ハリネズミのように要塞化されるクリミア半島
クリミアの現在
ロシアがクリミア半島の併合を宣言してから半年以上が経過した。その後、ウクライナ東部での戦闘が激化したことにより、クリミア併合の衝撃は半ば忘れられつつあるようにも見られるが、当のロシアはそうではない。
現在、ロシアがクリミアで行っているのは、「併合」の既成事実化と、軍事力強化である。既成事実化に関して言えば、ロシアはすでに憲法を改正してククリミア共和国とセヴァストーポリ特別市を正式にロシア連邦の構成要素とし、同地域内の公的機関職員の給与や一般市民の年金支出を既に開始しているほか、銀行など金融システムの切り替えも進められている。
さらにクリミア併合後、同地で勤務していたウクライナ軍将兵の約7-8割はロシア軍に編入されたと見られる他、2015年以降は徴兵も実施される計画だ。このうち、ロシア黒海艦隊へと配属された人数は9000人に及ぶとされる。
クリミア半島における軍事力強化
これまで、ロシアはセヴァストーポリ軍港などいくつかの軍事拠点をウクライナから租借しており、黒海艦隊の艦艇、航空機、沿岸防衛部隊(ロシアの海兵隊である海軍歩兵部隊や対艦ミサイル部隊などを指揮下に収める)、通信拠点などが配備されているだけだった。
しかも、1997年にロシアとウクライナが結んだ黒海艦隊駐留協定では、装備の配備数に厳しい制限が課され、新型装備の配備も禁止されていた。つまり、ロシア軍はクリミアに居ることはできるが、増強も近代化も行うことができなかったのである。
2008年のグルジア戦争後、ロシアは黒海の防衛体制を強化する必要性を痛感し、プロジェクト11356R型フリゲート、プロジェクト22160型沿岸哨戒艦、プロジェクト636.3型通常動力潜水艦各6隻や大型揚陸艦2隻などを中心とする新型艦艇の配備を計画したが、ウクライナ側は依然としてこれらの配備を認めなかった。ロシアは自国領ノヴォロシースクに新海軍基地を建設してはいたものの、同基地は黒海東部にあるため、中央部に位置するセヴァストーポリに比べて作戦上の柔軟性に劣る上、ノヴォロシースク沖は強風の吹き荒れる海域として知られ、海軍基地として難があった。
しかしクリミア併合後、ロシアは前述の新型艦艇の主力をセヴァストーポリに配備する意向を示し、一部の艦艇は間もなく実戦配備が開始される見込みである。特に黒海艦隊はこれまで潜水艦を2隻しか保有していなかったから、6隻の新型潜水艦は黒海の制海権確保の観点から大きな意義を持つ(潜水艦は探知が極めて難しく、少数であっても敵艦隊の行動を大きく制約する)。
さらにロシアは、ウクライナ海軍の沿岸防衛部隊を黒海艦隊へと編入した。従来、黒海艦隊沿岸防衛部隊の隷下にあったのは、以下の通りである。
・第810海軍歩兵旅団
・第382独立海軍歩兵大隊
・第1096独立防空ロケット連隊(オーサAKM装備)
・第431海軍偵察隊
これに対してウクライナ軍将兵を吸収した後、黒海艦隊沿岸防衛部隊には、第128沿岸防衛旅団(旧ウクライナ海軍第36沿岸防衛旅団)、第501独立海軍歩兵大隊(旧ウクライナ海軍第501海軍歩兵旅団)、第8砲兵連隊(旧ウクライナ海軍第406沿岸防衛砲兵連隊)が編成された。
さらに第128沿岸防衛旅団の隷下には、ロシア南部軍管区に配備されていた陸軍山岳戦大隊も編入される計画であるほか、第8砲兵連隊に対してはフリザンテーマ-S自走対戦車ミサイルシステム、ムスタ-B 152mm榴弾砲、トルナード-G 122mm多連装ロケットシステムなど合計60両/門が配備される。このうちフリザンテーマ-Sとトルナード-Gはまだロシア軍の一部にしか配備が進んでいない最新型システムだ。
沿岸防衛用の地対艦ミサイルについても、ノヴォロシースクに配備されていた最新鋭のK-300Pバスチョン地対艦ミサイル1個大隊(第11沿岸防衛ロケット砲兵旅団所属)及び1個砲兵旅団がクリミアへと配置転換されるとともに、今後はソ連崩壊後、ウクライナ海軍に譲渡された地下発射式対艦ミサイル陣地「オブイェークト100」がロシア黒海艦隊へ移管される。
航空・防空戦力も強化される。
これまでは海軍航空隊の第7057航空基地が保有する旧式のSu-24戦闘爆撃機やBe-12飛行艇などが少数配備されているだけだったが、同基地は第318混成航空連隊(セヴァストーポリ近郊のカーチャ飛行場)と第43爆撃機連隊(首都シンフェローポリ近郊のグヴァルデイスコエ飛行場から東部のサキ飛行場へ移駐)へと再編された。
その上で、前者には予備保管状態だったBe-12が追加配備されると共に、後者のSu-24はより新しいSu-24Mへと更新された(近代化改修型のSu-24M2であるかどうかは不明)。さらに第43爆撃機連隊では最新鋭のSu-30SM戦闘爆撃機の配備が始まっており、2015年には連隊全体が装備更新される計画である。
一方、第43爆撃機連隊が移駐した後のグヴァルデイスコエ飛行場には、Su-24M戦闘爆撃機やSu-25SM攻撃機を装備するロシア空軍の混成航空連隊が配備される。ウクライナ空軍から接収したベルベク飛行場には、やはりロシア空軍がSu-27SM3戦闘機やSu-30M2戦闘爆撃機を配備する予定であるという。ロシア空軍機がクリミアに配備されるのは、ソ連崩壊後、初めてのことだ。
これに併せて、老朽化した飛行場の再建や近代化も実施されることになっており、滑走路が整備されればTu-22M3爆撃機の配備も見込まれている。
防空システムについては、ウクライナ危機後、グヴァルデイスコエ飛行場にS-300P防空システムが初めて配備された。これはモスクワ付近に展開していたS-300連隊を移駐されたものといわれ、今後、同連隊は最新鋭のS-400へと装備更新される計画である。
軍事力強化が意味するもの
以上のように、クリミアはまさにハリネズミのように重武装化されつつある。その意義としては、主に次の3点を挙げることができよう。
第1は、クリミア半島自体の防衛力強化である。先日解任されたウクライナのヘレテイ国防相は、「セヴァストーポリを奪還して戦勝記念パレードをやってみせる」と豪語したが、これだけロシア軍が強化されてはもはや虚しい夢である。
第2に、ロシアは引き続き黒海の制海権を確保することが可能となった。今後、配備が予定されている艦艇(特に潜水艦)、航空機、防空システムなどは、数、攻撃力、行動範囲など多くの面でこれまでの旧式兵器をはるかに上回り、有事にNATOの海軍力が黒海に展開してくることを相当困難にするだろう。ロシアはウクライナや北カフカスでの軍事行動にNATOが介入してくることや黒海にミサイル防衛システムが配備されることを強く懸念してきただけに、クリミアの海空兵力の強化・近代化は大きな意義を持つ。
第3に、クリミアに配備される新型艦艇や長距離航空機は、地中海からアラビア海に掛けてのロシアの軍事的プレゼンスを継続・強化することを可能とする。ロシアはアデン湾沖での海賊対処作戦やシリア・イラク情勢を睨んだ黒海への海上プレゼンスを展開しているが、黒海艦隊はその拠点として機能してきた。クリミアの軍事力強化は、こうした遠い地域にまで影響を及ぼすこととなろう。
本稿はWSI COMMENTARY VOL.1 NO.4 (NOVEMBER 2014) 「要塞化するクリミア半島」を転載したものです。