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地対艦ミサイル部隊の目となる「目標観測弾」

JSF軍事/生き物ライター
「令和4年度 事前の事業評価 目標観測弾」、防衛省より

 12月26日、防衛省は令和4年度の事前の事業評価を公開しました。これから開発する予定の新型兵器が説明されており、その中に「目標観測弾」がありました。

関連記事:対艦索敵用の「目標観測弾」とは(2022年12月23日)

「令和4年度 事前の事業評価 評価書一覧」:防衛省

○ 事業の概要

対海上及び対地射撃のため、大型UAV等の他の情報収集、警戒監視及び偵察(以下「ISR(※1)」という。)手段の進出が制限される状況下において、敵の防空網を回避及び進入しつつ迅速に目標付近に進出し、敵艦艇及び地上目標を捜索、探知及び識別して目標情報を取得するための目標観測弾(※2)を開発する。

※1 ISR:Intelligence, Surveillance, Reconnaissance

※2 目標観測弾:12式地対艦誘導弾能力向上型と同等の残存性を有する情報収集用の飛しょう体をいう。

出典:目標観測弾:令和4年度・事前の事業評価(要旨):防衛省

 低速の滞空型の大型UAV(無人機)では接近することが困難な有力な防空能力を持つ敵艦隊に対して、高速を以て迎撃を回避しながら索敵を行い情報を収集する強行偵察が可能な機材が「目標観測弾」です。残存性(生存性)は亜音速で飛翔する対艦ミサイルと同等とされています。

「令和4年度 事前の事業評価 目標観測弾」、防衛省より
「令和4年度 事前の事業評価 目標観測弾」、防衛省より

 イメージ絵は事前の事業評価の「目標観測弾」の政策評価書の「本文」「ロジックモデル」に掲載されています。巡航ミサイルのような胴体にやや長めの主翼を持つ形状です。予想される速力は亜音速の巡航ミサイルと同程度かやや遅いくらいになるでしょう。それでも滞空型無人機の2~3倍の最大速力を発揮できる筈です。

  • 12式地対艦誘導弾能力向上型と同等の飛翔速度、機動性および残存性
  • 敵の防空網内に進入し敵対空火器の脅威下で運用するため努めて安価

 要求項目の2つの大きな目標は、1つ目は強行偵察が可能な飛行性能であること、2つ目は撃墜されることを前提に大量に用意したいので調達費用が安価であることです。 

  • 12式地対艦誘導弾能力向上型の開発をベースとする案
  • 島嶼防衛用新対艦誘導弾の要素技術の研究をベースとする案

 目標観測弾は開発中の長射程の対艦ミサイルをベースにして新しく開発する予定です。弾頭を降ろして偵察用のレーダーやカメラなどのセンサーを積み、主翼の大型化や燃料タンクの増設などを行うのでしょう。ただし政策評価書にはセンサーの種類や機体の改修内容の説明は無く、これは推測になります。

12式地対艦誘導弾能力向上型の最大射程付近で目標の捜索、探知から追尾までを継続して情報収集するために必要な最大捜索範囲と在空時間を付与

 この説明内容から目標観測弾は敵艦の索敵のために、12式地対艦誘導弾能力向上型よりも更に長い航続距離が与えられるはずです。高速性能と長い航続距離を両立させる必要があります。

目標観測弾は回収を行わない使い捨て運用?

「令和4年度 事前の事業評価 目標観測弾」、防衛省より
「令和4年度 事前の事業評価 目標観測弾」、防衛省より

「令和4年度 事前の事業評価 目標観測弾」、防衛省より
「令和4年度 事前の事業評価 目標観測弾」、防衛省より

 目標観測弾の政策評価書を読む限り、文章中には機体の回収のことが一言も書かれていません。説明図には発射の描写はありますが回収の描写はやはりありません。するとこの機材は回収する気が無い使い捨てとする運用で、偵察情報の伝達は衛星を経由した通信で行い、自身は燃料が尽きるか撃墜されるまで敵艦隊に触接を続けることになるでしょう。

 もし仮に機体の回収を行う場合は、航続距離は往復分が要求されます。すると12式地対艦誘導弾能力向上型の最大射程で情報収集を行って帰って来る、12式地対艦誘導弾能力向上型と同等の速力を持つ機材を開発しようとしたら、非常に大きな機体となってしまい、高価なものとなってしまいます。

 敵艦隊の迎撃を掻い潜って戻って来れるならそれでもいいですが、たとえ高速の機体であっても生還率は高くはなさそうです。すると使い捨てにする気で片道分の航続距離として機体の大きさを抑えて、調達費用を安くして数をたくさん用意したほうが効率的と判断されたのでしょう。

「令和4年度 事前の事業評価 目標観測弾」の発射機、防衛省より
「令和4年度 事前の事業評価 目標観測弾」の発射機、防衛省より

 目標観測弾の発射機は8輪式車両に4連装の箱型発射機として描かれています。イメージ絵に過ぎないので正確な姿かどうかは分かりません。ただし政策評価書には「12式地対艦誘導弾能力向上型等との共通化を図ることでファミリー化が可能となる」とあるので、発射車両などは共通化される可能性が高そうです。

 目標観測弾は政策評価書に「野戦特科部隊に装備」と書かれており、イメージ絵にもあるとおり、地上発射型です。野戦特科部隊とは陸上自衛隊の火砲・ロケット・ミサイルを扱う部隊全般を指しますが(他国でいう「砲兵」)、この場合は地対艦ミサイル部隊のことを指します。

冷戦時代の陸上自衛隊の地対艦ミサイル部隊の運用法

 実は従来の陸上自衛隊の地対艦ミサイル部隊は北海道に配備されて上陸し来るソ連軍を迎え撃つ想定でした。その運用は地対艦ミサイル部隊の運用としては世界的にも非常に特殊で、「内陸の山奥に発射機を隠し、沿岸に近寄って来た敵の揚陸艦隊を攻撃する」というコンセプトでした。

 「88式地対艦誘導弾」はこの戦法の為にミサイルに国土地理院の地形データを入力して、山の稜線に沿って這うような低空飛行を可能としています。これは当時世界で唯一の発想でした。これにより発射機の生存性は飛躍的に向上し、ミサイルは探知が非常に困難で、発射前撃破も発射後の迎撃も難しいという非常に厄介な兵器となっています。

Google地図より筆者が作成。敵揚陸艦を狙う地対艦ミサイル(射程200km)
Google地図より筆者が作成。敵揚陸艦を狙う地対艦ミサイル(射程200km)

 もう一つの利点としてはこの戦法は「沖合いの観測手段が必要ない」という点です。揚陸しようとする敵艦を撃つので、目標観測手段は地上からの目視でも可能です。基本的には車両に載せたレーダーで敵艦を捕捉しますが、極論を言えば歩兵でもヘリコプターでも構いません。逆に欠点として沿岸に接近して来る揚陸艦隊しか狙えません。

 しかし冷戦は終結し北からの脅威は遠ざかり、新たに南西方面の島嶼への脅威が高まりました。仮想敵はソ連から中国になったのです。すると陸上自衛隊の地対艦ミサイル部隊は従来の戦法が使えなくなりました。内陸の山奥に発射機を隠すことが出来ず、遥か沖合いに居る敵艦隊を狙い撃つことが求められるようになりました。

新しい陸上自衛隊の地対艦ミサイル部隊の運用法

 小さな島には隠れる場所が少なく生存性が低くなります。沖合いに居る敵艦を捕捉するには新しい観測手段が必要になります。そこで地対艦ミサイル部隊の選んだ解決手段は以下の通りです。

  • 射程を増大し後方から発射することで生存性を確保する。距離を取れば生存性は高まるし、大きな島に配置すれば隠れる場所も得やすい。→「12式地対艦誘導弾能力向上型」
  • 遥か沖合いに居る敵艦の索敵手段を用意する。→「目標観測弾」

 観測手段は当面は海上自衛隊や航空自衛隊に頼るとしても、やはり陸上自衛隊として独自に敵艦を見つけ出す「目標観測弾」を保有する必要がありました。そして地対艦ミサイル部隊は将来的に全部隊が「12式地対艦誘導弾能力向上型」に装備を改編することになるのでしょう。 

 12式地対艦誘導弾能力向上型の射程ならば、沖縄本島どころか九州に配備した地対艦ミサイル部隊が尖閣諸島を巡る攻防戦に直接戦闘参加することが可能です。(有効射程1200kmで計算した場合)

Google地図より筆者作成、各円は半径1200km
Google地図より筆者作成、各円は半径1200km

※亜音速で飛行する巡航ミサイルは敵を奇襲するために迂回飛行して遠回りしながら予想外の方向から襲撃する為、最大射程は有効射程としては使えません。

 こうして陸上自衛隊の地対艦ミサイル部隊は、敵揚陸艦隊の迎撃に絞り込んだ冷戦時代の特殊な戦法を止めて、新たな戦い方を行うことになりました。長い槍と遠くを見通す目を得て、遠距離攻撃を仕掛けることになったのです。

軍事/生き物ライター

弾道ミサイル防衛、極超音速兵器、無人兵器(ドローン)、ロシア-ウクライナ戦争など、ニュースによく出る最新の軍事的なテーマに付いて兵器を中心に解説を行っています。

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