担当者とカメラマンが語る「鉄道のカレンダー」に込められた思い
「どのカレンダーを飾るか」という悩ましき問題
2023年も残りわずかとなり、2024年の足音が聞こえ始めた。そろそろ大掃除の計画を立てたり、年賀状の準備を始めたりする人もいることだろう。
さて、鉄道ファンにとってはこの時期、悩ましい問題が発生する。来年のカレンダーをどうするか?という問題だ。毎年、鉄道各社はオリジナルカレンダーを販売している。その多くが、自社の看板車両を車庫内や沿線の名所で撮影した写真が使われたもので、どれもかなり魅力的。あの会社も、この会社も……と欲しくなるが、欲望にまかせて買いあさると自宅の壁がカレンダーだらけということになりかねない。やむなく、厳選した数社のものを購入するという人がほとんどだろう。
ところで、こうしたカレンダーの写真は誰が、いつごろから、どのような思いで撮影し、選んでいるのだろうか。
鉄道写真家と鉄道会社の“阿吽の呼吸”
鉄道ファンの間でよく知られているカレンダーの一つに、阪急電鉄のものが挙げられる。少なくとも1980年から販売されている“定番商品”であり、「マルーンの疾風(かぜ)」という商品名が付けられているのも面白い。
カレンダーの写真は、鉄道カメラマンの焼田健さんが2005年から担当している。長年にわたって手掛けていることもあり、写真の構図やどの車両を取り上げるかは、焼田さんに一任。阪急側が細かく指定することはないそうだ。
「季節感や『今しか見られない』といった話題性、新型車両であればその時点での最新編成を狙うなど、いろいろと意識しながら撮影してくださっています。毎年のことですので、今年のカレンダー作成が終わったら、引き続き翌年の構想を練っておられるようです。私たちの意図もうまく反映してくださっていて、まさに“阿吽の呼吸”と言ってもいいかもしれません(笑)」と話すのは、2023年版の作成から携わっているという、阪急阪神マーケティングソリューションズ株式会社の池田亜由さん。「入社当初は運転士として乗務していましたが、カレンダーの写真を見ていると、その頃と景色が大きく変化していて驚くことがあります」。
池田さんの手元に焼田さんからカレンダーの構成案が届くのは、だいたい毎年7月ごろ。この時点では、雪景色や春の桜といった写真は既に撮り終えているが、夏のシーンや最新車両などは仮の写真が入っている状態である。焼田さんによると、「阪急の車両や駅などの『今』を伝えられるよう、ギリギリまで待って最新編成を狙う」とのこと。また、細かな更新工事や表示類の変更などにもこだわっているそうで、コアな阪急電車ファンなら思わずニヤリとしてしまうかもしれない。「ひと月を一緒に過ごしていただく写真でもあり、心地の良い生活になるように常に念頭に置いて撮影している」そうだ。
「毎年ご購入いただく方も多いことから、神戸線・宝塚線・京都線の列車が大阪梅田駅を同時に発車する『三線同時発車』などの定番写真はともかく、それ以外では皆さんの記憶に残っている間はなるべく同じ構図にならないよう気を付けています」(池田さん)。
最近は、一般的な壁掛け版に加えて卓上版も発売。もちろん違う写真が使われている。
「卓上版なら職場の机に置ける」という声もあり、こちらも好評だそうだ。ちなみに、卓上版は毎年テーマが設けられていて、2024年版は9300系がデビュー20周年を迎えたことにちなんで「9300系と9000系」。壁掛け版とは違ったテイストで、楽しませてくれる。
色鮮やかに浮かぶ「鉄道のある風景」
一方、京成グループの鉄道会社であり、非電化民鉄としては全国有数の規模を誇る関東鉄道では、2022年版から現在の仕様でカレンダーを販売している。現在販売されている2024年版で撮影・監修を担当したのは、鉄道写真家の米屋こうじさん。米屋さんは関東鉄道の公式カメラマンとしても活躍しており、前年に引き続いてカレンダーの写真も手掛けた形だ。
関東鉄道のカレンダーを拝見すると、季節が感じられる写真という点は阪急と同様。写真のセレクトは米屋さんがいったん行い、関東鉄道側に提案して手直しするというスタイルも同じだ。ただし、こちらは風景が広めに写っており、「列車が走る、四季の風景写真」といった感がより強い。
「関東鉄道は、メイン路線である常総線に加えてもうひとつ、竜ヶ崎線も運行しています。この竜ヶ崎線は8月が誕生月ということで、そのページは竜ヶ崎線の列車にとのリクエストがありました」(米屋さん)。それぞれの写真には米屋さんのコメントも添えられているので、撮影時のシチュエーションをより鮮明に思い描くことができ、まるでその場に立ち会っていたかのような気分になれる。
「非電化ながら都会的な複線区間、構内踏切のある駅、筑波山をバックに水田の広がる風景など、関東鉄道には見どころがいっぱいです。実は、9・10月の写真は私も初めて気づいたアングルで、意外な発見でした」と、米屋さんが“ウラ側”を話してくれた。このカレンダーをきっかけに、多くの人が関東鉄道を訪れてほしい……と思いながら、写真をセレクトしたとのこと。その気持ちが確かに伝わるカレンダーだった。
その性質上、1年の間ずっとその場をキープすることが多いカレンダー。「お客様が毎日見るものに私たちの車両が写っているというのは、とてもありがたいことだと思っています」と池田さんは話すが、言われてみれば確かにその通りかもしれない。カレンダーという、いくつも飾ることがないものだけに、選ばれた時の喜びはひとしおなのだろう。
カレンダーに込められた、各社の思い。皆さんもぜひ、感じていただきたい。