「卍」に続き「痴人の愛」へ挑んだ大西信満。限界が近づく中年男の悲哀と運命の女への執着について
2024年に生誕100年を迎え再評価の高まる増村保造監督が映画化した名作でもよく知られる谷崎潤一郎の小説「痴人の愛」。
同小説が生まれて100年でもある節目の年、新たな映画「痴人の愛」が生まれた。
新たな映画化に挑んだのは2023年に同じく谷崎文学の代表作である「卍」を、新解釈で現代の愛憎ドラマへとアップデートした井土紀州監督と脚本家の小谷香織のコンビ。
今回の「痴人の愛」もまた新機軸。原作の踏襲すべきところは踏襲しながらも、がらっと変えた物語で、ファムファタール＝運命の女、ナオミと、彼女にいつの間にか魅入ってどうにも離れられなくなってしまった脚本家の男・譲治の愛の果てを描き出す。
つかまえていられそうだが、気づけばいなくなっている。いまニコニコしていたかと思ったら、次の瞬間には怒り心頭となって手が付けられない。そんなナオミに振り回される主人公の譲治を演じるのは、井土監督の「卍」でもキーパーソンの孝太郎役を務めた大西信満。
脚本家として「痴人の愛」の映画化脚本の執筆を試みるも行き詰まり、ナオミにも翻弄される譲治の焦燥と悲哀を体現している。
再び谷崎文学と向き合い、譲治役にどのようのアプローチしていったのか？
『赤目四十八瀧心中未遂』での主演デビューから20年以上を経て、さらに俳優としての凄みを増す彼に訊く。全五回／第三回
どのようにすれば中年男性の悲哀みたいなものが滲み出るのか、考え抜く
前回（第二回はこちら）は、譲治役へのアプローチについて語ってくれた大西。
その丹念かつ繊細な役作りの賜物で、いい年齢になりながら夢を諦められない男の哀愁や痛々しさを、譲治は身にまとっている。
「そこはかなり意識しました。
フラットな視点で、脚本家として成功できるかどうかを考えたとき、20代、30代だったらたぶんまだ不安よりも希望が大きくて、いつかチャンスを掴むんだと夢をみていられる。
むしろある程度キャリアを積んだ30代ぐらいがいい脚本を書けるようになるのではないかといったイメージもあるのではないかと。
でも、譲治のように50歳近くで、となると、成功の可能性はゼロではないかもしれないけれども……。正直、かなり厳しいんじゃないかと世間では思われるし、冷ややかな目に晒されてくる。
そのことはおそらく譲治もわかっている。そこまで彼は無邪気な夢追い人ではない。
たとえば会社員の方だっておそらく感じると思うんです。この歳で自分は課長だから、まあこの先、行ってこれぐらいの役職で上がりだなと。
譲治も自分がもうあまり先のない年齢に入っていることは承知している。
若い人たちに交じって通っているシナリオ教室で、自分に対して『諦めが悪い』といった陰口や悪口をいっている人間がいることなんて百も承知。
でも、本人としては、一発逆転がある職種であることもわかっているから、可能性はゼロではない。一縷の望みにかけてみたい。
自分を信じているけれども、チャンスなんてもうないかも知れない、限界が近づいてきていることもわかっている。
その譲治の中にある意地や迫りくる厳しい現実に対する葛藤はきちんと伝わるものにしようと意識しました。
わかりやすいところで言うと、たとえば、いまだったら原稿はパソコンで書くのが普通でしょうけど、譲治は原稿用紙に鉛筆、しかもHBとかじゃなくて２Bぐらいの濃いやつで、ものすごい筆圧で書き殴る。
あと、いまだったらたとえば文章や言葉で残したいものが出たら、写真や録音するのが普通かと。でも、譲治はノートにいちいちメモを取る。
そのようにすることで譲治の不器用さやデジタルに順応できていないところが垣間見えるとともに、どうにかして脚本家として活躍したい、自分は若くないから他と同じでは勝負にならないという彼の必死さも見えてくる。
どのようにすれば中年男性の悲哀みたいなものが滲み出るのかは、井土監督ともよく話し合い、いろいろと考えました」
彼女に対して愛がなかったわけではない。
でも、それよりナオミという存在に執着している
では、譲治がナオミに惹かれた理由は、演じながらどのように受けとめていたのだろうか？
「これはなかなか言語化するのが難しい。
ただ、まず絶妙なタイミングで出会ってしまったことがあったと思います。
譲治がちょうど苦しいときというか。
自分の才能への自信が揺らぎ始めた精神状態のときに、自分の才能を肯定してくれる存在に出会った。そのことが大きかった気がします。
だから、譲治は確かにナオミに魅せられていくんですけど、彼女に人生をすべて捧げるという感じではない。
彼女のことが好きで好きでたまらなくて惚れぬいて身を持ち崩すといった感じではない。
ここがうまく言語化できなくて困っているんですけど……。
もちろん彼女に対して愛がなかったわけではない。でも、それよりもナオミという存在に執着している感じなんですよね、譲治は。
愛うんぬんではなくて、ナオミの存在そのものに魅入ってしまっていて離れることができない。
そんなことを演じながら感じていました」
（※第四回に続く）
「痴人の愛」
監督：井土紀州
脚本：小谷香織
出演：大西信満 奈月セナ
土居志央梨 佐藤峻輔 柴山葉平 中島ひろ子 芳本美代子 村田雄浩
公式HP: https://www.legendpictures.co.jp/movie/chijinnoai/
神奈川・あつぎのえいがかんkikiにて公開中、大阪・シアターセブンにて12/21（土）から公開、以後、全国順次公開予定
筆者撮影以外の写真はすべて(C)2024「痴人の愛」製作委員会
