シリア:戦場の秘密図書館
本は政治的立場を確認するためのものでなく、図書館は智を探求する場であってこそ意味がある――デルフィーヌ・ミヌーイ著『シリアの秘密図書館』(藤田真利子訳、東京創元社、2018年)を読んで改めてそう感じた。
本書は、「独裁」打倒、「自由」、「尊厳」、「民主主義」をめざす「革命」に邁進するシリアの若者が、政府軍の包囲と攻撃に抗いながら、シリアの首都ダマスカス近郊にある町ダラヤ(正確にはダーライヤー)で図書館を作り、本に触れるという話。著者のインタビューをもとに構成されている。「今世紀最悪の人道危機」と呼ばれたシリア内戦という極限状態のなかで、本にすがる様子が生々しく描かれている。
ルサンチマンが若者たち――そして筆者――の思考さえも麻痺させるという惨状。おそらくこれこそが本書に秘められたもう一つの命題であるように思う。家主を失った家々や瓦礫の下から集められた本は、イブン・ハルドゥーンの『歴史序説』にしても、ニザール・カッバーニーの愛の詩にしても、「独裁」政権下で自由に手に取ることができたものばかりだ。若者の一人は『殻』という発禁本が気に入っているという。だが、この発禁本に書かれているシリアの刑務所の劣悪な環境については、衛星テレビやインターネットを通じて知ることができた。にもかかわらず、秘密図書館とその蔵書は特別なものに感じられたのだ。
「いちばん熱心な(図書館の)利用者は反政府軍の兵士」だという。約8万人いた住民の多くが退去を余儀なくされた町で、図書館は自由な外出もままならない市民(とりわけ女性や子ども)の憩いの場所というよりは、「革命家」(活動家と戦闘員)の慰労施設だったことを、行間から読み取ることができる。
「自由」を尊重するとして活動を黙認されたヌスラ戦線(シリアのアル=カーイダ)とは相容れない――若者たちは繰り返す。だが、彼らの一人が参加していた組織(イスラーム殉教者旅団、アジュナド・アル=シャーム)はヌスラ戦線との共闘を躊躇しなかった。2016年8月、最後まで町にとどまっていた住民12,000人のほとんどが投降するなか、政府が用意した大型旅客バスでイドリブ県に退去したヌスラ戦線戦闘員とその家族約700人と行動をともにしたのも彼らだった(その後、若者はアル=カーイダとの折り合いがつかず、同年10月までにトルコに逃れていったという)。
智を与えてくれるはずの本が「生きていくための特訓の武器」と化し、若者を近視眼に追い込んでしまっていたのだとしたらいたたまれない。
ところで、「自由」、「尊厳」、「民主主義」をめざす「革命」には決して認めることができない図書館がある。「本を交換する広場」と名付けられたこの図書館は、芸術家のムワッファク・マフール氏とボランティア・チーム「命のリズム」が、欧米諸国やアラブ湾岸諸国の経済制裁によって物不足が続くシリアの首都ダマスカスで、要らなくなった本の寄付を募って開設に漕ぎ着けたものだ。蔵書数は15万冊。本棚や備品もすべて、戦闘による廃墟などから回収された廃材を再利用したもので、建物も廃校となった学校を使用している。
図書館の入り口には、こう書いてある。
この図書館を、「独裁」政権によるプロパガンダの産物だと一蹴することは簡単だ。だが、運営に携わるボランティアや利用者の本に対する熱情は、ダラヤの秘密図書館を運営していた若者と何ら変わらない。本への愛を通じて、シリアの人々が政治的な立場を超えて智を高め合い、一つになるきっかけが生まれるのであれば、それこそが紛争下の図書館が担うべき役割だろう。