「三峡ダムは長江における鉄鋼の万里の長城。何千年も崩壊しない」。中国の言い分をどう信じるか
中国湖北省宜昌の三峡ダムで今年も「決壊」に対する懸念が持ち上がっている。「耐久性はほぼ臨界点」「決壊なら上海が水没」という不安が、主に中国国外で示されている。中国側は「何千年も崩壊しない」と一蹴し、決壊説を唱える外部専門家を「詐欺師」呼ばわりするなど、神経を尖らせている。新型コロナウイルス対策などで「透明性の欠如」を指摘される中国だけに、「三峡ダムは安全」とする主張をどこまで受け入れるべきか、戸惑いの声が聞こえそうだ。
◇「崩壊の危険性」今年も昨年も
中国では長江流域など広い範囲で大雨が続き、江西省や湖北省などの各地で川の氾濫や土砂崩れなどの深刻な被害が相次いでいる。
三峡ダムの流入量も急増し、6月29日の段階で洪水警戒水位(147メートル)を超えたため、放水が開始された。7月12日には151.48メートルに達したものの、当局は長江流域での被害の深刻化を考慮して、放水を抑制し貯水を増やすことにした。
6月中旬の段階で三峡ダムの「決壊」を懸念する声が上がり、台湾の英字紙「Taiwan News」(6月22日)によると、ドイツ在住の中国人水利専門家の王維洛氏が「三峡ダムの安全性に疑問がある」「崩壊する可能性がある」と警告したという。
三峡ダムに関するウェブサイト「三峡観察」によると、王維洛氏は浙江省出身の水利の技術者で、1980~84年には三峡プロジェクト(住民の立ち退きなどを含む三峡ダム建設事業の全体を指す)に関する国土計画の策定にかかわったという。その後、ドイツに留学し、天安門事件(89年)以後はドイツに拠点を移している。
王氏らの意見もあって、ネット上では「決壊すれば、4億人の被災者が出る」「上海は都市機能が壊滅」などの意見が出て、拡散された。
三峡ダムをめぐっては、昨年の同時期にも「決壊の可能性」を指摘する声が出ていた。2009年と18年にそれぞれ撮影された衛星写真がSNSで投稿され、その比較から「三峡ダムが変形している」という見解が示されたのだ。
◇中国専門家「安全上問題なし」
こうした懸念に対し、中国側は専門家の「問題ない」とする見解をメディアで発表している。
中国を代表する時事週刊誌「中国経済週刊」は7月16日、中国の学者や三峡ダム関係者の見解をまとめる記事を発表した。
学者らは「三峡ダムは巨大な洪水に耐えられるよう設計されている」と指摘。「1万2000カ所以上の監視ポイントが埋め込まれており、異常があればすぐ通報される。軽微な問題も見逃さない」と胸を張っている。
専門家の結論として「安全上の問題はない」との見解を示したうえ、三峡ダムを「長江上的鋼鉄長城(長江における鋼鉄の万里の長城)」と表現した。
また昨年出回った「三峡ダムが変形した」との見解については「ダムの弾性変形(力を取り除けば元に戻る変形)は設計の許容範囲内」とした。同年7月9日のロイター報道によると、中国政府は「変形」について「問題はダムではなく衛星画像の側にある」と反論していた。
中国国内では王維洛氏の発言はタブー視されているようだ。主要メディアは王氏について「ドイツ滞在の水利専門家を自称する詐欺師」(昨年7月9日・中国国営中央テレビ)という表現を使っている。
◇ダム周辺にはミサイル配備
三峡ダムは、長江の中流域で特に水流の激しい峡谷に建設された。1993年、当時首相だった李鵬氏が主導し、水利専門家らの「洪水を助長する」などの反対意見を押し切って建設が進められた。
ただ三峡ダムの工事をめぐり、李鵬氏に近い官僚らによる汚職がたびたび指摘され、「手抜き工事」も横行した。2008年に貯水が試験的に開始されると、下流域でがけ崩れと地滑りが頻発。ダムの構造物や防水壁に1万もの亀裂が見つかったという。
中国政府には、仮に三峡ダムが決壊するようなことになれば、下流域で甚大な被害が発生するという懸念はある。「米中戦争になれば、米国は真っ先に三峡ダムを狙い撃ちする」と見立てる軍事評論家もいる。このため、三峡ダム周辺にはミサイルが配備され、敵の攻撃を防ぐことができるという。