疑い深い人ほど、騙されやすいのはなぜか?
私は営業コンサルタントです。営業の指導をしますので、いろいろなお客様とお会いします。信じやすい人、共感しやすい人、営業の情熱に感化されやすい人、そして営業の苦労話に同情する人など……いろいろいます。一般的に、営業が一番嫌がるお客様像は「疑い深い人」ではないでしょうか。
「本当にそれを買ってメリットがあるの?」
「多くの人が使っていると言うけど、本当にそうなの?」
「実は売れてないでしょ?」
疑い深い人、否定から入るって、どこにでもいます。社内でも、疑い深い上司がいたら気分は良くないですね。
「本当にこの戦略で業績は回復するの? 100%間違いないの?」
「本当にお客様10件まわったの? 喫茶店で休んでたんじゃないの?」
「いつもトイレが長いけど何をしてるの? スマホでAKB48の動画でも観てるんじゃないの?」
こういう「疑い深い人」は、論理的に物事をとらえる能力が欠けています。ですから、
普通、そんなことまで疑わないだろ!
ということまで疑うのです。一例として、営業と疑い深いお客様とのやり取りをご覧ください。
「このシステムを導入することで社内の業務効率化が促進されます」
「本当に効率化するの? どれぐらい効率化するわけ?」
「100人の会社で月間300時間の残業を削減できた事例がございます」
「わが社も従業員が100人ぐらいだから、300時間削減できるんだろうね?」
「いや、そうとは限りませんが」
「もし300時間、削減できなかったら損害賠償を請求するよ」
「え……?」
「自信があるんでしょ? だったらそれぐらいの責任を持ってよ」
「そう言われましても……」
極端な例ですが、「難癖」「揚げ足取り」「いちゃもん」が得意な人ってどこにでもいますよね。次に、部下と疑い深い上司との会話例をご覧ください。
「部長、今期の業績を回復するうえで、このようなプランを立てました」
「……しかし、このプランを採用したら、プロモーション費用として200万円ぐらいかかるぞ」
「はい。過去2年間、このプロモーションを実施した結果、お客様からの引き合いが20%も増えています。投資対効果はあります」
「これまでの2年とは外部環境が変わった。増税によってわが社は苦しい立場に立たされている」
「ですからカンフル剤として、プロモーションしてですね……」
「それで本当にうまくいく保証はあるのか?」
「いや、保証って言われますと……」
「前の部長はいいと言ったかもしれんが、私が部長になったからには、なんでもかんでも認めるわけにはいかん」
「なんでもかんでもって……。荒唐無稽なプランではありませんよ」
「ダメだと言ったらダメだ」
このように、疑い深い人は、論理的に話をしても通じません。最初から「否定」の目で物事を見ているからです。
しかし残念ながらこのような疑い深い人こそ騙されやすいのです。何事も疑ってばかりいると、論理的に物事を受け止める力が衰えていきます。思考プロセスは「信じやすい人」と似たようなものです。選択肢が複数あったとき、信じやすい人は何でも「信じる」し、疑い深い人は何でも「信じない」というだけです。ということは、こちらに都合の悪いことを敢えて否定させて、こちらの都合のいい選択に意識を向けさせることで相手を説得することは可能です。百戦錬磨の営業なら、簡単に騙すことができます。次の会話例をご覧ください。
「本音を申しますと、こういうシステムは導入しないほうがいいんです」
「何……?」
「だってそうでしょう。システムを導入することで、かえって業務が非効率になったという話はいくらでもあります」
「そうとは限らないだろう」
「そうでしょうか。正直なところ、御社は今のままでいいと思います。ムダなお金を使わないほうがいいですよ」
「ムダな金なら使わないが、会社のためになる投資はしたほうがいいんだ」
「ま、確かに、そうですが……」
「そのシステムを導入して業務効率化を実現した会社があるのか?」
「ええっと……ちょっと待ってくださいよ。確か資料があったかと思います。こういった事例、でしょうか……」
「どれ……。100人の企業で300時間の残業を削減したと書いてある。まるでわが社と同じじゃないか」
「ああ、確かに。でも御社とは業界は違いますから、まったく同じ300時間の効果が出るとは限りませんよ」
「君はわかってないな。同じ300時間の削減効果があるかどうかなんて関係がない。当社の場合、100時間でも残業が減れば、投資する価値はあるんだ」
「なるほど……。そう言われるとそうですね。勉強になります」
「資料をよく見ると、意外と売れてるじゃないか」
「はい。なぜか売れてるんですよね」
「今の時代、こういうシステムが必要とされてるんだよ。理にかなったシステムだ」
「ありがとうございます。勉強になります」
とても勇気の要る営業トークですが、できる営業は実際にこれぐらいのことはします。相手にわざと否定させることで、こちらが期待する方向へ関心を向けさせるのです。何でもかんでも信用してしまう人よりは、疑い深い人のほうが騙されにくいでしょうが、熟達したコミュニケーション技術を持つ営業には恰好のターゲットとされます。(参考になるコミュニケーション技術は「スノッブ効果」「ノーセット」です。私のメルマガでも紹介しています)
一番騙されにくい人は、感情を正しくコントロールし、論理的に物事を考える人です。メリットとデメリットを正しく仕分けし、数値的な確率で価値判断する人は、最も手ごわい相手です。簡単には騙されません。腕に自信があるならいいですが、それほど自信がない人は、弁護士、税理士、会計士といった、いわゆる「士業」の人を相手にしたビジネスは選択しないほうが身のためです。「士業」の人たちは一般的に、論理思考能力が高い傾向にありますので。