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「妻に怒られた」――権力者が謝罪で家族を持ち出すのはなぜ?違和感の理由を探る

治部れんげ東京科学大学リベラルアーツ研究教育院准教授、ジャーナリスト
(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

 東京五輪に関連して、不用意な発言や組織運営に対するリーダーの謝罪が続いた。もとの発言に含まれる問題に限らず、釈明や謝罪の際、「女房に怒られた」などと妻や娘など家族を持ち出すことにもSNSなどで批判が集まった。職場で、リーダーが釈明時にこうしたセリフを持ち出すのを聞いたことがある人もいるのではないだろうか。

 なぜ私たちは、謝罪時に家族を持ち出すことに「違和感」を覚えるのか。ここでは、東京五輪を巡り特に注目された2つの事例を中心に考えたい。

森・元委員長の「女性蔑視」発言と、平井大臣の「脅し」音声

 1つめのケースは、2021年2月に行われた日本オリンピック委員会の臨時評議員会で、東京五輪・パラリンピック組織委員会の森喜朗・元委員長が「女性がたくさん入っている理事会は時間がかかります。」と発言したことだ。この発言は新聞など既存メディアに加え、ウェブメディアやSNSで多くの批判を集めた。日刊スポーツが全文を掲載している。

 2月4日、毎日新聞の取材を受けた森・元委員長は「女性を蔑視する意図は全くなかった」とした上で「軽率だった。おわびしたい」と述べている。

 その後「昨夜、女房にさんざん怒られた。『またあなた、大変なことを言ったのね。女性を敵にしてしまって、私はまたつらい思いをしなければならない』と言われてしまった。今朝は娘にも孫娘にもしかられた」と話した

 2つめのケースは、平井卓也・デジタル改革大臣が、4月に開催された内閣官房IT総合戦略室の会議で、大手IT企業の社名を挙げた上で「完全に干す」、経営陣の名前を挙げつつ「脅しておいた方がいいよ」と述べた事例だ。録音された音声と共に朝日新聞デジタルが記事を公開すると、多方面から非難された。

 報道の4日後に記者会見した平井大臣は、自身を「怒らない大臣と言われている」、つい行き過ぎて「ラフな表現になった」と釈明した。加えて「家内とは40年になりますけど、全く怒ったことがない私が言葉を荒らげて怒ったことは家内にも意外だったみたいで、家で(妻から)責められている」と話していた。

 2つのケースには共通点がある。(1)いずれも東京五輪・パラリンピック関連であったこと、(2)日本を代表する組織のトップの発言だったこと、(3)立場が弱い人の発言を封じる意図があることだ。加えて、釈明や謝罪に際して女性の血縁者を持ち出すところも共通している。

家族を持ち出す謝罪レトリックの「ずるさ」

 なぜ、彼らは謝罪や釈明に際して、妻子を持ち出したのか。

 好意的に解釈すれば、それが事実だったからだろう。加えて、非難が弱まることへの期待があったのではないか。

提供:tokumiyanuts/イメージマート

 私自身は、森氏が妻、娘、孫娘に怒られた、という記事を読み、多少の同情を覚えると共に、本人が反省しているのではないか、と多少の期待を覚えた。同情の対象は森氏ではない。「あなたのお父さん/おじいちゃん、また、おかしなことを言っていたね」と思われる森氏の娘や孫の立場を想像してしまったのである。

 ただ、こうした謝罪レトリックは「ずるさ」を伴う。社会的地位の高い人物が、家庭では怒られている、という構図を見せることで「ギャップ」を印象づけ、親しみを感じさせ、失敗を許してもらいやすくなるからだ。

 さらに、身内から真摯にダメ出しをされたら、本気で反省して同じ間違いを犯さないのではないか、という期待も生む。森氏の場合、過去に別の失言で非難された時も家族を持ち出した経験があったため、今回、妻子に言及したことは、むしろ反発を強めることになった。

 一番の問題は、謝罪本来の趣旨から話を逸らすことだろう。森氏にしろ、平井氏にしろ、問題の核心は、自らの権力に無自覚なまま、女性蔑視や下請け虐めのような発言をしたことだ。家族に批判されようが、擁護されようが、公人としての発言内容を問われるだけの話である。

女性も謝罪時に家族に言及する

 この2つの事例からは「男性権力者の甘え」が透けて見える。ところで、謝罪に際して家族を持ち出すのは、男性に限った話なのだろうか。

 公人女性の謝罪で、家族に言及した事例といえば、2017年9月19日に当時衆議院議員だった豊田真由子氏によるものを思い出す。豊田氏は50代男性の元秘書に対して「このハゲ」などの暴言を吐いたこと、暴行の疑惑がもたれていることを週刊誌に報じられていた。会見冒頭で豊田氏は元秘書や支援者などに対し、次のように謝罪した。

「私の言動というものは、たとえどんな事情があったにせよ、決してあってはならないことであります」

 この言葉に、反省の思いが凝縮されていたように受け止められた。さらに、記者からの質問に答える中で、こんな話もしている。

「「16年一緒に生きてきて、たぶん自分は世界で一番お前と仲が良い人間だと思うけれども、あんな声聞いたことないぞ」と。「あれ本当にお前なのか?」と。「合成とかされたんじゃないのか」っていう。それは合成と言ってるわけじゃなくて、夫がそうやって言うぐらい、私はふだんあんなことは言わないし、出さないし。

 あらためて会見全文の文字起こしを読んでみると、豊田氏と平井大臣が自身の家族に言及する文脈の共通点に気づく。いずれも、社会的に容認されない発言をしてしまい、個人の責任を問われた際、「ふだんとは全く違う」「何か特殊事情があったこと」を傍証するために、家族の証言を紹介している。身内の話は、その人が本来、どのような人物であるのかを伝えるのに、説得力をもたらしている。

世間とメディアには謝っているが

 このように見てくると、公人が謝罪時に家族を持ち出す理由の一端を理解できる。

 まず、森氏発言のように女性蔑視と批判された場合、身近な女性に「怒られた」事実を伝えることで、身近でない女性たちの非難を弱める効果を期待できる。

 そして、平井大臣や豊田氏のように、特定の組織や個人に対する暴言の場合「ふだんはそんなことを言わないのに」という家族の証言は「よほど腹が立つような事情があったのだろう」と背景を忖度させる効果がある。いずれにしても、家族を持ち出すことは、問題発言をした人に対する非難を弱める可能性がある。

 ただし、このような論点ずらしは、世論やメディアからの批判をある程度弱める効果があるものの、直接的な謝罪対象からすれば、言い訳以外の何物でもない。そしてそのずるさを感じ取った人たちが、SNSなどで違和感を発信し出しているのだろう。

ふだんは職場から排除しつつ、

謝罪時だけ家族を持ち出す日本のダブルスタンダード

写真:ロイター/アフロ

 公務と家族について少し別の角度から見るため、ここで海外に目を向けたい。特に欧米では、政治リーダーが公の場に家族を伴うことが非常に多い。議場に赤ちゃんを伴う例も、写真つきでよく紹介される。

 数年前、日本政府が主催した国際女性会議に登壇したスウェーデンの国会議員から「妻は出張が多い仕事で忙しく、子どもは自分のオフィスにしょっちゅう来ていた」という話を聞いたことがある。

 一方、日本でこのような場面を見ることは少ない。それだけでなく、非難の対象になることすらある。2017年には熊本市の女性市議が乳児を連れて議場入りしたことが問題視され、ネット上でも市議の行動に対する批判が多数書き込まれた。

 つまり、日本社会は公務の場から家族や子どもを排除しており、公私をわけるべきという規範が強い。それにもかかわらず、謝罪の時だけ家族を持ちだし同情を引こうとするダブルスタンダードが生じていることがわかる。

 公務の場に限らず、多くの一般企業にも公私をわけるべきという規範は根強い。男性の育児参加に関するユニセフの調査報告書”Are the world's richest countries family friendly?:Policy in the OECD and EU”は、日本が先進国で最も充実した男性育休制度をもっているのに、取得する人が非常に少ないと記している。家庭の事情で職場に迷惑をかけるべきでない、という意識が強すぎるのだ。

 今回、東京五輪・パラリンピック関連で、問題発言や暴言を吐いたのは男性が目立った。ただ、謝罪に際して家族を持ち出して非難を逃れようとする傾向は、男性に限ったものではないと言えるだろう。

 これまで、社会的に非難を浴びる男性の発言が目立ったのは、国会議員や大臣など高い地位に男性が多かったからだ。今後、女性の社会的地位が上がれば、権力を持つ女性の発言が問題視されることも増えるだろう。都合の良い時に家族を持ち出すロジックは、話者の性別がどうあれ、不誠実な印象を持たれてしまうことは、知っておく方がいい。

【この記事は、Yahoo!ニュース個人編集部とオーサーが内容に関して共同で企画し、オーサーが執筆したものです】

東京科学大学リベラルアーツ研究教育院准教授、ジャーナリスト

1997年一橋大学法学部卒業後、日経BP社で16年間、経済誌記者。2006年~07年ミシガン大学フルブライト客員研究員。2014年からフリージャーナリスト。2018年一橋大学大学院経営学修士。2021年4月より現職。内閣府男女共同参画計画実行・監視専門調査会委員、国際女性会議WAW!国内アドバイザー、東京都男女平等参画審議会委員、豊島区男女共同参画推進会議会長など男女平等関係の公職多数。著書に『稼ぐ妻 育てる夫』(勁草書房)、『炎上しない企業情報発信』(日本経済新聞出版)、『「男女格差後進国」の衝撃』(小学館新書)、『ジェンダーで見るヒットドラマ』(光文社新書)などがある。

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