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藤井聡太七段、歴史的妙手で2018年度を締めくくる

松本博文将棋ライター

 またリアルタイムで、藤井聡太伝説が生まれる瞬間を見た――。それが固唾を飲んでネット中継を見つめていた将棋ファンの、偽らざる気持ちであろうか。

 2019年3月27日。東京・将棋会館において、竜王戦4組ランキング戦3回戦(準々決勝)の▲中田宏樹八段(54歳)-△藤井聡太七段(16歳)戦がおこなわれた。

 藤井は今年度ここまで44勝8敗(未放映のテレビ棋戦の対局を含む)。中原誠16世名人が1967年度に記録した47勝8敗(勝率0.855)にはわずかに届かないものの、前年に続いて、圧倒的な高勝率をマークしていた。竜王戦ランキング戦はこれまで6組、5組と連続優勝。4組もここまで2連勝で勝ち進んでいる。

 対する中田は、王位戦七番勝負に挑戦者として登場したこともある実力者。言うまでもなく、強敵である。

 ▲中田宏樹八段-△藤井聡太七段戦は相矢倉となった。中盤から終盤にかけては、先手の中田が見事な指し回しを見せた。中田が着実に、優勢から勝勢を築いていく。藤井がぐんぐん追い込んでいるようにも見える。しかし中田は最善を続けて崩れない。さすがの神童も、いよいよ万策尽きたか――。そう思わせる局面を迎えていた。

 そこで藤井は、誰もが目をみはるような手を見せた。それが△6二銀だ。相手の龍にただで取られるところに銀を引く。絶体絶命に見えた局面で、まだこんな手段が残されていたとは・・・。

 指された中田も驚いただろう。残り時間は、わずかに3分。中田に勝ち筋がありそうにも見える。しかし、短時間で正確に対応するには、あまりに難しい局面だった。

 中田は腹をくくって、藤井が差し出した銀を取った。途端に、世紀の大逆転である。中田の龍筋がそれたため、中田玉に詰みが生じている。その詰みの順は簡単ではない。ネット中継で解説を担当していたプロ棋士も、すぐにはわからない。しかし藤井だけは、その先まですべてを読み切っていた。中田玉は作ったようにぴったりと詰んでいる。

 22時22分。総手数は110手。最後に勝ったのは、またしても藤井聡太だった。

 藤井は今年度(2018年6月)に指された竜王戦ランキング戦5組決勝の石田直裕五段戦で、△7七同飛成という、将棋史に残る妙手を指している。飛車をダイナミックに捨てて、相手玉が寄っている。奇跡的な手順だ。将棋界では年度ごとに名局賞を選出するが、その最有力候補の一つと言ってもいい。

 それに加えて、藤井はまたもや歴史に残る一手を盤上に残した。年度成績は、これで45勝8敗(勝率0.849)。史上3位の大記録を妙手で飾り、藤井は2018年度を終えた。

 時が過ぎても、藤井の△7七同飛成、藤井の△6二銀は、永遠に語り継がれていくだろう。神童が歩んでいく過程を、同時代に、リアルタイムで目の当たりにできる私たちは、改めて幸運というよりない。

将棋ライター

フリーの将棋ライター、中継記者。1973年生まれ。東大将棋部出身で、在学中より将棋書籍の編集に従事。東大法学部卒業後、名人戦棋譜速報の立ち上げに尽力。「青葉」の名で中継記者を務め、日本将棋連盟、日本女子プロ将棋協会(LPSA)などのネット中継に携わる。著書に『ルポ 電王戦』(NHK出版新書)、『ドキュメント コンピュータ将棋』(角川新書)、『棋士とAIはどう戦ってきたか』(洋泉社新書)、『天才 藤井聡太』(文藝春秋)、『藤井聡太 天才はいかに生まれたか』(NHK出版新書)、『藤井聡太はAIに勝てるか?』(光文社新書)、『棋承転結』(朝日新聞出版)など。

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