12歳の「金正恩の娘」の年齢を韓国紙「中央日報」が「14ー15歳」と報道
金正恩(キム・ジョンウン)総書記の後継者と目されている娘の「ジュエ」が5月14日に父親と共に平壌の北の関門に造成された前衛通りの竣工式に出席した。「ジュエ」が公の場に姿を現したのは3月15日の温室農場の竣工式に出席して以来、約2か月ぶりである。
ヘアースタイルも衣装も大人びていた。特に衣装については腕の部分が透けて見える「シースルー」だったことから韓国の大手紙「中央日報」は「ジュエ氏ほどの年齢の少女は普通、シャツに赤のネクタイ、赤のスカートという服装なのに白頭の血統だから自由に衣装を選択して着られるのでは」と評していた。
「ジュエ」は白いダウンジャケットを着てデビューした2022年11月18日以来、これまで延べ27回、父親に連れられ、公式の場に登場しているが、その都度、外見に変化が見られる。
襟元がふわふわした黒いオーバーや父親とお揃いの革のコートを着たり、化粧もし、サングラスを掛け、腕時計をはめ、時にブランド品を身に着けて登場したこともある。明らかに北朝鮮の普通の女の子とは異なる。金総書記の娘だから、後継者だからこそこうした身なりが許されるのであろう。
ただ、「中央日報」の記事で一つ気になる点がある。それは「ジュエ」の年齢について「14―15歳と知られている」と書いていることだ。
韓国の情報機関「国家情報院」(国情院)は金総書記には3人の子供がいて、第1子は男子で、第3子は性別不明で、「ジュエ」は第2子と明かしてきた。第1子は2010年、第2子は2012年生まれなので、「国情院」の情報に基づけば「ジュエ」はまだ12歳である。
「ジュエ」が2年前に初めてお披露目された時は10歳にしては大きいというのが第1印象だったが、そのことについて当時「国情院」は国会情報委員会で「背が高くて、図体が大きいとの既存の情報院の情報と一致していたからである」と、第2子が「ジュエ」で間違いないと説明していた。
ところが、昨年5月頃に北朝鮮担当部署である統一部の権寧世(クォン・ヨンセ)長官(当時)が金総書記の子供について「『キム・ジュエ』と呼ばれる娘以外には確認されていない」と発言したあたりから「第1子長男説」が揺らぎ始めた。
その最大の理由は金総書記が10代の頃、即ち1998年から2000年までスイスのベルン国際学校に留学していた時の同級生、ジョエル・ミカエロ氏が米ラジオ・フリー・アジア(RFA)の電話インタビュー(2023年5月24日)に金総書記から「男の子の話は全く聞かされなかった」と証言したからである。
ミカエロ氏は金正恩政権が発足した年の2012年7月と翌2013年4月に2度にわたって金総書記に招待され、訪朝しているが、「息子の話は全く聞かされていない」とインタビューで答えていた。
現在、スイスのレストランでコックをしているミカエロ氏は2012年に訪朝した時に金総書記が催した小宴で李雪主(リ・ソルジュ)夫人と妹の金与正(キム・ヨジョン)を紹介され、その際、金総書記から夫人が妊娠していることを直接聞かされ、そして翌年再訪朝した際に「妻が娘を産んだ」という話を聞かされたと語っていた。
元NBAのデニス・ロッドマン氏はミカエロ氏の2度目の訪朝から5か月後の2013年9月に平壌を訪れ、金総書記の別荘に招かれた時に娘を紹介され、名前は「ジュエ」と聞かされたと、帰国後英紙「ガーディアン」に語っていた。ということは、「中央日報」の「ジュエ」の年齢が「14-15歳」というのは間違いである。
「中央日報」の記者は「ジュエ」の身なりを見て、「14-15」歳と推測したようだが、北朝鮮についてはこうした根拠のない情報が独り歩きし、回り回って既成事実化されることがしばしばあるので要注意だ。もちろん、この娘が2010年生まれの第1子ならば、話は別だが、そうなると、名前は「ジュエ」でないということになる。今のところそれを裏付ける情報は出ていない。
それはそうと、前回は父親と並び「向導の偉大な方」(The great persons of guidance)の尊称が付いていたのに、今回はいつもの「愛するお嬢様」だけで、「向導」という言葉は消えていた。
「向導の偉大な方」は「革命闘争で人民大衆が進む前途を照らし、彼らを勝利の道に導く領導者」を指すが、一度だけの使用なのか、それとも再び用いられるのか、後継者を決定づける用語だけに気になる。