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サービス開始から1周年 “鉄道専用SNS”が示す「鉄道会社のファンビジネス」の方向性

伊原薫鉄道ライター
鉄道専用SNSと連動した写真展。鉄道業界でもファンビジネスに注目が集まる

JR西日本グループが手掛ける”鉄道専用SNS”

 2023年10月、JR西日本グループの提供するスマホ向けSNSアプリ「Railil(レイリル)」が、サービス開始から1周年を迎えた。鉄道会社が鉄道趣味に特化したアプリを手掛けるというのは珍しい。そこにはどんな思惑があるのだろうか。アプリを運営するJR西日本イノベーションズの鳥家(とや)祥平さんと岩嶋 咲さんに話を聞いた。

「Railil」運営スタッフの鳥家さん(左)と岩嶋さん。鉄道会社とファンをつなぐ”最前線”に立つ(特記以外の写真は筆者撮影)
「Railil」運営スタッフの鳥家さん(左)と岩嶋さん。鉄道会社とファンをつなぐ”最前線”に立つ(特記以外の写真は筆者撮影)

安心して使えるようコメント機能をあえて省略

 「Railil」の“生みの親”の一人、鳥家さんがJR西日本イノベーションズに赴任したのは2021年6月のこと。この時点では、鉄道ファン向けのアプリ開発という構想はなかったそうだ。

「ただ、鉄道趣味というフィールドでファンビジネスに取り組みたいという思いはありました。前の職場で車両基地の一般公開イベントに携わったことがあり、そこで何万人というお客様が楽しそうにしておられるのを見て、とてもうれしいと感じたんです。自分の会社やサービスにファンがいるというのはとてもありがたいことで、その人々にもっと趣味を楽しんでもらえるにはどうしたらよいか考えるうち、鉄道趣味に特化したアプリという発想が出てきました」。

 ちょうどコロナ禍のまっただ中であり、鉄道会社も前代未聞の経営危機に陥っていた。運輸収入だけでなく物販や飲食、ホテルなどの関連事業も売り上げが激減するなか、人々の移動需要に依存せず、かつ鉄道会社であることを生かした事業を育てたいという会社側の考えもあったようだ。

「何人もの鉄道ファンから意見を聞くと、SNSを活用して自分が撮った写真を発表したり他のファンと交流したりする上で、誹謗中傷といったトラブルや安全性の課題を感じている人が少なくないことが分かりました。そこで、『Railil』では“安全で安心して鉄道趣味を楽しめるコミュニティづくり”を意識しました」。

 現在「Railil」は、ユーザーが自由に写真を投稿でき、それに対して「いいね」「すてき」などのリアクションが送れる機能と、スタッフや鉄道カメラマン、ライターなどによるコラムの2つに大別される。写真へのコメントができないのは「安心して楽しめる」という点を重視した結果だが、コミュニケーションツールとして物足りなさを感じるユーザーもいるようで、「今後はコミュニティを重視した機能の展開も検討している」という。

「Railil」の画面イメージ 写真投稿とコラム配信に大別される(画像提供:JR西日本イノベーションズ)
「Railil」の画面イメージ 写真投稿とコラム配信に大別される(画像提供:JR西日本イノベーションズ)

元・運転士ならではの目線をアプリ運営に活かす

 一方の岩嶋さんは、「Railil」がサービスを開始する4か月前の2022年6月からチームに加わった。

「私はそれまで運転士をしていたのですが、会社がコロナ禍で大変な状況となるなか、自分自身も幅広い業務をこなせるようになりたいと考え、ポスト公募制度に応募しました」。ただし、その時点では「Railil」のことは知らなかったそうだ。

「運転士という、鉄道ファンに比較的近い立ち位置で仕事をしていましたので、企画作りなどに自分の経験が活かせるのではないかと思いました。また、前の職場には乗務員でありながら鉄道ファンという人が何人かいまして、『いち鉄道ファンとして、鉄道会社からそのようなサービスが提供されるのを待っていた』という意見ももらいました。需要が十分にあると実感しましたし、同時に『Railil』がファンと鉄道会社の橋渡し的存在となり、win-winの関係を築けたらいいなあと思いました」。

 現在、岩嶋さんは編集長のような立場として日々の運営やコラムの編集などを担当。鳥家さんはアプリの新機能開発や方向性の検討といったシステム周りを担当している。

「毎月、注目度の高い写真を投稿してくれたユーザーにインタビューをしているのですが、その中で『今までは自分で楽しむのが主だったのが、こうしてインタビューをされたり写真展(*)に使ってもらったりと、鉄道趣味をやっていてよかった』と言っていただくことが何度もありました。『鉄道で人生を豊かに』というのが我々スタッフの合言葉であり、こうした声はとてもうれしかったですね」。写真展では大阪駅(うめきたエリア)のデジタルサイネージも“展示スペース”となったが、これもJR西日本グループが手掛けるアプリだからこそ、と言えるだろう。

(*)写真展:Raililでは1周年を記念した「鉄道ファンによる鉄道ファンのための鉄道写真展」を2023年10月から開催。キヤノンフォトハウス大阪と同銀座では12月23日まで展示されている。

大阪駅(うめきたエリア)で開催された写真展。ユーザーの投稿写真がプロジェクションマッピングとして展示された
大阪駅(うめきたエリア)で開催された写真展。ユーザーの投稿写真がプロジェクションマッピングとして展示された

大好評だった「鉄道会社の社員食堂に入れるイベント」

 サービス開始から1年を迎え、ダウンロード数は約2.7万人、アクティブユーザー数は約8000人を数えるまでになった「Railil」。写真投稿やコラム配信に加え、ユーザーを対象にしたイベントも開催し、好評を得てきた。

「思い出深いのは、『JR西日本の本社を見学し、社員食堂で昼食を食べる』というイベントです。我々が企画した初めてのイベントだったのですが、とてもよろこんでいただけました」(岩嶋さん)。

 一方で、「現在の『Railil』に点数を付けるとしたら?」との問いには、二人とも「及第点ぎりぎりの50点」と厳しめの回答だった。

「現在は写真の投稿とコラムの配信に特化していますが、いずれ『鉄道ファンが趣味をより楽しむための必須ツール』となれるようなアプリにしていきたいと思っています。たとえば“旅”という面では、予定を決めて駅弁やお酒を買い、列車に乗り込んで車窓を楽しみ、降りた後で観光したりグルメを楽しむ……といった流れの中で、『Railil』がいろんな体験をサポートできる存在にしていきたいですね」(鳥家さん)。

「自分の入社の動機でもあるのですが、鉄道会社は人と人、街と街をつなぐことで日本を元気にする力を持っていると思っています。『Railil』を使って楽しんでもらい、それが人や街に活気が生まれるきっかけになれば嬉しいです。同時に、ユーザーと現場のスタッフを『Railil』がつなぐことで、スタッフにとってはモチベーションの向上につながり、ユーザーにとっては鉄道の安全運行を支えている人がいることを感じてもらえたらと思います」(岩嶋さん)。

鉄道各社では運転体験や撮影会などのファンビジネスにも力を入れる。写真はJR西日本が吹田総合車両所で行っている有料撮影会のひとコマ
鉄道各社では運転体験や撮影会などのファンビジネスにも力を入れる。写真はJR西日本が吹田総合車両所で行っている有料撮影会のひとコマ

運転体験や撮影会などのファンビジネスも好調

 JR西日本ではこれ以外にも、岡山エリアで運転士や車掌の業務体験やリバイバル列車の運行などを盛り込んだキャンペーン「おか鉄フェス」や、車両所の有料撮影会などを実施。12月12~13日に開催する「イノベーション&チャレンジデイ 2023」でもファンビジネスに関する企画が用意されている。

 近年、鉄道ファンと鉄道会社の関係は、一部の“ならず者”の所業により、残念ながら順風満帆とは言い難い。だが、こうした取り組みが鉄道ファンと鉄道会社の距離を縮め、「鉄道会社がこれだけファンのことを考えてくれるのだから、自分もそれに応えよう」と考えてくれるファンが増えれば、状況はもっとよくなるだろう。「Railil」の今後に期待したい。

鉄道ライター

大阪府生まれ。京都大学大学院都市交通政策技術者。鉄道雑誌やwebメディアでの執筆を中心に、テレビやトークショーの出演・監修、グッズ制作やイベント企画、都市交通政策のアドバイザーなど幅広く活躍する。乗り鉄・撮り鉄・収集鉄・呑み鉄。好きなものは103系、キハ30、北千住駅の発車メロディ。トランペット吹き。著書に「関西人はなぜ阪急を別格だと思うのか」「街まで変える 鉄道のデザイン」「そうだったのか!Osaka Metro」「国鉄・私鉄・JR 廃止駅の不思議と謎」(共著)など。

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