance report Week 31 4 August 2022より筆者加筆)
イギリスにおけるS抗体とN抗体の推移(UKSHA. COVID-19 vaccine surveillance report Week 31 4 August 2022より筆者加筆)

ワクチン接種から時間が経っている人が多いのは海外も同様です。

しかし、欧米では日本ほど感染者が増えていないようです。BA.5が広がっているのは欧米も同じはずですが、その理由の一つとして考えられるのが「ハイブリッド免疫」です。

図はイギリス国内におけるS抗体とN抗体の推移を示したものです。

S抗体とN抗体はそれぞれ、

S抗体:ワクチン接種または感染すると陽性になる

N抗体:感染した人だけが陽性になる

を意味します。

イギリスでは2021年に入ってから、S抗体陽性者とN抗体陽性者との乖離が生じています。これは、新型コロナワクチン接種が開始されたことによるものであり、2021年半ばには国民の90%以上がS抗体陽性になっています。

一方、2022年に入ってから急激にN抗体の陽性率が高くなっています。これは、オミクロン株がイギリス国内で拡大したことによるものであり、2021年末に約20%だったN抗体陽性率が、現在は70%にまで達しています。つまり、オミクロン株が広がってから国民の半分がオミクロン株に感染したものと考えられます。

イギリスでは約7割の人が「ワクチンによる免疫」と「感染による免疫」の両方を持っているということになります。

ハイブリッド免疫とは(DOI: 10.1126/science.abj2258より)
ハイブリッド免疫とは(DOI: 10.1126/science.abj2258より)

こうした「ワクチンによる免疫」と「感染による免疫」を併せ持つことを「ハイブリッド免疫(Hybrid Immunity)」と呼びますが、現在このハイブリッド免疫が注目を集めています。

ごく簡単に説明しますと、ワクチンを打った人が感染する、あるいは感染した人がワクチン接種をすることで、より強固な免疫が得られる、という考えです。

抗体だけでなく、メモリーB細胞、T細胞などの免疫細胞も新型コロナウイルスに対してより強い免疫を持つようになります。

98%以上が2回のワクチン接種をしている集団における過去の感染によるBA.5感染予防効果(doi: https://doi.org/10.1101/2022.07.27.22277602より筆者作成)
98%以上が2回のワクチン接種をしている集団における過去の感染によるBA.5感染予防効果(doi: https://doi.org/10.1101/2022.07.27.22277602より筆者作成)

このハイブリッド免疫の実際の有効性についてのデータをご紹介します。

12歳以上の国民の98%が2回のワクチン接種を完了しており、さらに82%がブースター接種となる3回目接種を完了しているポルトガルにおいて、過去の感染がBA.5の感染予防にどれくらい寄与するのかについて解析した研究があります。

これによると、ワクチン接種によって得られた免疫に加えて、過去の新型コロナウイルスに感染したことで得られる免疫を併せたハイブリッド免疫は、BA.5の感染を57.1〜81.8%予防すると報告されています。

特にオミクロン株BA.1またはBA.2に感染した人でBA.5の感染予防効果が高いのは、BA.5が同じオミクロン株であることや、まだこれらのオミクロン株に感染してから時間が経っていないことが考えられます。

イギリスでは、このような極めて高いワクチン接種率を達成した上で、オミクロン株に感染した人が急激に増えました。

ワクチン接種によって重症化する人を可能な限り減らした状態で、オミクロン株に国民の多くが感染しハイブリッド免疫を持つ人が増えている状況です。

これにより、BA.5に感染しにくい人が多いことから、現在は感染者がそれなりに少なく抑えられているものと考えられます。

それでもイギリスの状況は軟着陸とは決して言えず、オミクロン株の流行により多くの死亡者が報告され今も医療の逼迫は大きな課題となっているようです。

日本よりも先にBA.5が広がっていたポルトガルやフランスについては、一時期は人口当たりでは日本よりも多くの感染者が報告されていましたが、現在はピークを過ぎて減少傾向にあります。

このように、変異株が侵入する時期によってのそれぞれの感染者数のピークの時期は変わってきます。

2022年2月までのアメリカ国民のN抗体陽性率の推移(MMWR Morb Mortal Wkly Rep 2022;71:606-608.より)
2022年2月までのアメリカ国民のN抗体陽性率の推移(MMWR Morb Mortal Wkly Rep 2022;71:606-608.より)

アメリカはどうかというと、イギリスと同様にオミクロン株が広がってから急激にN抗体の陽性率が高くなっています。

アメリカは先進国の中ではワクチン接種率が比較的低い国であり、ワクチン接種をしていない状態でオミクロン株に感染した人も他の欧米諸国よりも多く、多くの死亡者が出ています。

2022年2月に日本全国で実施されたN抗体保有率調査(第82回新型コロナウイルス感染症対策アドバイザリーボード資料より)
2022年2月に日本全国で実施されたN抗体保有率調査(第82回新型コロナウイルス感染症対策アドバイザリーボード資料より)

最後に日本ですが、2022年2月〜3月というオミクロン株による第6波のピーク時に行われたS抗体・N抗体の調査があります。

S抗体は高いワクチン接種率を反映して95%以上となっていますが、N抗体は4.27%となっており、この時点で日本人の大半はまだハイブリッド免疫を持っていないことになります。

第6波を経て第7波の真っ只中にある現在、約1700万人が新型コロナに感染しています。単純計算では約14%の人がハイブリッド免疫を持つことになりますが、実際には報告されていない感染者が多くいることでしょう。

私が言いたいのは「今現在の日本と海外との流行状況との違いの理由の一つとしてハイブリッド免疫がある」ということであり、「日本もハイブリッド免疫を達成すべきだ」というわけではありません(このハイブリッド免疫の有効性は時間経過により低下していきますし、全く別の変異株が出てくると一気に低下する可能性もあります)。

重症化リスクがない人であっても、新型コロナに感染すると重症化することはありますし、後遺症に悩まされることがあります。

やはり誰にとっても感染しないに越したことはありません。

まとめますと、世界中でBA.5が広がる現在の状況において、

・3回のワクチン接種でもある程度感染を防げるが時間経過とともに予防効果は低下する

・イギリスはオミクロン株に感染する人が急激に増えハイブリッド免疫を持つ人が増えたことで感染者数や重症者数は他国よりも比較的少ない

・日本よりも先にBA.5が侵入したポルトガルやフランスはすでにピークを過ぎている

・アメリカもすでに多くの人がオミクロン株に感染していると考えられるが、ワクチン接種率が低いため多くの重症者・死亡者が出ている

・日本はワクチン接種率が高いが時間経過により感染予防効果が低下し、オミクロン株に感染する人がまだ多くないため感染者が増えている

という状況です。

日本で現在感染者数が多いのは、これまで感染者数を最小限に抑え込めていたから、という側面があります。

そして、それまでの間にワクチン接種率を十分に高めていたおかげで重症化する人をできる限り減らすことができていると考えられます。

第6波よりも第7波の方が重症化する人の割合が少ないのは、3回目、4回目のワクチン接種が進んだことが大きいと考えられます。

今後も引き続き、重症化リスクの高い高齢者や基礎疾患のある人の4回目のワクチン接種をしっかりと進め、これらの方々が感染しないようにすること、感染した場合に速やかに診断・治療が行える体制を整備することが重要です。

今のように非常に規模の大きい流行が起こってしまえば、重症化する人、亡くなる人が増えてしまいます。

このような状況では、感染の規模を減らすために一人ひとりが感染対策を徹底することが重要になります。

屋内でのマスク着用、こまめな手洗い、テレワーク、そしてワクチン接種など複数の対策を組み合わせることで、より感染リスクを下げることができます。

流行状況が悪化している今、一人ひとりの感染対策を徹底することでなんとかこの流行を乗り越えていきましょう。

手洗い啓発ポスター(羽海野チカ先生作)
手洗い啓発ポスター(羽海野チカ先生作)

※大阪大学大学院医学系研究科では、新型コロナに感染したことのある方の後遺症の症状について継続的に調査を行っています。研究の詳細はこちらからご覧ください。これまでに新型コロナと診断されたことのある方は、こちらからアプリをダウンロードいただきぜひ研究にご協力ください。

感染症専門医

感染症専門医。国立国際医療研究センターを経て、2021年7月より大阪大学医学部 感染制御学 教授。大阪大学医学部附属病院 感染制御部 部長。感染症全般を専門とするが、特に新興感染症や新型コロナウイルス感染症に関連した臨床・研究に携わっている。YouTubeチャンネル「くつ王サイダー」配信中。 ※記事は個人としての発信であり、組織の意見を代表するものではありません。本ブログに関する問い合わせ先:kutsuna@hp-infect.med.osaka-u.ac.jp

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