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サルがシカに「セクハラ」疑惑

石田雅彦科学ジャーナリスト
「ダ鳥獣ギ画」より

 大阪府の箕面山自然動物公園のニホンザルが、ニホンジカの背中に乗って性器をこすりつけるようなセクシャルハラスメント(以下セクハラ)をしているのでは、という論文(※1)が話題になっている。

ニホンザルの「思春期」とは

 この論文は、カナダのレスブリッジ大学のジャン=バティスト・レカ(Jean-Baptiste Leca)准教授らによるもので、レカ准教授は京都大学の霊長類研究所などとニホンザルの生態研究をしてきた研究者だ。これまで宮崎県の幸島で魚食するニホンザルの生態調査(※2)やニホンザル特有の「石遊び」行動の研究(※3)などを行っている。

 霊長類(=霊長目、primates)は、我々ヒトを含む約200種類のサルの仲間だ。その中のオナガザル科に、ニホンザル(macaca fuscata)という日本の固有種がいる。また、屋久島のヤクシマザルはニホンザルの亜種で、ニホンザルは下北半島を北限として本州のほぼ全域に生息している。

 これら霊長類のサルに共通するのが、若い期間、いわゆる成熟までの「思春期」の存在だ。この期間の若いサルは、性的な行為を学習するのではないか、と考えられている(※4)。

 つまり、テストステロンやエストロゲンなどの性ホルモンによる身体的な性成熟とは別に、社会性を身につける経験的な段階としてこの期間が必要となる。身体的な刺激と経験的な刺激がないと、霊長類のサルはうまく成長できず、群社会の中に溶け込めなくなるかもしれない。

交尾の練習か欲求不満か

 ニホンジカの背中で性器をこすりつけるような動作をしている箕面のニホンザルでは、若いオスの個体もいたが成熟した大人のサルによる行為も観察されている。レカ准教授らがYouTubeに公開した動画では、複数のサルが同じような動作をしているのがわかる。

 この行為が、交尾の練習をしているのか、メスにあぶれた欲求不満のオスがシカの背中を性欲の捌け口にしているのかわからない。興味深いのは、シカがすべてオスで、しかもサルに乗られても平気な様子、グルーミングまでしてもらっている、ということだ。

 ところで、大阪府には箕面公園という公園がある。同公園はかつて箕面山自然動物園だったが、そこに生息する野生のニホンザルにより「箕面山サル生息地」として天然記念物にもなっていて、ニホンザルの生態研究にとっても重要な拠点になってきた。

 だが、この箕面山のニホンザルは、近年の餌やりにより人間を怖がらなくなり、近隣の住居へ侵入するなど社会問題化したため、箕面市では独自の条例を制定し、箕面山自然動物園を閉園。ニホンザルへの餌やりなどを禁止している。今では餌やりで激増した個体数も自然数へ戻りつつあり、農作物などへの被害も少しずつ減ってきているようだ。一方、サルに代わってシカの食害が多くなっている、という指摘もある。

ストレスが原因か

 一般的に、野生生物の観察では、レイプやセクハラはほとんど行われない。これはオスによるメスへの交尾強制にコストがかかり過ぎること、またセクハラがオスとメスの間に不毛な「消耗戦」を引き起こすからと考えられている(※5)。

 だが、異種間のセクハラでは、ナンキョクオットセイがオウサマペンギンにしたという観察が複数ある(※6)。また、北米では若いゼニガタアザラシがオスのラッコからセクハラされ、オスのラッコがメスのラッコをレイプして殺してしまうようなことも観察されている(※7)。言うまでもないが、筆者はセクハラもレイプも肯定しているわけではない。

 ハーレムを形成するオットセイでは、はぐれオスがペンギンにセクハラをするが、ニホンザルのボスザルも母系集団の中で順位の競争が激しくストレスを溜め込んでいる。大阪という大都市に隣接したエリアで、人間が住み着くより以前から群を継続させてきた箕面のニホンザルだが、餌やりなどで本来の生態が変化してきたのは事実だ。また、箕面のシカにも同様のことが言えるだろう。

 箕面のニホンザルでは、オス同士のマウンティングから発生した交尾行動も観察され(※8)、このエリアのニホンザルに共通した特有の性行動があるのかもしれない。この特殊な行動がストレスによるものかどうかを含め、今後の調査報告に注目していたい。

※1:Jean-Baptiste Leca, et al., "Deer Mates: A Quantitative Study of Heterospecific Sexual Behaviors Performed by Japanese Macaques Toward Sika Deer." Archives of Sexual Behaviour, Vol.46, Issue282, 2017

※2:Jean-Baptiste Leca, et al., "A new case of fish-eating in Japanese macaques: implications for social constraints on the diffusion of feeding innovation." American Journal of Primatology, Vol.69, Issue7, 821-828, 2007

※3:Michael A. Huffman, et al., "Indirect social influence in the maintenance of the stone-handling tradition in Japanese macaques, Macaca fuscata." Animal Behaviour, Vol.79, Issue1, 117-126, 2010

※4:M E. Pereira, L A. Fairbanks, "Juvenile primates: life history, development and behavior, with a new foreword." University of Chicago Press, 1993

※5:T H. Clutton, G A. Parker, "Sexual coercion in animal societies." Animal Behaviour, Vol.49, 1345-1365, 1995

※6:P J. Nico de Bruyn, et al., "Sexual harassment of a king penguin by an Antarctic fur seal." Journal of Ethology, Vol.26, Issue2, 295-297, 2008

※6:William A. Haddad, et al., "Multiple occurrences of king penguin (Aptenodytes patagonicus) sexual harassment by Antarctic fur seals (Arctocephalus gazella)." Polar Biology, Vol.38, Issue5, 741-746, 2015

※7:Heather S. Harris, et al., "Lesions and Behavior Associated with Forced Copulation of Juvenile Pacific Harbor Seals (Phoca vitulina richardsi) by Southern Sea Otters (Enhydra lutris nereis)." Aquatic Mammals, Vol.36(4), 219-229, 2010

※8:Jean-Baptiste Leca, Paul L. Vasey, et al., "Male Homosexual Behavior in a Free-Ranging All-Male Group of Japanese Macaques at Minoo, Japan." Archives of Sexual Behavior, Vol.43, Issue5, 853-861, 2014

科学ジャーナリスト

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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