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大阪地下鉄80周年・今と昔とこれからと

伊原薫鉄道ライター
地下鉄開業80周年、未来に向かって安全よし、出発進行!

大阪市営地下鉄が開業80周年を迎えた2013(平成25)年5月20日、大阪市役所前にて記念式典が行われた。1933(昭和8)年に日本初の公営地下鉄(当時、東京の地下鉄は民間会社が運営していた)として開業、以来80年間休むことなく市民の「足」として活躍し続けている。今回は、そんな大阪市営地下鉄にスポットを当ててみよう。

○開業時の車両「105号車」を展示

記念式典では、書道家・吉川壽一氏による書道パフォーマンスも行われた。
記念式典では、書道家・吉川壽一氏による書道パフォーマンスも行われた。

地下鉄開業80周年を記念して、淀屋橋にある大阪市役所本庁舎前には、地下鉄105号車が展示されている。この車両は開業時に導入されたもので、ということは御年80歳!にもかかわらず、クリーム色と水色に塗り分けられたデザインは現代でも通用しそうだ。当時の鉄道車両と言えば、そのほとんどは黒、茶色、濃緑・・・常識を覆す明るい色に、さぞや当時の浪速っ子は驚いたに違いない。

この車両、地下鉄の先輩・東京地下鉄道(今の東京メトロ)銀座線の車両や、アメリカ・ニューヨークの地下鉄を参考に作られたといわれている。銀座線よりも一回り大きな車体に、今では当たり前となっているATS(自動列車停止装置)をはじめ、当時の鉄道車両としては最大級の出力を誇るモーターや、減速の際に電気を作り出して他の車両や変電所に送る「発電ブレーキ」の常用など、当時の最先端技術をふんだんに盛り込んだものとなっていた。

さらにすごいのは、車内に設置されていた電照式の駅名表示装置。駅名一覧表の裏側にモーター付きの電球が仕込んであり、次の停車駅が照らし出されるのだ。最近の車両にある、液晶式やLED式案内装置の先駆けというべきもので、80年前にその発想があったことにビックリである。

大阪市役所前に展示された105号車。前面左右に見えるのが「安全畳垣」
大阪市役所前に展示された105号車。前面左右に見えるのが「安全畳垣」

そして、車両の正面についている何やらいかめしいモノ。実はこれ「安全畳垣」と言って、他の車両と連結した際、ホームからお客さんが連結面に転落するのを防ぐためのもの。こちらも現在は当たり前の装備になりつつあるが、保守や運用上の手間になるこの装備を廃車まで使い続けてきた点に、安全に対する高い意識をうかがわせる。

登場以来35年余り、御堂筋線で活躍した105号車は、大阪万博の開催を前に引退。開業スタメン(?)のうち、もっとも原型を保っていた同車が、住之江区にある緑木検査場で大切に保存されることになった。イベントの際には一般公開され、内部を見学することもできるが、検査場の外で展示されるのはこれが初めて。久しぶりに大阪の都心部、しかもメインストリートに連れてこられた105号車、いささか戸惑っていることだろう。

○80年ぶりに、淀屋橋の地上へ!

ところがどっこい、普段は地下を走る地下鉄ながら、この105号車がこの地上の風景を見るのは初めてではない。実は80年前、105号車はトレーラーに載せられ、なんと牛に牽かれてこの付近を走ったことがあるのだ。漫才で「地下鉄の車両はどこから入れたの?」なんてネタもあったほどだが、大型クレーンや大型トレーラーがなかった当時、地下鉄車両は梅田貨物駅からトラクターと牛が牽引し、本町駅付近に開けられた「穴」から地下に下ろされたのである。市民へのお披露目も兼ねていたようで、沿道は見物客で大騒ぎだったとか。

その時、105号車が見たであろう大阪市役所はすでに建て替えられているものの、御堂筋を隔てた反対側にある日本銀行大阪支店の建物は、当時とほぼ変わらぬ姿で復元されている。「80年前の光景を再現してみよう、という気持ちもありました」と交通局の方も話していたが、80年ぶりに見る周辺の景色に、105号車は何を思っているのだろうか。

○今も残る、開業時の面影

各駅に残るシャンデリア。左は淀屋橋駅、右は天王寺駅。
各駅に残るシャンデリア。左は淀屋橋駅、右は天王寺駅。

町の変化はあっという間、淀屋橋界隈だって意図的に復元・保存されている建物以外は80年前の面影なんてほとんどない。当然、多くの乗客が使う地下鉄の駅なんてなおさら・・・と思われるだろうが、大阪の地下鉄は当時の面影が比較的残っている。中でも淀屋橋駅をはじめとする、駅のホームはその代表格だ。地下にいることを一瞬忘れさせる大空間、東京の地下鉄ではめったに見られない、なんとも高い天井から吊り下がっているシャンデリア風の照明も、開業時と変わらない。そして、梅田~天王寺までの各駅は、開業当初からホームの長さがほとんど変わっていない。つまり、開業時は1~2両編成の電車が走っていたのに、将来これだけ長編成の車両が走ることを想定していたのだ。「ケチ」な大阪人には似合わない大盤振る舞い、当時の議会でも散々やり玉に挙げられたようだが、このおかげでホーム延伸工事は、最低限の費用と期間で済んだそう。大阪地下鉄ファンの間では有名な話だが、80年という歴史を積み重ねた今、その先見の明に改めて敬服する。

梅田駅の百葉箱。記録するなら今のうちだ。
梅田駅の百葉箱。記録するなら今のうちだ。

そのほか、淀屋橋駅や梅田駅などには以前新聞などで話題になった「百葉箱」も存在する。淀屋橋駅には開業翌年に設置されたというこの百葉箱(もちろん、当時の箱がなお現役というわけではないが)、近日中に撤去されるという報道が昨夏にあったものの、今もまだ残っている。とはいえ、なくなるのは時間の問題と思われるので、写真を撮るならお早目に。

○地下鉄80周年、市営交通は110周年

地下鉄開業80周年を記念した「105号車」の展示は5月24日まで。車内に立ち入ることはできないが、夜間はライトアップもされており、同時に車内は白熱灯の柔らかい光が灯されてかなり幻想的なので、ぜひ一度訪れてみてはいかがだろうか。

また、期間中は「ホテルコラボ企画」として、ホテル日航大阪・ANAクラウンプラザホテル・ラマダホテル大阪で割引特典や記念パネル展などを実施。特にホテル日航大阪では、10系車両を模した「地下鉄ケーキ」も限定販売されている。チョコレートムースで作られたケーキは、食べるのがもったいないくらいかわいい形だが、甘党の私はすぐにパクッといきそうな予感。こちらは一日限定10台の予約制で、5月31日までの期間限定となっているので要チェックだ。

市営霞町線開業100周年イベントで展示された市電2206号。写真は除幕式の様子。
市営霞町線開業100周年イベントで展示された市電2206号。写真は除幕式の様子。

一方、路面電車をはじめとした大阪市営交通は今年で開業110周年。その記念事業として、先日まで行われた「市電霞町線開業100周年イベント」を皮切りに、9月12日の路面電車開業記念日に向けて様々なイベントが予定されている。大阪の街の発展と共に歩んできた、市営交通の歴史に触れてみるのもいいかもしれない。

なお「大阪市営地下鉄開業80周年記念式典」の模様はこちらで視聴可能。

(当日配信・録画されたUSTREAMのページに移動します)

http://www.ustream.tv/recorded/33078365

鉄道ライター

大阪府生まれ。京都大学大学院都市交通政策技術者。鉄道雑誌やwebメディアでの執筆を中心に、テレビやトークショーの出演・監修、グッズ制作やイベント企画、都市交通政策のアドバイザーなど幅広く活躍する。乗り鉄・撮り鉄・収集鉄・呑み鉄。好きなものは103系、キハ30、北千住駅の発車メロディ。トランペット吹き。著書に「関西人はなぜ阪急を別格だと思うのか」「街まで変える 鉄道のデザイン」「そうだったのか!Osaka Metro」「国鉄・私鉄・JR 廃止駅の不思議と謎」(共著)など。

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