世界のドラマ事情からみえてきた、日本のTV業界の「もったいない」こと
日本はガラパゴスと表現されることが多いが、テレビ業界も例外ではない。世界中のテレビ局や制作会社が参加し、番組を売買するテレビ見本市でマーケットの動きを取材する度に、テレビ事情の違いに驚かされる。ドラマもそのひとつだ。日本では当たり前のようにクール毎に話題に上るが、国際的な番組流通マーケットでは実はここにきてにわかに注目され始めたカテゴリーと言ってもいい。
ドラマがトップに並ばないヨーロッパ、視聴率対決が記事になる日本
日本とヨーロッパを比べると、ドラマに対する認識の違いがまず挙げられる。ヨーロッパではテレビドラマは映画や舞台よりも低くみられがち。テレビ局や制作会社もテレビドラマに重きを置いていない傾向がある。テレビの主流は報道やスポーツ、バラエティーであり、そこにテレビドラマは並んでいないのだ。良質なフィクションはテレビドラマではなく、映画で視聴するという見方が強い。
一方、日本はと言うと、最近は「面白いドラマがない」と批判の声も多く、ゴールデンタイムでさえ視聴率二桁超えが厳しい時代に突入しているものの、それでもクールごとにどのコンテンツよりもドラマが注目され、深夜までドラマ枠が充実している。「今クールは『毒島ゆり子のせきらら日記』『不機嫌な果実』『僕のヤバい妻』など不倫ドラマが揃っている」などの分析や、同時間に放送されるフジテレビとTBSの視聴率対決結果などが記事になる。
テレビ局側もキャストや脚本家選びに力を注ぎ、パッケージや配信など2次利用も見込めるドラマは事業展開の上で欠かせないコンテンツである。日本の場合は映画とドラマにさほど価値の差がなく、むしろ映画よりもドラマを中心にビジネスが動いていることが多いことも海外との大きな違いを感じる。
海外マーケットの事情はフランス・カンヌで開催される世界最大級のテレビ見本市MIP(ミップ:春はMIPTV・ミップティヴィ、秋はMIPCOM・ミプコム)を2009年から毎年、現地取材しているなかでみえてきたことである。
先月取材したテレビ見本市MIPTV(ミップティヴィ)で行われたパネルディスカッションでは、日本と海外ではドラマの話数の違いが大きいことも実感した。
コートジボアールのドラマバイヤーは「半年クールの単位で毎日もしくは毎週放送される連続ドラマが主流だ」と話し、イタリアの担当者は「長期シリーズの連続メロドラマが定番。制作サイドにとってもチャンネルのブランディングがしやすい長期シリーズは好都合」と話していた。一方、デンマークからは「これまで主流だった長期シリーズの人気が落ち、単発ドラマが増えている」という話があった。またイギリスのドラマなどで数話程度のミニシリーズが増えている傾向もみられた。
国や地域によって定着している編成が異なることも多く、韓国ドラマは16~25話あたりが平均的であり、中国ドラマは50話以上もざらだ。東南アジアでもドラマは毎日または毎週末放送されるため、話数の多さが求められている。
これに比べて、日本では年間で4クールごとに新作がスタートし、話数13話のドラマが一般的だ。また初回延長というパターンも日本独特のものでもある。海外のテレビ局から「分数が揃わないから買いにくい」と言われているほどだ。
オンラインオリジナルとなると、国ごとの違いを越えて話数も自由、分数も1話ごとに異なることもある。フランスCANAL+傘下のVivendiはモバイルデバイス向けにプレミアドラマシリーズを展開するプラットフォームSTUDIO+を今年の9月にフランスで設立し、10分×10本のドラマシリーズを計画している。
トレンドはコスチュームに北欧スタイル、ドラマが売れる時代
ここにきて、世界のテレビマーケットではドラマが注目ジャンルとして、フォーカスされ始めていることにも驚く。日本からみると今更感が否めないが、世界のテレビ局にとってそれは新しい動きなのである。
その背景にはアメリカのドラマばかりが世界を征服していた状況が変わり始めていることが理由のひとつにある。海外流通を意識したヨーロッパや中東、南米、アジア発ドラマが増え、異なる国同士で共同制作するやり方も活発化し、さらにNetflixやAmazonなど出口が増え、オンラインファーストのドラマも増えた。こうした需要と供給の高まりから、テレビドラマの制作体制や予算、質が上がり始め、各国のドラマバイヤーが口を揃えて「ハイエイドドラマに対するニーズが高まっている」と話している。
これを受けて、MIP専門の単独イベントとして初めて「mipdrama screening(ミップドラマ・スクリーニング=ドラマ上映会)」まで企画され、ドラマ市場の盛り上がりを象徴していた。そこで上映された厳選ドラマ12本のラインナップからも日本とは異なる世界のドラマトレンドが発見できる。
国別では12本中2本がイギリスもの。アメリカ以外では圧倒的にイギリスのテレビ番組制作力は高く、世界ヒット番組がイギリスから生まれていることが多い。だからこうしたところでも存在感を示す。
日本でも放送されそうな可能性が高いものには、ヴィクトリア女王の若き日を描くイギリス民放最大手ITVの『ヴィクトリア』や俳優ダスティン・ホフマンが出演するイタリア公共放送局RAIの『メディチ』があった。日本人にも知られている俳優と題材という単純な理由からだが、実際に「購入を検討したい」という話を日本のドラマバイヤーから耳にした。
『ヴィクトリア』も『メディチ』もそうだが、「コスチュームドラマ」と呼ばれる時代考証が肝の歴史や人物を描く時代劇は世界的に人気が高く、ポーランド公共放送局TVPによる1900年初頭の実在人物を描く大作ドラマ『Bodo』や1950年を舞台にしたドイツ公共放送ZDFのファミリードラマ『Ku’damm56』なども注目されていた。
北欧から火が付き、ヨーロッパから中東まで人気が広がっているサイコ・スリラー・犯罪ものも流通の主流である。上映会ではベルギーの『Public Enemy』、フィンランドとフランスが共同制作した『Border town』、フランスの『Section Zero』、イギリスの『The Secret』などがそうだった。日本も刑事ドラマの人気は高いが、残虐性は一切ない。そうした要素は求められていないからだが、「ノルディック・ノワール」と言われている北欧スタイルのドラマは、とことん画面は暗く、これでもかというほど暗い気分に陥る内容だ。
スウェーデン公共放送SVT局のドラマバイヤーであるChiristian Wikander氏に指摘すると、「北欧のドラマは感情を言葉に表さず、心の内を明かさないが、日本のドラマはオープンでアクティブな印象を持つ。スウェーデンの視聴者はこの演劇のような大袈裟なアクションに違和感を覚えるかもしれない」と解説してくれた。
この差を埋めるのは難しいかもしれない。そもそも「別に日本のドラマははじめから海外で売るつもりで作っているわけじゃないですから」と言われてしまえばそれまでだが、日本にも良質な内容のドラマはあり、フォーマットの違いというだけで、商品棚に陳列されないのは、何かもったいない。そうこうしているうちに、制作力をつけている世界の国々では、テレビドラマはアメリカから買って流すという状況から、自分たちで制作して放送し、世界にも売る商品であるという位置付けに変わりつつある。