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武豊がダービー制覇直後に言った驚きの言葉と、後輩から届いたメッセージとは?

平松さとしライター、フォトグラファー、リポーター、解説者
日本ダービーを制した武豊騎手とドウデュース

遠慮がちに声援に応える

 「強いですね~」

 ゴールした直後にそう声をかけたのはアスクビクターモアに騎乗していた田辺裕信。

 声をかけられたのは第89回東京優駿・通称日本ダービーを先頭でゴールしたドウデュースに跨る武豊。そんな彼からの返答に、田辺は驚かされた。

 その逸話を田辺から教えてもらい、昨年の凱旋門賞へ向かう道中での天才騎手との会話を思い出した。

 羽田を発ち、パリへと向かう飛行機。約半日のフライトも3分の1を過ぎたあたりだろうか。暇を持て余した日本のナンバー1ジョッキーが、当方の相手でもしてあげようと思ってくれたのか、隣の席に移動して来た。それから到着するまでのほとんどの時間、機内は居酒屋と化した。途中からは松島正昭オーナーも加わり、話は多岐にわたった。そんな中で発せられた言葉と、ほぼ同じような科白を、今回のダービー勝利直後に口にしていたのだ。

ダービーのゴール前。3番が田辺騎手の乗るアスクビクターモアで13番が武豊騎手のドウデュース
ダービーのゴール前。3番が田辺騎手の乗るアスクビクターモアで13番が武豊騎手のドウデュース

 晴れ渡る空の下、白と鼠色の元禄模様に彩られた勝負服が、外から上がってきた。

 その刹那、東京競馬場はコロナ禍前を想起させる地鳴りのような声援が沸き起こった。それはゴールまで続き、入線直後には大きな拍手へと変わった。

 「ドウデュースだ!」

 「ユタカさんだ!」

 6万を超す観衆のあちこちからそんな声が上がった。前人未到の日本ダービー6勝目。自身が持つ最多勝記録を更新した“生きる伝説”がターフヴィジョンに大映しになる。どよめきは止まない。大観衆の待つスタンド前へ戻ろうとする武豊とドウデュースに、待ち切れないファンから手拍子が起きる。それはやがてユタカコールへと変わる。

 “ユタカ!ユタカ!”

 その瞬間の心境を本人は次のように語る。

 「ターフヴィジョン等にも『声援は控えて』という文言が出ていたのは知っていたから苦笑するしかありませんでした。でも、まぁ、そうなりますよね」

 騎手会長という立場もあり、煽りはしない。ただ、ファンの心理も理解する人間・武豊が遠慮がちに小さく左手をあげて応えた。

ユタカコールに応えて左手をあげる武豊
ユタカコールに応えて左手をあげる武豊

関係者からの陰のサポート

 この約2時間半前。検量室前にダービー“5”勝騎手の姿を見つけた。

 「今日は9レースからなので、暇でした」

 彼は笑いながらそう口を開いた。

 前日も2鞍だけだった事を尋ねると「別に意識的に乗り鞍を絞ったわけではないんですけどね」と言った後、続けた。

 「みんな、気を使ってくれているようです」

 ダービーで騎乗するドウデュースは、前年の2歳王者で前走の皐月賞(GⅠ)は3着。3歳頂上決定戦でも有力馬の1頭に数えられる存在。ダービーに懸けるレジェンドの思いは競馬村では誰もが知るところで、故にそんな大事な週に下手な馬を依頼するわけにはいかないと考えるのも自然な流れだった。

ダービーで手綱をとったのは昨年の朝日杯FS(GⅠ、写真)勝ち馬ドウデュース
ダービーで手綱をとったのは昨年の朝日杯FS(GⅠ、写真)勝ち馬ドウデュース

 それから間もなくして天才ジョッキーは6度目のダービー制覇という偉業を成し遂げた。その瞬間、競馬場はコロナ禍以降では初めてという盛り上がりを見せた。これはダービーだったからボルテージが上がったのではない。ファンばかりでなく関係者からも陰のサポートを受けた武豊だったからこそ皆のテンションが最高潮に達したのだ。

 そんな盛り上がりを、勿論、本人も感じ取っていた。

 「色々タイミングも良かったのだと思います。コロナ禍以降では初めて6万を超すお客さんが入り、ダービーを皆が待っていたのでしょう。そんな中、凱旋門賞へ行きたいと言っていた馬が勝った。好天にも恵まれましたしね……」

 半分はその通りかもしれない。しかし、それだけの条件が揃っていても最後はやはり武豊というスパイスがなければこの味は出なかった事だろう。

今年のダービーは勝ったのが武豊だからこそ盛り上がった
今年のダービーは勝ったのが武豊だからこそ盛り上がった

胸を張って凱旋門賞へ

 ダービーを、ドウデュースをパートナーが述懐する。

 「当日は、元気がないわけではないけど、妙に落ち着き過ぎていて心配になりました。でも、競馬へ行ったら強かったですね。手応えが良過ぎて早目に抜け出す形になったけど、距離も全く問題なかったし、時計もダービーレコードですよね。好時計が連発していた日というわけではない馬場で、2分21秒9は優秀です。これで堂々胸を張って凱旋門賞へ挑めますね」

 また、旧来の知人で武豊の勧めもあって馬主免許を取得した松島オーナーの馬で勝てた事にも、自然と笑みが漏れた。

 「ダービーですからね。こんなにうまくいく話はなかなかないですよ。松島さんみたいに言葉に出して言い続けていると、夢が叶うのかな、と思いました。僕自身も応援してくれている人の馬で勝てたのは本当に喜ばしい事です」

 これでハッキリと可視化出来たタッグを組んでの凱旋門賞については……。

 「欧州の馬の権利の一部を手にしての挑戦もあったけど、やっぱり日本で走らせた自分の馬で行けるのがベストでしょう。そういう意味でも良い結果だったと思います」

 更に、レース後の笑える逸話を続けた。

 「軽くお祝いをしたのですが、その席で何度も『早く帰ってレースを見直したい』って言うから『大丈夫ですよ、何度見ても勝っています』と伝えました」

昨年の凱旋門賞。松島正昭オーナーと
昨年の凱旋門賞。松島正昭オーナーと

レース直後の驚きの発言と後輩からのメッセージ

 レースが終わった直後、馬上から「強いですね~」と声をかけた田辺に対し、6度目のダービーを制したばかりの武豊は、開口一番、言った。

 「俺、もう53歳だぞ!!」

 本人に確認すると「はい」と言った後、その真意を続けた。

 「若いジョッキー達に『頑張れよ!!』というエールも込めて言いました」

 昨年の凱旋門賞へ向かう機内でも、彼は似た言葉を語っていた。

 「今回は坂井瑠星と西村(淳也)、団野(大成)らがフランスにいるみたいだけど、若い騎手達にはどんどん世界に出てほしいですね。自分も毎年行く事でエールを送っているつもりでもあるんですけどね……」

 最後にもう1つ、レース後、当方に届いた内田博幸からのメッセージを紹介しよう。第7レースでの勝利を最後にこの日の騎乗を終えていた内田は「ユタカさんにおめでとうございましたと伝えてください」と言った後、次のように続けた。

 「ユタカさんの馬との重心が一体感となる騎乗姿は、これぞジョッキーという感じで格好良くて惚れ惚れします。この騎乗を見て、僕自身、何か感じないといけないと思ったし、勉強しなくては、と改めて考えさせられました」

 武豊の願いはダービーを勝つ事だけにはとどまっていなかった。日本の第1人者の思いが後輩達に届く事を願っているのであり、実際にしかと受け取っている騎手もいるのだ。この秋にはフランスからまた1つ、大きなエールが届けられる事を期待しよう。

(文中敬称略、写真撮影=平松さとし)

ライター、フォトグラファー、リポーター、解説者

競馬専門紙を経て現在はフリー。国内の競馬場やトレセンは勿論、海外の取材も精力的に行ない、98年に日本馬として初めて海外GⅠを制したシーキングザパールを始め、ほとんどの日本馬の海外GⅠ勝利に立ち会う。 武豊、C・ルメール、藤沢和雄ら多くの関係者とも懇意にしており、テレビでのリポートや解説の他、雑誌や新聞はNumber、共同通信、日本経済新聞、月刊優駿、スポーツニッポン、東京スポーツ、週刊競馬ブック等多くに寄稿。 テレビは「平松さとしの海外挑戦こぼれ話」他、著書も「栄光のジョッキー列伝」「凱旋門賞に挑んだ日本の名馬たち」「世界を制した日本の名馬たち」他多数。

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