新時代の中国EV「NIO」のユーザコミュニティ活用術(後編)〜日本企業は何を学べるのか?
中国新興EV市場でトップの座を争っているNIO(蔚来汽車)。2014年に創業後、わずか4年足らずで量産車の販売やニューヨークでの上場を達成した、新進気鋭の企業で、今後はノルウェー進出を足がかりにヨーロッパ市場を狙うなど、勢いは十分だ。
「中国版テスラ」と言われることも多いNIOだが、目指すところはテスラとは異なる。NIOは「ユーザに快適な生活をもたらすこと」こそが自分たちの提供価値だと考えているのだ。
NIOのサービスの特異性については、以前の記事でご説明した通りだが、今回はNIO購入者から成るユーザコミュニティをNIOがいかに組織・運営・活用しているかと、そこから得られる示唆について前編・中編・後編に分けて解説している。
前編・中編では、NIOのコミュニティで起こっている、具体的な活動の様子やエンゲージメント向上の様子がわかる事例の紹介と、一部のユーザがよりNIOへの貢献度を高め「お客さんから主催者(NIO)側へ」変化していく様子とそれを促進する仕組みを解説した。
前編・中編の内容を要約すると、以下のようになる。
- NIOは、ユーザたちが一定以上の経済水準でありかつ同じNIOの車を買っている、という点で「自分に近いと思える価値観の人が集うので心地よく、かつ所属に誇りが持てるコミュニティ」となっている。そのため、ユーザはNIOの車自体とは関係がない趣味的な活動もオンライン・オフライン問わず積極的に行っている。
- 提供サービスに満足感が得られNIOへのロイヤリティが向上する中で、一部のユーザは自分が「お客さん」として良い体験をするだけではなく「自分が心地よくかつ誇りに思えるこのコミュニティをよりよくしたい」「この中で認められたい」という貢献心や主体者意識が強くなり、一部のユーザはよりNIOへの貢献心・主体者意識を強め「お客さんから主催者(NIO)側へ」変化していく。
- 結果、もはやNIOのスタッフかのように強い熱意を持って活動するユーザも現れ、そのユーザがコミュニティ全体の熱量を大きく上げる。
- 「NIOスコア」による貢献度の可視化や特権の付与も、ある程度そのような行動を後押ししていると思われる。
参考:新時代の中国EV「NIO」のユーザコミュニティ活用術(前編)〜ユーザ同士はなぜ積極的に交流する?
参考:新時代の中国EV「NIO」のユーザコミュニティ活用術(中編)〜ブランドに熱狂するのはなぜ?
今回の記事では、前編・中編で挙げてきたNIOの取り組みとユーザの反応から、日本企業が得られる示唆を3つの論点に答える形でまとめていく。
※日本企業と言っても様々であるが、主にtoCビジネスを行っている企業を想定している
論点1:企業がユーザコミュニティを作るとどんなメリットがあるのか?
特に前編で述べてきた通り、商品・サービスとは直接的には関係ない内容であっても、その商品・サービスを使うユーザ間の交流の中で心地よい体験をすると、そのブランド自体への愛着・ロイヤリティが高まるというメリットがあると考えられる。
また既存ユーザが良い体験をしている様子を未利用・未購入ユーザが見られる設計にすることで、利用・購入促進に繋がる可能性もある。
NIOはそれを意図した体験設計をしていることが、以前NIOでマネジャーを務めていた王さん(仮名)の、以下の2つの発言要旨からわかるだろう。
発言要旨①
NIO House(NIOユーザ専用ラウンジ)の中では定期的にイベントが開催されているが、その場所はガラス張りになっており、NIOの未購入者が「楽しそうにイベントに参加しているNIOユーザたち」を見て憧れを持てるように設計している。
発言要旨②
NIOアプリ内には、モーメンツ機能(Twitterのような機能)が存在しており、NIOの車に関する投稿やイベントの様子等の投稿がされている。
ただ実はNIOアプリを使っている人のうちNIOの購入者は10%くらい。残りの90%はNIO未購入者で、NIOに対して憧れや関心を持っていると思われる方々。未購入者にモーメンツを閲覧してもらいNIOがある生活のイメージを鮮明に持ってもらうという、NIOにとって戦略的意義を持っている機能。
論点2:どのような企業がコミュニティを作りやすいのか?
NIOの例から考えると、当該商品・サービス利用がユーザのアイデンティティになるものが、ユーザのコミュニティでの活動への意欲・価値は高まると考えられる。
要は「この製品を買う人ってこういう人だよね」と言えるような特徴的なポジショニング・ブランディングが企業(もしくはブランド)はコミュニティを作りやすく、また作ることのメリットが大きいのではないかと考えられる。
※「強いブランド」と「コミュニティを作りやすいブランド」は違うと考えられる。
その上で、NIOの例を鑑みると、特に以下の2つがコミュニティを作りやすいブランド(≒ユーザのアイデンティティとなりやすいブランド)の構成要素ではないだろうか。
①ブランドの理念・世界観もしくは、商品・サービスそのものがエッジが効いた・ニッチであること
(NIOの場合:新興の国産EVであり、NOMIというスマートスピーカーや業界随一のバッテリー交換システムを備えているなど新規性が高い取り組みを行っている)
②能力・地理・金銭的のスクリーニングがかかっており、買いたいと思う・買える人が限られていること
(NIOの場合:一番安い車でも最低650万円程度必要という経済水準のスクリーニングがかかっている)
論点3:コミュティをうまく運営するにはどうしたらいいか?
NIOの事例からは、コミュニティをうまく運営するために必要な要素が大きく3つあると言えるのではないだろうか。
1.ユーザ同士がコミュニケーションを取れるイベントが多くあること
NIOにはアプリ上にもコミュニティや投稿機能が存在するが、ユーザ同士の紐帯や自身のNIOへの所属意識を強めることにおいては、ユーザ同士でのオフライン(オンラインではなく実地)でのイベントの寄与度の方が大きい様子が見てとれた(前編参照)。
これは一般にもよく言われていることではあるが、やはり価値観が合う人たちとface to faceで話すことは、五感を使って得られる情報量が多い分、一体感や心地よさを感じる度合いが大きいのではないだろうか。
また、NIOのイベントはハンドクラフト・ワインのテイスティング・キャンプ・ヨガなど、それぞれが手を動かして同じような作業を行うものが多い。
同じような作業を同じ空間で一緒に行うことで「同じことを一緒に経験した」一体感も生まれやすく、また同じことを経験している分、会話も生まれやすい。結果的に、「交流」そのものを目的とした場よりも活発な交流が発生する可能性もある。
上記を踏まえると、イベントは「イベントを楽しむ中でユーザ同士の交流が生まれやすい内容であること(例えば同じような作業を一緒に行うなど)」こそが重要であり、「ユーザ同士の交流」を表立った目的とするものでなくて良いと考えられる。
一方で、オンライン(NIOのアプリでのコミュニティや投稿機能)はまた別の役割を果たす。オフラインの活動とは異なり、オンラインの機能にはアプリから常時アクセスできるため、高い頻度でNIO(およびその一部であるNIOのユーザ同士)と継続して接点を持つことができる。
オフラインのように一つの体験が大きなインパクトを与えることは稀だが、オンラインでの機能提供によって、ユーザは継続してユーザ同士の交流を行ったり情報を得ることができる。常時NIOと繋がり楽しい・便利な・有益な良い体験をすることで、NIOへのマインドシェアを下げることを防ぎ、またロイヤリティ向上や所属意識の醸成に繋がると言えるだろう。
2.「自分たちで作っている感」があること
ユーザによる自主的なイベント開催や自主的な選挙活動の実施(中編参照)など、「企業とお客さん」という関係性を超えて、その商品・サービス・ブランド自体やそれらに関わる場を「自分たちで作っている感」がある方が、よりロイヤリティが向上することが、NIOの事例からはわかる。
毎週のようにNIOでイベントを企画しており、そのことに誇りを持っている様子の北京在住の男性(25歳)は、以前乗っていたアウディについてこう語る。
アウディとは異なり、NIOではユーザが名乗り出さえすればイベントを主催することができる。
ただ、NIO側はNIOユーザに完全に「自分たちだけで」イベントを実施してもらおうとしているわけではない。開催場所としてNIO House(NIOユーザ専用ラウンジ)を利用することができるし、参加者募集ページはNIOスタッフが作成する。加えて、必要に応じてNIO側が金銭的援助等を行うスキームも用意されている。
このように、ある程度企業側でユーザが自主的な活動をしやすいような土俵を用意することは重要だと言えるだろう。
逆に言うと、NIOの事例を見ていると、「価値観が合うユーザ集団に対しては土俵さえ用意すれば必ずしも企業が話題や活動のトピックを提供し続けなくても良い」とまでも言えるのではないだろうか。
そもそも、企業が常時ユーザに活動ネタを提供し続けることが前提だと、運営コストが大きくなり持続性がなくなりそうにも思われる。
3.ユーザの適切なランキング付けと特権の付与がなされていること
NIOの事例から、貢献度を可視化しユーザにある程度序列をつけることで、ユーザの自己承認欲求が満たされ活動や貢献へのモチベーションの向上に繋がると考えられる。
このような取り組みは、中国の総合家電メーカー「シャオミ(小米)」他いくつかの企業でも行われており、やり方の差はあれ、ある程度中国では一般的な手法だ。
ただし、中編でも述べた通り、ユーザ間で競争を煽り立て、自分の評価を上げるためにユーザに無理をさせるやり方(NIOの場合は、多くの友人に対してNIOの車を勧めて買ってもらったり自ら買ったりすると序列があがる仕組みとなっている)には、危うさがあることも事実である。
そのような危うさを踏まえた上で、仕組みの設計を行う必要があるだろう。
最後に:コミュニティの個別施策を考える前に、自社ブランドがどんなブランドかを考えることから始めるべき
ここまで、今回はNIO購入者から成るユーザコミュニティをNIOがいかに組織・運営・活用しているかと、そこから得られる示唆について3本の記事にわたって述べてきた。
NIOの施策は個々に面白くまた学びも多いが、それをそのまま真似れば良いというわけではない。彼らがそのような施策を行っている背景と考え方を深く知った上で、自社にどのように適応できるかを改めて考える必要があるだろう。
またそもそも、NIOがユーザコミュニティを有効活用できているのは、NIOのブランドが特徴的なものであり、NIOを保有していることがユーザのアイデンティになるようなブランドであることが前提である。
コミュニティをどう組織・運営・活用するかということは、自社ブランドがどのようなブランドであるのか・ありたいのか、ユーザは誰なのかということを見つめ直すところから始まることを忘れてはならないだろう。