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冠水の中、活躍するバイクとトライシクル フィリピンの洪水模様

斎藤秀俊水難学者/工学者 長岡技術科学大学大学院教授
冠水道路をいつも通りに走り回るバイクやトライシクル(木村隆彦氏提供)

 昨年12月25日にフィリピン中部に上陸した台風29号(ファンフォン)は、 パナイ島を中心に被害をもたらしました。パナイ島北部にあるアクラン州カリボ町防災課に勤めている木村隆彦氏が現地の様子を写真や動画におさめました。特に目を引いたのが、冠水道路で活躍するバイクとトライシクルです。

 木村氏は赤穂市消防本部に勤めていた経歴から、現地にてフィリピンにおける浸水・洪水時の防災対策等に取り組んでいます。一問一答形式で、当時の状況を聞いてみました。

典型的な風台風だった

斎藤 今回の台風の影響が出始めたのはいつ頃でしたか。

木村 台風襲来に備え、カリボ町役場防災課に待機していました。25日の朝5時頃までは、風雨は落ち着いていました。予報では「そろそろ最接近」という時間帯だったので、課内で「影響は小さいだろう」と話していました。 ところが6時頃から急に風雨が強まりました。 特に風が凄かった。 風速は秒速50 mを超えたという情報がありました。窓から外を見ると、庁舎前の道路を通行中の車が突然停車したので、何事かと確認すると、大木が倒れて道路を塞いでいました。 7時くらいが災害のピークで、 風の影響で役場のガラスが割れて、部署によっては室内全壊となりました。

斎藤 交通への影響はいかがでしたか。

木村 カリボ国際空港は、風のために図1のような被害がターミナルにでました。町中が停電していまだに復旧していないところがありますが、空港には自家発電施設があるので、台風が去った後は通常運行しています。そのほかの公共交通機関はありませんので、市民はそれぞれ自分のやり方で移動していました。

図1 カリボ国際空港の被害の様子(木村隆彦氏提供)
図1 カリボ国際空港の被害の様子(木村隆彦氏提供)

バランガイという組織がある

斎藤 フィリピン独特の避難の方法はあるのですか。

木村  避難に関しては、バランガイが重要な役割を果たします。バランガイとは、フィリピンの都市や町を構成する最小の地方自治単位で、地区または区のような意味合いを持ちます。バランガイにはバランガイリーダーという指導者がいます。フィリピンには災害時に発せられる全国共通の基準(シグナル)があります。危機が迫ってくると、テレビ報道や携帯電話の速報で、シグナル1とかシグナル2とかいう表記で配信されます。これらの情報や、地域の状況をみて、バランガイリーダーが指揮をとります。

斎藤 避難所はありますか。

木村 バランガイごとにホール(公民館)があって、困ればここに人々が集まるようです。高台に避難するという考えはないように見受けられました。

町全体が水没した

斎藤 洪水・浸水状況はいかがでしたか。

木村 近くを流れるアクラン川は図2にように越水寸前まで増水しました。いわゆる流域降雨だったので、カリボ町そのものの雨量に比較して川の水量が多いように感じました。浸水は、図3に示すように私が立っていた場所にて25日朝6時30分から建物内に水が入り始め、午前10時まで増水しました。川の増水の影響というよりも、浸水はそもそも排水が悪いのが原因です。単純に低地に水が集まってきますので、大雨のあとは、同じところが浸水します。

図2 洪水寸前のアクラン川の様子(木村隆彦氏提供)
図2 洪水寸前のアクラン川の様子(木村隆彦氏提供)
図3 冠水道路に立つ木村氏。杖は溺水トラップを察知するためのもの(木村隆彦氏提供)
図3 冠水道路に立つ木村氏。杖は溺水トラップを察知するためのもの(木村隆彦氏提供)

斎藤 浸水深さはどれくらいでしたか

木村 町中至るところで水深は20 cm前後だったようです。流れはありましたが、建物を破壊するような流れではなく、なにか平面をゆっくり流れていくような感じでした。

冠水の中、活躍したのはバイク

斎藤 道路冠水では、泥水に覆われているようですが。

木村 いわゆる溺水トラップ(注1)は存在しているのですが、泥水で見えませんでした。水深も見ただけではよくわかりません。

斎藤 冠水した道路での市民の移動手段は。

木村 乗用車も走っていましたが、多くはバイクやトライシクルです。普段から市民の生活の足になっていて、冠水道路も普段通りに走っていました。動画にその様子を示します。中にはトライシクルに荷物をいっぱい積んで避難する様子も見られました。日本では冠水道路で自家用車が流されたり、深みにはまったりした例がありましたが、フィリピンでももちろん同じような状況は考えられます。ただ、バイクやトライシクルだと、流されても脱出は可能です。「避難を迅速に。でも車中閉じ込めは避けたい」という課題はクリアできるという点で意外でした。

動画 カリボ町の冠水道路の様子(木村隆彦氏提供)

筆者の感想とまとめ

 冠水道路の移動手段としてバイクやトライシクルが活躍していること。一見、無謀のようですが、車内に閉じ込められることがありません。バイクやトライシクルを運転していると危険な状況にはすぐに気が付き、ただちに安全な方向に引き返すことができます。乗り物が進化して安全になるほど、むしろ外部の危険に対して気が付きにくくなったり、対処できなかったりするということでしょうか。

 洪水や津波からの避難を考える時、「避難を迅速に。でも車中閉じ込めは避けたい」という課題に突き当たります。新しい年を迎え、柔軟な思考で解答探しをしてもいいかもしれません。

注1 冠水のため見えない、ふたのあいたマンフール、側溝、田畑などを指す。

【参考】自分で命を守る行動 東南アジアに広がるuitemate続編 水難学に関する国際会議で何がわかったか

水難学者/工学者 長岡技術科学大学大学院教授

ういてまて。救助技術がどんなに優れていても、要救助者が浮いて呼吸を確保できなければ水難からの生還は難しい。要救助側の命を守る考え方が「ういてまて」です。浮き輪を使おうが救命胴衣を着装してようが単純な背浮きであろうが、浮いて呼吸を確保し救助を待てた人が水難事故から生還できます。水難学者であると同時に工学者(材料工学)です。水難事故・偽装事件の解析実績多数。風呂から海まで水や雪氷にまつわる事故・事件、津波大雨災害、船舶事故、工学的要素があればなおさらのこのような話題を実験・現場第一主義に徹し提供していきます。オーサー大賞2021受賞。講演会・取材承ります。連絡先 jimu@uitemate.jp

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