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オランダに勝利!緊迫した90分間でなでしこジャパンが見せた確かな成長の跡(1)

松原渓スポーツジャーナリスト
オランダに3試合ぶりに勝利したなでしこジャパン(C)松原渓

【完璧なコース】

太鼓や打楽器と共にリズムを刻み、お祭りのようなテンションで応援を続けていたオランダのサポーターが動きを止めたのは、一進一退の緊迫した展開が続いていた、62分だった。

ペナルティアーク手前15mぐらいの位置で、センターサークルの少し前にいたMF阪口夢穂からのパスを受けたFW横山久美は、右の背後からプレッシャーをかけにきた相手と競りながら少し前方にドリブルした後、一回転ターンでその相手の右側に抜けた。そして、一瞬、顔を上げると、すばやく右足を振り抜いた。

オランダの選手たちは、まさか、そのタイミングで打つとは思っていなかったのだろう。オランダのGKも不意を突かれる形になり、必死に手を伸ばしたが、まったくボールに触れることができず、ボールは鋭い勢いでゴール右上に突き刺さった。

59分に途中出場した横山は、わずか3分後に、スタジアムの空気を変えてしまった。

試合前日の6日の練習後、いつものようにシュート練習に取り組んでいた横山は、このゴールとまったく同じようなタイミングで、際どいコースにシュートを何本も成功させていた。

背後にゴールをイメージし、振り向きざまに足を振り抜くーー。シュートを受けていたGK山下杏也加は、練習中に何度か、苦笑いを浮かべた。抜群の身体能力と反射神経を持つ山下が全神経を集中させても取れないコースに、シュートが何本も決まっていたからだ。

反復練習の成果は、ここしかないという局面で発揮された。

「前半に出ていた選手たちが相手を疲れさせてくれていたので、あまり(オランダの)プレッシャーがなかったんです。一人では点は獲れないですし、チームで戦えた結果だと思います」(横山)

試合後、横山は決勝ゴールについてそのように振り返り、間接的にゴールをお膳立てしてくれたチームメートに感謝した。

【拮抗した前半】

6月のオランダは、日が長く、夜の10時頃まで太陽が出ている。

試合開始の笛が鳴る18時30分ごろ、会場となったラト・フェルレーフ・スタディオンは昼間のような日差しに包まれていた。昼前まで続いていた雷雨は去り、懸念されていた風も止んでいた。

日本のスターティングメンバーは、GK山下杏也加、DFラインは左から鮫島彩、熊谷紗希、市瀬菜々、大矢歩。MFの阪口夢穂と猶本光がボランチを組み、2列目は左サイドにMF中島依美、右サイドにMF籾木結花。FWの菅澤優衣香と田中美南が2トップに並んだ。

一方、オランダはエースのFWビビアン・ミーデマを1トップに置く4-2-3-1のフォーメーションで、前線は右サイドにFWシャニセ・ファン・デ・サンデン、トップ下にFWリーケ・マルテンス、左サイドにFWダニエレ・ファン・デ・ドンクという不動の4枚を配置。1ヶ月後に迫った女子ユーロ(欧州選手権)2017本大会に向け、オランダは3月のアルガルベカップ以降、メンバーをほぼ固定して連携を深めてきた。

予想通り、オランダは立ち上がりから右サイドのファン・デ・サンデンのスピードを活かし、日本の左サイドの背後のスペースを狙ってきた。

日本が高い位置からプレッシャーに行けなかったのは、オランダのセンターバックの2人から、このファン・デ・サンデンに送られる精度の高いパスで裏を取られるリスクが大きかったこともある。

しかし、前回対戦時に同じマッチアップで苦しめられていた左サイドバックのDF鮫島は、適度な間合いを取ることでファン・デ・サンデンをスピードに乗らせず、じっくりと対峙してオランダのカウンター攻撃を遅らせた。相手のロングボールに対しては、センターバックのDF熊谷とDF市瀬が中心になって、的確な予測とラインコントロールでボールを奪い、ピンチらしいピンチはほとんど作らせなかった。

試合序盤のオランダの勢いを牽制した日本は、4分に最初のチャンスを迎えた。

DF市瀬からのボールを受けたMF猶本が、ペナルティエリア内に走り込んだMF中島に縦パス。フリーでパスを受けた中島がゴール前で決定機を迎えたが、シュートする直前に、相手ディフェンダーにスライディングでボールをブロックされた。

14分には、阪口がオランダの高い最終ラインの背後を狙った浮き球のパスを通し、走り込んだFW籾木がループシュートを狙ったが、わずかに枠を外れた。

オランダは15分に、ミーデマがペナルティエリアの右隅から放ったシュートが日本ゴールの右隅を捉えたが、山下が鋭い反応でかわした。

試合はその後も両チームが攻め合う展開になり、主導権を奪い合う中、0-0で前半を終えた。

【流れを変えた先制ゴールとビッグセーブ】

日本は59分にボランチのMF猶本を下げて、同ポジションにMF中里優を投入。トップのFW菅澤を下げて、同ポジションに横山を投入した。

すると、その3分後、日本は横山のゴールで先制。

先制されたことで焦りが見え始めたオランダに対し、日本は阪口を中心に、ショートパスをつないで主導権を握った。65分過ぎにオランダが一気に3人を交代すると、日本も69分に、中島を下げてMF長谷川唯を投入して2点目を奪いに行った。

この試合で最大のピンチは、71分に訪れた。

途中出場したオランダの右サイド、フォルケルツマから、日本の左サイドの裏のスペースにグラウンダーのパスが出された。DF鮫島はトップスピードにギアが入ったファン・デ・サンデンと全速力で競り合ったが、ゴールライン手前でスライディングした鮫島のつま先をかすめるように、ファン・デ・サンデンが、地を這(は)うようなクロスボールをゴール前に送った。その瞬間、ゴール前まで下がりながらボールウォッチャーになってしまったDF熊谷の背後にリーケ・マルテンスが走り込んでいた。

ゴールエリアの正面手前、GK山下とDF熊谷の間を通ったクロスに飛び込んだリーケ・マルテンスは絶妙のタイミングで右足を合わせる。リーケ・マルテンスを後ろから追いかけていたDF市瀬のディフェンスも間に合わず、オランダの同点ゴールになったと思われたそのシュートは、GK山下の右側、1mほど離れた膝の高さに飛んだが、山下は抜群の反射神経でそのシュートを右手で弾いた。

この場面は、90分間を通じてDF鮫島が唯一、日本の左サイドの突破を許した場面だったが、GK山下のビッグセーブに助けられた。

最大のピンチをしのいだ日本だったが、オランダはこのプレーで勢いに乗り、ラスト20分間、パワープレーを仕掛けてきた。そんなオランダに対し、日本は一方的に押し込まれる展開に持ち込まれ、疲れによる判断の遅れも目立ち、1対1でかわされる場面も重なり、立て続けにピンチを招いた。

「もう少し割り切って、自分たちの中盤を引かせてもよかったかな、と思いますし、(奪った後に)もう少し大きく展開しても良かったかな、と。1-0で勝っているあのような状況で、ラスト10分でどう戦うのかということを、全員で共有していかなければいけません」(熊谷)

87分、ゴール前でMFアヌーク・デッカーに抜け出されたシーンも危なかったが、ここは、DF大矢がゴール前でのスライディングでシュートをブロック。最後のピンチをしのぎ、1点を守りきった日本が、ついに勝利の瞬間を迎えた。

日本にとって、対オランダ戦は、実に3試合ぶりの勝利である。

【収穫と課題】

成長の過程にあるチームが、勝利から得た自信は何より大きいはずだ。

目に見える収穫が2つあった。それは、「相手にロングボールを蹴らせて獲る」守備が徹底されていたことと、「個の力」が随所に発揮されたことである。

メンバーを固定して試合を重ね、連携の良さを見せるオランダに対し、日本は、現状ではメンバーを固定せず、いろいろな組み合わせにチャレンジしながらチーム作りを進めている。

そのため、相手にプレッシャーをかけるタイミングは選手間で臨機応変に調整することが必要だが、この試合では「ロングボールを蹴らせて獲る」守備が徹底されていた。

「1対1で対峙するところはそれほど怖さを感じなかったですし、裏に蹴られても、分かっているボールに対して競り合う場面が多く、その点でチームの守備はできていました」(高倉監督)

個の力も光った。

相手の起点である右サイドのキープレーヤーを封じ込めたDF鮫島、守備を統率したDF熊谷、長短のパスを使い分け、日本に精神的な落ち着きをもたらしたMF阪口。FW横山は、その非凡な決定力を見せつけ、GK山下のビッグセーブは日本の勝利に大きく貢献した。DF市瀬はミーデマを完璧に抑えて仕事をさせず、予測で先手を取る、シビれるプレーを何度も見せた。

その市瀬と同じく、DF大矢もA代表での出場は2試合目(1試合目は4月のコスタリカとの非公開試合)だが、この試合では慣れない右サイドバック(本来はFW)のポジションでフル出場し、無失点勝利に貢献した。ビルドアップ時にミスもあったが、それ以上に、積極的にチャレンジした結果のファインプレーが光った。

「自分の強みや持ち味を積極的に出してみようと思ってチャレンジしましたが、仕掛ける部分では、まだまだいけたかな、と感じました」(大矢)

経験の浅い選手が失敗を恐れずにチャレンジできる雰囲気の良さは、このチームの魅力だ。

一方、攻撃面での課題は解決の途上である。

「効果的にボールを動かし、いろいろな形から点を取る」という、今回のヨーロッパ遠征における最大のテーマは、この試合を見る限り、まだ、解決されていない。

「前で相手の圧力をかわすようなコントロールやボールの動かし方ができれば、もうちょっとゴールシーンまで行けるのではないかと思います」(高倉監督)

4日後には、女子ユーロへの初出場を決めたベルギーとのテストマッチがあり、オランダ戦を通じて得た収穫をさらに活かし、まだ解決していない課題にトライする貴重なチャンスとなる。

ベルギー女子代表戦は、日本時間の6月14日(水)午前3時00分(現地時間6月13日(火)午後8時00分)キックオフ。BS日テレで、6月14日(水)午前2時50分から生中継される。

【(2)オランダ戦後の監督・選手コメント】] に続く

ラト・フェルレーフ・スタディオン
ラト・フェルレーフ・スタディオン
スポーツジャーナリスト

女子サッカーの最前線で取材し、国内のWEリーグはもちろん、なでしこジャパンが出場するワールドカップやオリンピック、海外遠征などにも精力的に足を運ぶ。自身も小学校からサッカー選手としてプレーした経験を活かして執筆活動を行い、様々な媒体に寄稿している。お仕事のご依頼やお問い合わせはkeichannnel0825@gmail.comまでお願いします。

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