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アマチュアボクシング王国ウズベキスタンの二刀流。プロとのボーダーレスはどこまで許されるのか

三浦勝夫ボクシング・ビート米国通信員
五輪2連覇ジャロロフ(右)の右強打が命中(写真:ロイター/アフロ)

日本代表の強化にも貢献

 パリ五輪のボクシング女子は性別騒動で激震がはしった。一方、男子は中央アジアのウズベキスタンが7階級中5階級で金メダルを獲得。一躍アマチュアボクシングの強国にのし上がった印象がする。これまでもウズベキスタンは2つ前のリオデジャネイロ五輪で金メダル3個を獲得して脚光を浴びたが、パリではそれを上回る成績を上げ、王国キューバ(金メダル1個)を凌ぎ、溜飲を下げた。

 ウズベキスタンが台頭した背景には指導陣、強化体制の充実が挙げられる。前者に関連して東京五輪前、日本代表チームのコーチとして招へいされたウラジミール・シン氏がいる。同氏は女子フェザー級で金メダルを獲得した入江聖奈らの強化に貢献。その後も同氏の薫陶を授かった岡澤セオンが世界選手権で金メダル獲得の快挙を成し遂げた。ついでながらシン氏はリオデジャネイロ五輪でウズベキスタン・チームの監督を務めていた。

 強化体制としてはウズベキスタンの隣国でプロでスーパースターに君臨した元世界ミドル級統一王者ゲンナジー・ゴロフキンの出身国カザフスタン同様、国家ぐるみの取り組みが効果をもたらした。そしてウズベキスタンの特徴はアマチュアとプロボクシングのブレンドである。

アマとプロを行き来したヘビー級王者

 2007年にWBA世界ヘビー級王者に就いたルスラン・チャガエフはウズベキスタン人。1990年代後半、プロの試合に出場しながらアマチュアに戻った経歴がある。97年の世界選手権ヘビー級で優勝したが、すでにプロのリングに上がっていたことが発覚し金メダルをはく奪された。ところが01年の世界選手権スーパーヘビー級金メダル(優勝)は安泰だった。世紀が変わったあたりで規定が緩和したのだろうか。

 当時、アマチュアとプロの区別が厳格だった日本から見るとチャガエフの行動は“ルール違反”と見なされた。チャガエフだけでなく同じウズベキスタンの選手でアマチュアとプロを行き来した者がいた気がする。ウズベキスタン独自の認識が国際大会でもまかり通っていたのである。それはいまだに健在だった。

プロで14勝14KO無敗

 今回5人の金メダリストのうち、もっとも知名度があるのはスーパーヘビー級で東京大会に続き五輪2連覇を達成したバホディール・ジャロロフだろう。記録サイト「ボックスレク」によると109勝31KO15敗のアマチュア戦績を誇るジャロロフ(30歳)は東京五輪前の18年から米国でプロのイベントに出場し、これまで14勝14KO無敗。身長201センチ、リーチ206センチ、体重115キロほどの恵まれた体格を武器にプロでも世界王者を期待されるサウスポーだ。筆者も彼のプロ12戦目を取材したが、パワーにもスキルにも秀でた文字通りの大型ホープに見えた。

 また連覇とは言えないがリオデジャネイロ五輪でライトフライ級で金メダルを獲得したハッサンボーイ・ドゥスマトフは今回パリでフライ級で2度目の金メダルに輝いた。アマチュア戦績は124勝6KO13敗。彼もすでにプロデビューしており、6勝5KO無敗。地元ウズベキスタンのほかメキシコとロシアのリングに立っている。

軽量級で2度金メダル獲得のドゥスマトフ(写真:Asian Boxing Confederation)
軽量級で2度金メダル獲得のドゥスマトフ(写真:Asian Boxing Confederation)

 ドゥスマトフ(31歳)は近い将来、スーパーバンタム級4団体統一王者井上尚弥(大橋)へ挑戦が有力なムロジョン・アフマダリエフ、今月3日、井上とパウンド・フォー・パウンド最強を争うテレンス・クロフォード(米)と対戦した前WBA世界スーパーウェルター級王者イスライル・マドリモフらのウズベキスタン勢同様、米国カリフォルニア州コアチェラで合宿生活を送る。

 もう一人、パリ五輪ヘビー級金メダル獲得のラジズベク・ムロジョノフ(25歳)もアマチュアで57勝5KO11敗でプロでも4勝4KO無敗のサウスポー。今年5月、ジャロロフと対戦して惜敗しており、プロでリベンジを目指しているともいわれる。

 パリ五輪では彼らのほかにフェザー級でアブドゥマリク・ハロコフ(24歳=アマチュア戦績84勝5KO10敗。プロで1勝1KO無敗)とウェルター級でアサドヤラヤ・ムイディンフジャエフ(25歳=アマチュア戦績53勝1KO8敗)が金メダルを獲得。ムイディンフジャエフ以外は少なくとも一度はプロ試合を経験している。

プロでも勝てない五輪のレベル

 五輪ではリオデジャネイロ大会からプロ選手の出場が解禁され、4階級制覇王者の井岡一翔(志成)と対戦した元IBF世界フライ級王者アムナット・ルエンロエン(タイ)、村田諒太と2度グローブを交えた元WBA世界ミドル級王者アッサン・エンダム(フランス)、当時フェザー級ランカーだったカミーネ・トマソーネ(イタリア)らが参戦した。しかしメダル獲得はおろかアムナット(五輪ではライト級で出場)が1勝するのがやっとだった。

 それに比べるとパリ大会のウズベキスタン勢の躍進は特筆される。しかしプロでも実績を築きつつある選手の金メダル獲得は違和感がある。「プロなら当然アマチュアより強い」という常識があると同時に「そのプロでも勝つのが難しいオリンピックで優勝したのだから高い評価を得ていい」というロジックも成り立つ。

プロでも世界王者を期待されるジャロロフ(写真:SHOWTIME)
プロでも世界王者を期待されるジャロロフ(写真:SHOWTIME)

 だがプロで多くのチャンピオンを輩出する米国、日本そしてメキシコ、英国といった国々から強豪が参加した様子はなかった。やはりこれらの国はプロとアマチュアの間に一線を引いている。ボーダーレス状態のウズベキスタンと今回、アマチュア王国の座を明け渡したものの、純粋なアマチュアリズムを貫くキューバとは明らかな認識の違いがある。

 正直、金メダリストの中にジャロロフとドゥスマトフの名前を見た時、驚いた。前者の試合を直に観たせいもあるだろう。五輪からプロ選手を締め出せ――とは言わないが、例えば世界選手権優勝者は除くとか、今後ある程度の制限が求められるのではないだろうか。

ボクシング・ビート米国通信員

岩手県奥州市出身。近所にアマチュアの名将、佐々木達彦氏が住んでいたためボクシングの魅力と凄さにハマる。上京後、学生時代から外国人の草サッカーチーム「スペインクラブ」でプレー。81年メキシコへ渡り現地レポートをボクシング・ビートの前身ワールドボクシングへ寄稿。90年代に入り拠点を米国カリフォルニアへ移し、フロイド・メイウェザー、ロイ・ジョーンズなどを取材。メジャーリーグもペドロ・マルティネス、アルバート・プホルスら主にラテン系選手をスポーツ紙向けにインタビュー。好物はカツ丼。愛読書は佐伯泰英氏の現代もの。

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