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夏休み前、「家庭」という安全な居場所を子どもに

工藤啓認定特定非営利活動法人育て上げネット 理事長
生活のルール作りは、夏休み前に。(写真:アフロ)

2019年7月16日、政府は「2019年版自殺対策白書」を閣議決定しました。

未成年の自殺増、18年599人 学校起因が最多、政府白書| 2019/7/16- 共同通信

人口10万人当たりの自殺者数を示す「自殺死亡率」も減少しているが、19歳以下は統計を取り始めた1978年以降最悪となった。昨年、自殺した10歳未満はおらず、10代の自殺で特定できた原因・動機のうち最も多かったのは「学校問題」だった。

出典:共同通信

いずれも原因や動機が判明したものに限定されますが、10代で自ら命を絶った若者にとって、学業や人間関係など学校にかかわることが原因であったと推察されます。

18歳以下の日別自殺者数(出典:平成27年版自殺対策白書)
18歳以下の日別自殺者数(出典:平成27年版自殺対策白書)

「平成27年版自殺対策白書」のデータをみますと、春休みなどが終わり新年度が始まった時期とゴールデンウィーク明け、夏休み明けの9月1日付近に山ができています。長期休暇明けに、子どもたちは不安定になりやすいということがわかります。

18歳以下の自殺者において、過去約40年間の日別自殺者数をみると、夏休み明け の9月1日に最も自殺者数が多くなっているほか、春休みやゴールデンウィーク等の 連休等、学校の長期休業明け直後に自殺者が増える傾向があることがわかる。

出典:平成27年版自殺対策白書

このような記事が夏休みの終わりにかけて増えていくように思います。「自分の子どもは無関係」と思いたい親の気持ちは、四人の子どもを持つ親として理解できます。子どもが楽しく休暇を満喫できればそれに越したことはありませんが、いまくらいの時期からご家族からの相談が毎年増えていることを考えると、ちょっと心配なところがある親が少なからずいるのだと実感します。

多くの子どもたちが夏休みを楽しみにしているでしょう。しかし、毎日学校に通うといったルーティーンがなくなると、生活環境が大きく変わります。大人でも就職や離転職などの環境変化はストレスになります。子どもであればなおさらその影響を受けるということは想像に難くありません。

先の記事で、「学校問題」が自殺の大きな原因や動機となっているとありましたが、「健康」や「家庭」もその要因としてあげられています。家庭と学校という場が生活の大半を占める子どもにとって、そのどちらか、または、両方の場でトラブルやストレスがかかれば、精神的に苦しくなるのは当然のことです。

学校問題を親だけで解決するのは難しいですが、学校が長期に休みとなる時期は、家庭という場を子どもにとって居心地のよい空間にすることで、子どもが十分な休息をとることができるのではないでしょうか。

逆に、家庭に居場所がなく、日常的な暴力やストレスによるダメージがあると、子どもはリスクがあるとわかっていても、適切とは言えない居場所に身を寄せる選択をします。また、家庭でも学校でもない大切な居場所が機能しないとき、やはり、家庭という戻れる場がなければ社会的に孤立してしまいます。

地域や社会に子どもたちの居場所をもっと増やすことで、親や家庭の負担を減らし、余裕をもって子どもが育つ環境を作っていかなければならないのは言うまでもありません。しかし、そのような居場所がなかったり、あっても子どもとの相性がよくないときでも、子どもが安心できる、安全な居場所として家庭や親の存在があると心強いです。

育て上げネットでは、家族向けの事業「結(ゆい)」を通じて、この時期にお伝えしていることがあります。

※一般化したもので、ご家族の状況によって伝えることは変わります

夏休みに入ると、学校のスケジュールに合わせた生活から、家族のスケジュールに合わせた生活へと変わります。毎日の起床時間、就寝時間を何時にするのか。両親が働いているとき、昼食はどうするのか。宿題はいつまで、どのように進めるのか。また、帰宅が遅くなる場合はいつまでに連絡をするのか。そういった基本的なルールは夏休み前に親子で話し合って決めておくべきです。

夏休み前のルール作りがなぜ必要かと言えば、さまざまなトラブルがあってからルールを作ることは感情的、懲罰的な意味を持たせてしまうからです。「やるべきこと」「やってはいけないこと」が曖昧だと、何が咎められることなのかがわからず、怒られないように振舞うようになります。親に迷惑をかけたくないと考える子どもほど、発言や行動がより慎重になります。

また、親子でルール作りについて話し合うなかで、普段はなかなか親に言えない話や訴えが子どもから出てくる可能性もあります。そのときは、「なんでこれまで言わなかったのか」ではなく、「このタイミングで言ってくれてありがとう」と伝え、子どもの話を全面的に受け止めてほしいです。ここで最後まで聞くことなく反論したり、先回りして解決方法を提示してしまうと、「あっ、話しても無駄だな」と、よい親子関係で夏休みを迎えることが難しくなってしまいます。

学校がない時期に留意したい点は、「家庭の学校化」「親の教師化」です。以前、「九九は大丈夫」という子どもが、長期休暇中に、実は掛け算がうまくできていないことがわかりました。最初は、学校の教科書を使い、教室で学ぶ九九の方法をそのまま取り入れましたが、子どもは着いてきませんでした。

しかし、買い物の際に果物を数えたり、川遊びで石を使って遊びながらフォローするなど、家族関係、親子関係のなかで自然に学べるように意識することで、夏休み明けに九九がちゃんとできるようになったということがありました。

学校の教科書を使って一学期の復習に取り組むにしても、せっかくの夏休みですので、本質的に学ぶことは同じでも、学校とは違う学びのフォローが子どもにとっても安心できるのではないでしょうか。

親として子どもに普段から伝えたかったことを、夏休みを理由にして伝えないことにも配慮してほしい。例えば、親として気になっている外見や服装について注意を促したりすることです。学校があるときには言われなかったのに、休みに入る前に唐突に言われたら、なぜ普段は何も言わなかったのに急に、と子どもも驚いてしまいます。

それは新学期が始まる直前でも同じです。特に休みがちであった子どもに対して、みんなが新たなスタートを切る時期であることを理由に、「学校に登校してみよう」や「習い事を始めよう」と声をかけるのもプレッシャーやストレスになりやすくなります。

もちろん、それをきっかけに登校に至る子どもはいるでしょう。しかし、きっかけは常に子ども側にあります。何かを始めるタイミングも子どものものです。夏休み前、夏休みが終わる直前は何かときっかけをつかみやすい時期かもしれませんが、それは親の意思を実現するタイミングではありません。あくまでも主役は子どもにあります。

夏休みを迎えるにあたって、夏休み中に、夏休みの終わりに、子どもが日常の不満や先々の不安を口にしたときは、あくまでも「聴く」役割に徹していただきたいです。「そうなんだ、それはつらかったね」「一緒に何ができるか考えよう」という寄り添いの立場でいてください。子どもからの言葉がなくても、ちょっと心配な表情や行動があったときは、親から「元気がなさそうに見えるけど」「なんでも話は聞くからね」と自然でシンプルな問いかけをするというのは、子どもにとって安心感につながります。

ある中学3年の男性は、4月から不登校になり、昼夜逆転したひきこもりがちな生活になりました。夏休みになると、同級生も休みとなりほっとして部屋から出てくる頻度も増えました。

それまでは親から毎日「学校はどうする?」と聞かれるので、親と顔を合わせないよう生活していたそうです。

夏休みに入ると、自然豊かな祖父母のいる田舎に家族で旅行にでかけました。そこで母親と朝ジョギングしたり、父親とさまざまな経験をするなかで元来の笑顔が戻ってきました。

旅行が終わるとき、男性は親に「もう少しここにいてもいいかな?」と切り出し、夏休みの残り3週間を田舎で過ごしました。夏休み終わりに戻ってくると「9月から学校に行こうかな」とポツリつぶやいたと言います。それからは、ときどき休みながら学校に通い、親も彼の立場を尊重し続けた。いまはオープンキャンパスで気に入った高校に通っています。

この事例を紹介すると、夏休みは家族旅行が大切なのでしょうかと聞かれることがあります。しかし、私たちの活動を通じて理解しているのは、何をするかよりも、あるタイミングで子どもが変化を求めたり、変化しないことを希望したとき、親が子どもに寄り添いながら、その意思を尊重すること。それがとても自然なこととして日常の関係が作られていることです。

これから夏休みが始まります。子どもたちにとってひとつでも、二つでも安全な居場所が、社会の中で提供されることを願っています。

認定特定非営利活動法人育て上げネット 理事長

1977年、東京都生まれ。成城大学中退後、渡米。Bellevue Community Colleage卒業。「すべての若者が社会的所属を獲得し、働くと働き続けるを実現できる社会」を目指し、2004年NPO法人育て上げネット設立、現在に至る。内閣府、厚労省、文科省など委員歴任。著書に『NPOで働く』(東洋経済新報社)、『大卒だって無職になる』(エンターブレイン)、『若年無業者白書-その実態と社会経済構造分析』(バリューブックス)『無業社会-働くことができない若者たちの未来』(朝日新書)など。

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