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安部裕葵のバルサ移籍を機に改めたい2つのサッカー用語

杉山茂樹スポーツライター
(写真:アフロスポーツ)

 バルセロナへの移籍が決まった安部裕葵。他の選手との違いは何かと言われれば、右も左も真ん中もできる幅の広さを挙げたくなる。右利きで(左利きでもそうだが)3箇所すべてを苦にしない選手は少ない。とりわけ、右利きにとって最も難度が高い場所とされる右サイドでプレーできる点が強みだ。左サイドより得意に見えるほどである。

 そしてシャープだ。いい意味で軽く、切れ味が鋭い。右利きには珍しく懐が深い。ボールを保持する力がある。

 安部がJ1にデビューしたのは2017年の開幕5戦目。対大宮アルディージャ戦の後半途中からだった。筆者はたまたまその場に居合わせていたが、何を隠そう、一目見た瞬間、この選手はいける! やりそうだ! とピンときたものだ。

 右は不可能。左で出場しても気がつけば真ん中にポジションを取ろうとする香川真司とは対照的だ。プレー可能な場所は真ん中のみ。香川はほぼ「トップ下」オンリーの選手だ。安部も高校時代まで「トップ下でした」とは、本人から直接聞いた話だが、4-4-2を布く鹿島にはそのトップ下というポジションがない。起用されたのはもっぱらサイドハーフだった。そのギャップに苦しんだ成果が、いま香川との差となって表れている格好だ。

 鹿島で10番を背負った安部。片や代表で10番を背負ってきた香川。同じ10番でも「トップ下」以外もできるところが安部の強みだ。

 一方、安部に物足りなさを覚えるのは得点力だ。奪ったゴールはJリーグ2年半でわずか4点。アタッカーとしてはかなり寂しい数字だ。得点には久保建英や中島翔哉の方が期待が持てる。

 そもそも安部はアタッカーなのか。中盤選手なのか。バルサではサイドバックに転向するプランもあると聞くが、安部が将来どのようなサッカー選手になっていくかという話はこの際さておき、得点が少ない現実に目を向ければ、安部がいうその「トップ下」には「2トップ下」の匂いがして仕方がないのだ。アタッカーというより中盤的。「1トップ下」ではない。

 その高校時代は実際、どちらだったのか。1トップ下だったのか、2トップ下だったのか。トップ下と一口で言ってもそれぞれには大きな差がある。だが日本ではトップ下としか言わない。それぞれを区別しない。そこに重要性を見いだそうとしていない。安部の口から出た言葉も「トップ下」だった。

 かつてはトップ下と言えば2トップ下が主流だった。それは流行していた布陣と深い関係がある。3-4-1-2と中盤ダイヤモンド型4-4-2。前者が多く使われたのは加茂ジャパン、第1次岡田ジャパン、トルシエジャパン、ジーコジャパン、そして第2次岡田ジャパンでも当初、使用されていた。また第2次岡田ジャパンではその前半、中盤ダイヤモンド型4-4-2も使われていた。2トップと2トップ下が存在するサッカーを展開していた。

 つまり10年と少し前まで、日本におけるトップ下は2トップ下と同義語だった。別名攻撃的MF。アタッカーではなく中盤選手としての色の方が強かった。代表チームに限った話ではない。2トップ下が存在する3-4-2-1は、Jリーグにおいてもあるときまで多数派を占めていた。

 だが、繰り返すがそこでトップ下は「2トップ下」とは呼ばれなかった。2トップ下のある布陣をほとんど見かけなくなったいま、トップ下といえば1トップ下が普通になったいまでさえトップ下だ。中盤選手からアタッカーに役割が大きく変わったのに相変わらずトップ下。日本サッカーの進歩にブレーキを踏むサッカー用語といっても言いすぎではない。

「3バック」も進歩発展に貢献しない言い回しだ。3バックと4バックは、それぞれは概念的に必ずしも対立軸を形成しているわけではない。3バックには様々な3バックがある。守備的な(5バックになりやすい)3バックもあれば攻撃的(5バックになりにくい)な3バックもある。4バックも同様。守備的なものもあれば攻撃的なものもある。

 その3バックはどこに所属しているのか。特徴を伝える必要がある。Jリーグではいま3-4-2-1が流行している。その昔は3-4-1-2。日本人の指導者は客観的に見て、5バックになりやすい守備的な3バックを好む傾向がある。

 バルサとは対照的である。たとえば、バルサがグアルディオラ監督時代に披露した中盤ダイヤモンド型の3バック、アヤックスに端を発する3-4-3(3-1-3-3)は、ズバリ攻撃的だ。サントスと決勝を争った2011年のクラブW杯では、それを0トップにアレンジした形で戦っている。

 かつてイビチャ・オシムも代表監督に就任した当初、たびたび3バックで戦っていたが、それも5バックになりにくい(攻撃的な)3バックだった。

 3バックと一口にいっても右から左まである。グアルディオラの3バックと日本で流行している3バックとの間には、本質的に大きな隔たりがある。両者はその対極に位置する3バックであるにもかかわらず、その差を述べずに「本日は3バックです」と紹介する。焦点はぼやけるばかりだ。本質は伝わらない。

 そのバルサに安部が移籍する。3バックとトップ下に曰くのある両者が絡むことになった。実質10年遅れの状態にあるこの2つのサッカー用語について、見つめ直すよい機会が訪れていると思う。

スポーツライター

スポーツライター、スタジアム評論家。静岡県出身。大学卒業後、取材活動をスタート。得意分野はサッカーで、FIFAW杯取材は、プレスパス所有者として2022年カタール大会で11回連続となる。五輪も夏冬併せ9度取材。モットーは「サッカーらしさ」の追求。著書に「ドーハ以後」(文藝春秋)、「4−2−3−1」「バルサ対マンU」(光文社)、「3−4−3」(集英社)、日本サッカー偏差値52(じっぴコンパクト新書)、「『負け』に向き合う勇気」(星海社新書)、「監督図鑑」(廣済堂出版)など。最新刊は、SOCCER GAME EVIDENCE 「36.4%のゴールはサイドから生まれる」(実業之日本社)

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