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ふつうの理系女性を描いた「わたしがつくっているハイパーポリマー」動画・制作の背景を担当者が語る

治部れんげ東京科学大学リベラルアーツ研究教育院准教授、ジャーナリスト
ふつうのリケジョが登場する。(提供/潤工社)

 ある日、乗っていたJR南武線でぼんやりしていたら、目をひく動画がありました。ゆるい感じのイラストで描かれた女性が、通勤していたり寝ていたり。字幕には「わたしがつくっているハイパーポリマー」とあります。

 何かハイテクっぽい印象の企業CMだな、ということは分かったのですが、イラストのゆるやかなイメージとつながらず、どういう意味だろう? と思いました。2回目によく見ると「わたしがつくっているハイパーポリマーは、宇宙で試されている」という字幕と共に、女性のイラストが現れました。

通勤中と思しき女性が自分のつくっているハイパーポリマーについて考えている。(提供/潤工社)
通勤中と思しき女性が自分のつくっているハイパーポリマーについて考えている。(提供/潤工社)

 この人は理系の女性かな…と思って見ていると、そのハイパーポリマーは「宇宙で試されている」そうです。かなり先端分野なのかな、という印象を持ちました。

宇宙という大きなイメージとふつうの女性が眠る日常がつながる。(提供/潤工社)
宇宙という大きなイメージとふつうの女性が眠る日常がつながる。(提供/潤工社)

 最後に「がんばれ、私のハイパーポリマー」という字幕でCMは終わり、主人公の女性以外にも同僚や先輩と思しき人の姿が描かれています。

ハイパーポリマーが何だか分からなくても、女性がふつうに活躍していることは伝わってくる。(提供/潤工社)
ハイパーポリマーが何だか分からなくても、女性がふつうに活躍していることは伝わってくる。(提供/潤工社)

 驚くような描写は全くないのですが、私は「このCM、何だかすごくいいな…」と思いました。ここで描かれる女性は、たぶん20~30代でふつうに働いていて、勤務先は技術系の会社で、だけど彼女が「リケジョ」と特別扱いを受けている様子もないからです。彼女はふつうに通勤し、夜はふつうに寝るけれど、仕事のことも考えて自分が作っているものを応援し、そして同僚や先輩とチームワークもある。

 書いてしまえば、それは働く女性の日常だよね、と思うかもしれません。女性活躍の時代だし、これは、当たり前の風景じゃないの? と。

 その通り、まさに「ハイパーポリマー女子」は、ふつうです。描かれるのは無理なく淡々と働いている様子。活躍する女性たち、取り分け理系の女性たちを特別視する雰囲気がある中で、このふつうさは、むしろ貴重なのでは? と私は思いました。

 どうしてこういうCMが作られたのか気になって、背景を調べてみました。

 動画を作ったのは、潤工社という企業。東京都内、茨城県と山梨県に拠点があり、国外では中国に3拠点、アメリカに2拠点さらに昨年はイギリスにも新たな拠点を開設しています。1954年に設立されて以来、ハイパーポリマーの加工技術を独自に開発し、製品はIT、医療、環境・エネルギー、精密機器、海洋・宇宙など様々な分野の先端領域で使用されています。

採用担当の佐久間健治さんがインタビューにこたえてくれました。

―― 理系の女子学生を意識して制作したのでしょうか?

佐久間さん(以下敬称略) そうですね。一般的に理科系の女性は数多くはありません。社会経験がない新卒学生の場合、特に希望と不安が入り混じっています。不安の一つとして「目標とする女性の先輩社員がいない」「将来の活躍しているイメージがわかない」といったことがあると言われています。

 

 今回のCMでは、情熱に加え、夢とやりがいを持ち、自分の可能性を広げていく当社の先輩社員が活躍している様子を多くの学生に見ていただき、興味を持っていただければ、と思います。

―― 女性社員はどのくらいいますか?

佐久間  2018年1月20日時点で、全社員数が449名、うち男性348名・女性101名です。

 近年は幸運にも女性社員を継続して採用できています。新卒採用時には、大学・学部・性別その他の特徴について、隔たりが出ないように注意をしています。新卒エージェントを通して採用する場合、最近は英語が堪能な方を紹介していただくようにしています。女性の比率が高くなり、実際、採用にも結び付いています。

―― 仕事の内容によって男女の違いは出ますか?

佐久間  当社の製品は、幅広い先端領域で使用されています。製品の開発・製造、またマーケティングを行うスタッフには、個々の能力を高め、それぞれが実力を発揮することが必要です。

 新たな製品を世の中に出すことは決して簡単ではありません。開発には様々な困難が待ち受けていますが、現状にとどまることなく果敢に挑戦し、立ち向かう情熱を持った仲間を必要としています。

 そこには性別の垣根はなく、当然、多くの女性スタッフが活躍しています。今回、電車内で流したCMは、当社の自然な状態や考えを伝えることを目的にして制作しました。

 佐久間さんのお話を伺って、CMで描かれた自然な印象の理系女性は、よく練られた企画のたまものだと感じます。

 実を言うと、私は女性活躍やダイバーシティ関連の仕事をしていて、ときどき、違和感を覚えることがあります。それは例えば「女性の消費者としての目線を活かしてほしい」といった言説です。確かに食料品や日用品の購入者は主婦が多いかもしれません。でも、消費者は女性だけでなく男性も含まれるはず。男性が作って女性が使うという構図が固定化するのも何だか変です。

 「ハイパーポリマー女子」の動画は、ジェンダー視点で評価すべきことがあります。ひとつ目は「作る人」として女性が前面に出ていること。ふたつ目は、そのことが特別ではなく、当たり前として描かれていること。

 理系女性の採用を意識して作られた動画ですが、自社のダイバーシティに対する取り組みや、ジェンダー規範をいかにして伝えるか、考える立場にある社会人にも、ぜひ見てほしいと思いました。毎月第一週、JR山手線、中央線快速、京浜東北線、根岸線、京葉線、埼京線、横浜線、南武線、常磐線各駅停車、中央総武線各駅停車で見ることができるそうです。

東京科学大学リベラルアーツ研究教育院准教授、ジャーナリスト

1997年一橋大学法学部卒業後、日経BP社で16年間、経済誌記者。2006年~07年ミシガン大学フルブライト客員研究員。2014年からフリージャーナリスト。2018年一橋大学大学院経営学修士。2021年4月より現職。内閣府男女共同参画計画実行・監視専門調査会委員、国際女性会議WAW!国内アドバイザー、東京都男女平等参画審議会委員、豊島区男女共同参画推進会議会長など男女平等関係の公職多数。著書に『稼ぐ妻 育てる夫』(勁草書房)、『炎上しない企業情報発信』(日本経済新聞出版)、『「男女格差後進国」の衝撃』(小学館新書)、『ジェンダーで見るヒットドラマ』(光文社新書)などがある。

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