伊藤匠新五段(19)逆転昇級で1期通過! 渡辺和史新五段(27)深夜の名局を制す C級2組最終戦
3月10日。東京・将棋会館、大阪・関西将棋会館において、第80期C級2組順位戦最終11回戦がおこなわれました。
C級2組からC級1組への昇級枠は3。今期の参加者数は53人で、大変な狭き門です。
前節ですでに西田拓也五段(9勝0敗)が9戦全勝で昇級を決めていました。
最終戦。自力(勝てば無条件で昇級)の権利を持つのは服部慎一郎四段(8勝1敗)と渡辺和史四段(8勝1敗)。同成績の伊藤匠四段(8勝1敗)は新参加で順位下位のため、自身が勝って上2人が敗れると逆転昇級の可能性がありました。
▲近藤正和七段(4勝5敗)-△伊藤四段(8勝1敗)戦は先手の近藤七段が得意の中飛車に構えます。近藤七段が穴熊に組もうとしたのに対して、伊藤四段は手早く銀を繰り出して攻め、戦いに。まずは伊藤四段がペースをつかみ、リードを広げていきます。近藤七段も反撃し、伊藤陣を薄くして迫りますが、伊藤四段は的確にしのいでいきます。最後は伊藤四段が近藤七段を指し切りに追い込み、21時9分、106手で終局となりました。伊藤四段は9勝1敗の好成績をあげ、昇級に望みをつなぎました。
▲服部慎一郎四段(8勝1敗)-△遠山雄亮六段(6勝3敗)戦。服部四段先手で、戦型は相掛かりとなりました。服部四段が飛車先に銀を進めて攻めていくのに対して、遠山六段が巧みにしのぎ、やがて中盤で遠山六段が優位に立ちます。苦しくなった服部四段は手段を尽くして勝負を捨てません。さすが勝率の高い若手という、決してあきらめない姿勢が見られました。少し差が詰まったのではないかという場面も見られましたが、最後は再び遠山六段が突き放します。上部に逃げ出した服部玉を遠山六段は冷静に縛って受けなしに。22時42分、134手で遠山六段の勝ちとなりました。
敗れた服部四段は8勝2敗に。この時点で、伊藤四段の逆転昇級決定です。また規定により、五段に昇段しました。
伊藤新五段は今年度、新人王戦で優勝。王位リーグにも入りました。今年度成績は43勝9敗(勝率0.827)。現在のところ、全棋士中トップです。
勝率部門はこれまで藤井聡太竜王が4年連続で制してきました。今年度、藤井竜王に代わって伊藤四段が制する可能性は大いにありそうです。
また伊藤新五段のC級2組1期抜けは大変な快挙です。どれほど才能ある若手棋士でも、このクラスで大変な苦労をすることは珍しくありません。過去には谷川浩司九段、羽生善治九段、森内俊之九段なども1期通過はなりませんでした。
同学年の藤井竜王のライバルへと成長することが期待されている伊藤新五段。このまま順位戦でも快進撃を続けていくことができるでしょうか。
昇級あと1枠は▲長谷部浩平四段(2勝7敗)-△渡辺和史四段(8勝1敗)戦の結果の次第となりました。
昇級を目指す渡辺四段だけではなく、降級点回避がかかる長谷部四段にとっても重要な一番です。
長谷部四段先手で矢倉模様の立ち上がりから、後手が速攻を見せる現代最新の戦型。まずリードしたのは長谷部四段ですが、そのあとは形勢が何度も入れ替わります。順位戦の大一番らしい、熱のこもった進行となりました。
深夜の最終盤、両者は持ち時間6時間を使い果たし、双方60秒未満で指す「一分将棋」となります。順位戦ではこうした状況で、数え切れないほどのドラマが起こってきました。
めまぐるしく形勢が揺れ動いた果ての153手目。長谷部四段は相手の飛車を取れば勝ち筋だったようです。しかし59秒まで読まれて指した攻防の金打ちで、またも形勢は入れ替わります。渡辺四段は座り直し、前傾姿勢となり、あわただしく冷たいお茶を飲み、首を振り、頭をかきます。57秒まで読まれ、取られる運命にあった自分の飛車で相手の馬を取りました。その手が長谷部玉への詰めろで逆転、渡辺勝勢です。
両者の玉は最後、1ますを隔てて向かい合うことになりました。筆者がこれまで見てきたところ、玉が接近し合う進行は名局が多いようです。本局もまた、若い両者が力をふりしぼった、順位戦らしい名局といえそうです。
170手目、渡辺四段は王手で歩を打ちました。長谷部四段は打ちひしがれた様子で、しばらく詰んでいる自玉を見つめていました。そして投了。0時9分、今年度最後の順位戦の対局が終わりました。
渡辺四段はこれで9勝1敗。C級2組参加2期目にして、昇級を果たしました。渡辺四段も規定により、五段に昇段。西田五段が最終戦に敗れて9勝1敗となったため、順位の差で渡辺新五段が1位通過です。
またこの結果、服部四段が次点に終わることになりました。服部四段は2年連続で8勝2敗の好成績をあげながらの不運でした。もし服部四段が勝っていれば、伊藤四段は9勝1敗でも上がれなかったわけで、なんともシビアな狭き門です。
服部四段は今年度、加古川青流戦で優勝。今年度成績は41勝12敗(勝率0.774)で伊藤四段、藤井竜王に次いで3位。8割台で突き抜けている上2人がいなければ、7割台後半は勝率1位となってもなんらおかしくはない数字です。
文筆家としても長年にわたって将棋界を見守り続けてきた河口俊彦八段(1936-2015)は「錐の嚢中に処るが如し」という言葉を好んで使っていました。
服部四段だけではなく、上のクラスに抜けていてなんら不思議ではない実力者、囊中の錐はC級2組に多く存在します。いずれその実力に見合ったクラスに落ち着くことでしょう。
かくして第80期順位戦は幕を閉じました。来期はまた、どのようなドラマが生まれるのでしょうか。
将棋界の歳時記では、長い冬が終わると順位戦も終わり、そのあとには春の名人戦を迎えます。渡辺明名人に斎藤慎太郎八段が挑戦する七番勝負は、4月に開幕します。