カムチャッカ半島に生えたタケノコの正体 オホーツク海の防衛体制を強化するロシア
黒海に面したクリミア半島からバルト海の飛び地カリーニングラード、さらに北極海へと防衛網を広げるロシアだが、極東もまたその一部に組み込まれつつある。
新型原潜の配備や北極海航路の出現によってオホーツク海の戦略的重要性が高まる中、ロシアは防衛体制の強化に本腰を入れ始めた。
カムチャッカ半島のタケノコ
写真の中で聳え立つこれらの巨大タワーは、タケノコではもちろんない。
ロシア軍が最近配備を進めている「ムルマンスク-BN」電子妨害システムである。
軍用トラックに搭載され、電子妨害を行う際は写真のようにアンテナを空高く伸ばして運用される。
高さは最大で32mになるという。
このシステムが最初に「生えてきた」のは、ロシアがウクライナから強制的に併合したクリミア半島であった。
同半島に母港を置くロシア黒海艦隊の電子戦部隊に配備されたものである。続いて北極圏の防衛を担当する北方艦隊にも「生え」、今年に入るとロシア太平洋艦隊の原潜基地があるカムチャッカ半島にも「生えて」きた。
以上の配備先からもわかるように、「ムルマンスク-BN」は海軍用の電子妨害システムで、敵艦隊や航空機の指揮通信用短波通信の妨害を意図しているという。
作動中の「ムルマンスク-BN」の様子は以下で閲覧できる。
ロシアの国営ノーヴォスチ通信によると、有効妨害半径は5000kmにも及ぶとされるが、事実であれば、黒海からオホーツク海までをカバーする電子妨害網が形成されたことになる(もっとも、半径5000kmすべての範囲をカバーするわけではなく、妨害電波のビームを電離層に反射させて特定のエリアを妨害するものと思われる)。
進むオホーツク海の防衛強化
「ムルマスク-BN」がカムチャッカ半島に配備されたのは偶然ではない。
同半島は潜水艦発射弾道ミサイルを搭載する太平洋艦隊の原潜部隊の拠点であり、そのパトロール海域であるオホーツク海はロシアの核抑止力を担う戦略拠点である。しかも、従来の太平洋艦隊に配備されていたのは旧式の667BDR(NATOコードは「デルタ3 」)型が3隻(稼働数は2隻)に過ぎなかったが、昨年9月には最新鋭の955型弾道ミサイル原潜「アレクサンドル・ネフスキー」が配備された。
955型は北方艦隊にもまだ1隻しか配備されていない新型艦であり、長射程のブラワー潜水艦発射弾道ミサイルによって北米全土を射程に収める(従来のデルタ3型では米本土北部が限界)。年内にはさらに1隻の955型原潜ウラジミール・モノマーフ」も配備される計画だ。
これに合わせてロシアはオホーツク海周辺の防衛体制強化を図っている。
カムチャッカ半島には最新鋭の長距離防空システムS-400(シリアに展開しているのと同じもの)や無人偵察機が配備されたほか、旧式化したIl-38対潜哨戒機も新型捜索システムを搭載したIl-38N仕様へと順次アップグレードされているところだ。
極東のロシア本土側では、やはり最新鋭のSu-35S戦闘機の最初の実戦部隊が編成され、現在は2個目の編成が進んでいる。Su-35Sは昨年ごろから北方領土付近まで進出し、カムチャッカから飛来した海軍航空隊のIl-38Nの護衛ミッションを行うなど、両者が連携していることが読み取れる。
このほか、ウラジオストク付近には新型のバール地対艦ミサイル部隊が配備されるなど、これまでロシア西部に比べて遅れがちであった極東でもロシア軍近代化が進んできた。
北方領土の軍事力近代化と北極
このようにしてみると、昨今何かと話題になっている北方領土の軍事力近代化についても少し違った見方が必要となろう。つまり、日露関係のみならず、ロシアはもう少し広い軍事戦略の中に北方領土を位置づけている可能性がある。
別の媒体で書いたように、ロシアが進める北方領土の軍事力近代化は、今のところ老朽化した施設の更新が主であり、従来から配備されていた北方領土防衛部隊(第18機関銃砲兵師団)が大幅に増強される兆しはない。
ただし、同計画では当初から長距離地対艦ミサイルの配備が取りざたされており、これが実現すれば北方領土の軍事的位置づけにはかなりの変化が予想されよう。すなわち、北方領土は戦略拠点であるオホーツク海の南端を塞ぐ「栓」の役割を担うようになる可能性がある。
もちろん、射程が数百kmもある長距離地対艦ミサイルを配備するとなれば、水平線の遥か彼方にある目標を発見し、そのデータを伝達する仕組みが必要になる。従来、ロシア太平洋艦隊はこのような能力を欠いていたが、前述したIl-38Nならばそれが可能であるため、地対艦ミサイル配備に向けた下地は整いつつあると言える。
オホーツク海の防衛体制強化に関してもう一点、重要なのは、北極との関連である。ロシアは近年、北極航路や北極資源地帯の防衛を目的として北極圏の防衛体制強化も進めているが、これは極東の防衛体制にも大いに関係する。
ロシア国防省等の説明をみる限り、北極海東部のノヴォシビルスク諸島あたりを境として、その西側を北方艦隊が、東側を太平洋艦隊が分担するという体制になっているようだ。したがって、北極圏の防衛強化は、必然的に太平洋艦隊及び極東方面の防衛強化にもつながってくることになる。
また、ロシアがは、オホーツク海から北極海東部までをひとつながりの戦域と認識しているように見える。一昨年のロシア軍東部軍管区大演習「ヴォストーク2014」において、北方領土を巡って日米軍と交戦するシナリオと並行して北極圏防衛訓練が実施され、さらに一部の部隊は北方領土を中継地点としてカムチャッカ方面へ長距離展開したことなどはその一例である。
今後の焦点はロシア版A2/AD
オホーツク海の防衛体制強化が進んできたとは言っても、肝心の太平洋艦隊は他の艦隊に比べると旧式艦が多く、近代化は遅れている。太平洋艦隊向けの新型艦建造もコルベットなどの小型艦が主で、全体としては低調である。
しかし、最近、ロシア海軍は太平洋艦隊向けに新型の通常動力型潜水艦6隻を建造すると決定した。
ロシアは黒海でも潜水艦・地対艦ミサイル・航空部隊・電子妨害システムなどを組み合わせ、米海軍の進出を拒むA2/AD(接近阻止・領域拒否)能力を構築しているがが、最終的にはオホーツク海でも同様の能力を目指すのかもしれない。