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同性パートナーシップ条例から考える「結婚」の未来

松谷創一郎ジャーナリスト
写真:王明源

条例から導かれるふたつの論点

 3月31日、東京・渋谷区で同性パートナーシップ条例が賛成多数で成立、翌4月1日から施行された。これは、渋谷区が同性のカップルに対して「結婚に相当する関係」だとする証明書を発行するものだ。公正証書の登記を必要とするものの、これにより賃貸住宅の契約や病院での面会などの局面において、同性カップルが婚姻者と近しい権利を得ることとなる。

 渋谷区内に限られ、数万から10万円ほどかかる公正証書の登記というハードルはあるとは言え、この条例はセクシュアル・マイノリティであるLGBT(女性同性愛者・男性同性愛者・バイセクシュアル・トランスジェンダー)の社会的包摂の取り組みとして注目されている。

 一般的にも、それは概ね支持される傾向にある。渋谷区議会では自民党会派が反対票を投じたが、条例成立直前に行われた産経新聞とFNNの世論調査でも、賛成が59.0%、反対が28.5%と、過半数が賛同を示している。今後注目されるのは、他の自治体にどのように波及していくかということだろう。実際、東京・世田谷区の保坂展人区長も2月の段階で検討をすると表明している

 今回の条例は、大き分けてふたつの論点を社会に投げかけている。ひとつが、マイノリティであるLGBTの社会的包摂について、もうひとつは既存の社会制度である結婚についてである。

4種の同性カップル保護法制

 今回の条例を「同性婚条例」と報道したメディアもあるが、実際のところはまだそう呼べるような内容ではない。「同性婚」と見なすには、既存の異性愛者同士の結婚と同等の権利が保証されなければならないが、渋谷区の条例はそれにはほど遠いからだ。厳密には、結婚と事実婚の間――しかも限りなく事実婚に近い場所に位置するようなものである。なぜなら、それはあくまでも「同性パートナーシップ」にとどまり、さらに渋谷区という限定が付くからだ。

 もちろん、それはLGBTの権利拡大の第一歩として評価できるものではあるだろう。同性婚が一般化しつつあるヨーロッパにおいても、当初は同性パートナーシップを認めることから始まっている。具体的には、1987年にスウェーデンで「内縁夫婦の財産関係に関する法律」が制定されたことに端を発する。その名のとおり、(異性・同性問わず)内縁カップルの財産についての法律だった。そこから、各国でさまざまな形式で同棲カップルを行政が認める動きが拡がっていった。

 法学者の渡邉泰彦は、ヨーロッパにおける同性カップル保護の法制について以下の4種に分類する(※1)。

  • 1:事実上の共同生活の保護……同性にかかわらず事実婚や共同生活の法的保護など
  • 2:パートナーシップ契約……フランスのパックスやベルギーの法的同棲など
  • 3:登録パートナーシップ……ドイツやスイス、オランダ、デンマークなど、婚姻との差異があるパートナーシップ登録
  • 4:同性婚……異性同士の結婚と同等

 今回の渋谷区の条例でまず連想されたのは、この分類では2に属するフランスのパックス(PaCS=連帯市民協約/後述)だったが、実質的には1に近いものだと捉えられる。条例であることの限界を踏まえると、パックスなどにはほど遠いものだからだ。

フランスのパックスとは

 フランスでは、同性婚を公約に掲げたフランソワ・オランドが大統領に当選したことにより、一昨年の2013年に法律が改正されて同性婚の道が開かれた。それまでは、1999年に成立したパックスを同性カップルは使っていた。これは、結婚と事実婚の中間に位置する制度である。(同性婚が認められる2013年まで)結婚と明確に異なっていたのは、異性・同性の関係を問わないことだった。

 パックスにはさまざな条件があったが、それは法的効力が強いことがよく知られる。とくに財産分与においては、パックス締結後の所有物については同等の権利を有し、3年後からは所得税の共同申告をすることや扶養控除も可能となる。その一方で、婚姻ほどの縛りがないことも特徴だ。この契約はカップルの片方が希望すれば解消できる(※2)。

 かように、パックスとは結婚と事実婚の中間に位置するというイメージである。ただし、同性カップルについて言えば、それは将来的には結婚に進むにしろ別れるにしろ、パックスを解消することが前提とされていた。

 この背景にあるのは、フランスでは事実婚(コンキュビナージュ/ユニオン・リーブル)カップルが多かったことだった。イタリアと同様、カトリックの国であるフランスは結婚と離婚のハードルが高く(とは言え、離婚率は日本よりも高いが)、その結果として事実婚が増えていたのである。パックスはそこに第三の道を示したのだった。余談だが、オランド自身も、大統領就任時にはパックスのパートナーがいた(後に関係を解消)。

 同性カップルにとってパックスが不十分な点は、産んだ子供がカップルの子ではなく非摘出子と扱われ、養子も持てないことにある(これは異性カップルにおいても同様だ)。つまり、カップルで子供を生み育てることは、制度上は結婚だけだとされていたのだ。また、フランスでパックスが準備されたために、逆に同性婚の法制化が2013年にまで遅れたとする見方もある(※3)。

同性婚の関門となる憲法

 パックスの例でもわかるように、同性パートナーシップ契約と同性婚は、似て非なるものだ。さらに渋谷区の条例は、前述したようにパックスにも及ばない内容だ。もちろんそれは、将来的に同性婚の道を開く第一歩として評価できることであろう。ただ、日本のダイバーシティ(多様性)を将来的に目指すうえでは、その戦略についてはさまざまに議論される余地があるだろう。

 特に日本においては、憲法が大きな関門となるだろう。日本国憲法第24条には以下のようにある。

第二十四条  婚姻は、両性の合意のみに基いて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により、維持されなければならない。
○2  配偶者の選択、財産権、相続、住居の選定、離婚並びに婚姻及び家族に関するその他の事項に関しては、法律は、個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して、制定されなければならない。
出典:「日本国憲法」

 ここにおける「両性」は、やはり男女それぞれを指すと解釈することが妥当だろう。安倍総理もそれを受けて、国会で「憲法との関係においては、結婚は両性の同意となっている。慎重に議論すべき課題だ」との見解を示した。時間をかけて同性婚を可能とする憲法改正を望むか、あるいは解釈改憲の道を模索するか、それとも結婚とは異なるものの同等に法的保護される同性カップル制度のみを目指すのか――日本においてLGBTのための法整備の道程にはまだ紆余曲折が予想される。

 そこでは、おそらく既存の結婚制度をいかに評価するかという点において、めいめいの立場が大きく異なるであろう。婚姻が子孫を存続させる(再生産)ための社会制度だと捉える認識そのものは、保守派にも一部の改革派にも共通する。日本においては、結婚制度は家父長制を温存するために優遇されてきた歴史的経緯もある。こうした流れにおいて、結婚制度そのものを脱構築するのか、それとも選択肢のひとつとして維持しながらそこに同性婚を加えるのか――LGBT内でも見解は異なってくるだろう。

反対者の立論とは

 一方で、日本においての同性婚や同性パートナーシップに反対する意見も見られる。それには、大きく分けてふたつの立場がある。ひとつは子孫の存続(人口の維持)を脅かすという社会政策的立場からであり、もうひとつは「家族の伝統」を壊すという保守政治的立場からである。今回の渋谷区の条例に対しても、主にこのふたつの立場からの情緒的な批判が目立っていた。しかし、この両者の批判にはともに大きな欠陥をを抱えている。

 まず前者については、出産を結婚のみによるものとして捉えることが、状況を見誤っている。フランスでは既に子供の半数以上が婚外子であるように、子供は結婚という制度でなくとも生まれる。つまり、子孫の存続は結婚でなくとも可能なのだ。また、結婚よりも出生率に大きな影響があるとされるのは、経済的支援と出産・育児・保育などの環境的支援の二本立てである。これは、内閣府が出生率が回復したフランスとスウェーデンの例を挙げて説明するとおりである

 次に後者については、そもそも男性を一家の長として相続を続ける家父長制自体が、伝統的なものではなく明治政府の産物であることは既にさまざまな家族研究によって明らかになっている。明治以前は、家父長制は武士階級(家族も含めると人口の10%)のみにおいて見られたものに過ぎず、豪農や豪商などでは母系相続(「姉家督」)や末子相続などが広く見られていた(※4)。つまり、江戸時代の家族制度とは多様であったのだ。ゆえに、もし「伝統の保守」を主張するのであれば、逆に多様な家族制度を認めなければその立場は矛盾を来すことになる。

 こうしたふたつの批判的立場の根底にあるのは、同質性を要する共同体的価値観などではない。それらの立場が極めて脆弱な立論から成るように、その背後にあるのは多様性のある社会(変化する)に対する漠とした不安であろう。

制度疲労を起こしている「結婚」

 先進国では既存の結婚制度が疲労を起こし、そこで認められてきたのが同性婚やパートナーシップ法制であった。しかし、アジアに限って言えば、まだ同性婚を認めている国はない。

 おそらくこれにはふたつの理由がある。ひとつが宗教的な背景であり、もうひとつが近代化が遅れたことである。前者についてはキリスト教文化圏ではないことを踏まえる必要があり、後者についてはOECD加盟国のなかでも極めて高い少子高齢化社会に移行しつつある日本と韓国を比較して考えることが肝要であろう。

 今回はこれらの点には踏み込まないが、同性婚や同性パートナーシップ法制、あるいは結婚制度については、さまざまな知見からの理性的な議論が望まれる。渋谷区の条例も、同性婚だけでなく結婚形態の多様化を目指すものとしても注目する必要があるだろう。もちろん、フランスで同性婚を目指しながらも結婚制度の多様化を含むかたちでパックスが成立したように、議論が混乱する可能性もあるかもしれないが。

 なんにせよ、現在の日本の結婚制度がこのままでいいのか、それを変えるか、あるいはそこに新たな制度を付加するのか、さまざまなかたちでの議論がなされるべきであろう。

※1:渡邉泰彦「同性カップルの法的保護」水野紀子編『家族──ジェンダーと自由と法』(2006年/東北大学出版会)。
※2:井上たか子「パックス・家族・フェミニズム」三浦信孝編『普遍性か差異か──共和主義の臨界、フランス』(2001年/藤原書店)、北原零未「フランス社会とパックス──PACSの限界と可能性」佐藤清編『フランス──経済・社会・文化の位相』(2005年/中央大学出版部)等。
※3:北原零未「フランスにおける同性婚法の成立と保守的家族主義への回帰」『中央大学経済研究所年報』第45号(2014年)。
※4:上野千鶴子『近代家族の成立と終焉』(1994年/岩波書店)。

ジャーナリスト

まつたにそういちろう/1974年生まれ、広島市出身。専門は文化社会学、社会情報学。映画、音楽、テレビ、ファッション、スポーツ、社会現象、ネットなど、文化やメディアについて執筆。著書に『ギャルと不思議ちゃん論:女の子たちの三十年戦争』(2012年)、『SMAPはなぜ解散したのか』(2017年)、共著に『ポスト〈カワイイ〉の文化社会学』(2017年)、『文化社会学の視座』(2008年)、『どこか〈問題化〉される若者たち』(2008年)など。現在、NHKラジオ第1『Nらじ』にレギュラー出演中。中央大学大学院文学研究科社会情報学専攻博士後期課程単位取得退学。 trickflesh@gmail.com

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