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知床観光船沈没事故の中間報告を科学者として読み解く

斎藤秀俊水難学者/工学者 長岡技術科学大学大学院教授
海進甲板上にて検証中の、事故を起こした知床観光船(筆者撮影)

 今年4月23日に発生した知床観光船沈没事故。乗客乗員26名が行方不明にとなり、その後20人の死亡が確認されています。事故の中間報告が今月15日に国の運輸安全委員会から発表されました。その報告を読み解きます。

浸水から沈没に至るメカニズムについての要約

(1) 復路において、波高の高い波を受けて航行する状況下、波がブルワークを越えて直接船首甲板部に打ち込んだ。

(2) 船首甲板部ハッチ蓋が確実に閉鎖された状態でなかったことから、ハッチ蓋が船体の動揺によって開き、海水が同ハッチから船首区画に流入し始めた。

(3) ー(5) 省略

(6) 船首甲板部ハッチコーミングの上端が喫水線よりも下になり、大量の海水が同ハッチから流入した。

(7) 時点を特定することは困難であるが、船首トリムが増加し、船首甲板部ハッチ蓋が直接波にたたかれるようになり、ストッパーに強く当たってヒンジが脆性破壊し、同ハッチ蓋が外れて前部客室前面中央のガラス窓に当たり、ガラスを割った。同窓からも海水が流入し、船首トリムの増加は更に加速した。その後、海水の重量を含む船舶の重量が浮力より大きくなり、沈没に至った。

(運輸安全委員会報告書より抜粋)

時系列でそれぞれを解説

波がブルワークを越えて直接船首甲板部に打ち込んだ

 専門的には「青波の打ち込み」と言います。どちらかと言うと喫水が深く、船首が波に突っ込むような状況下で発生します。

青波衝撃といって水の塊りが船首楼、甲板、上甲板前部に落下し、甲板の陥没、倉口蓋の破損、船橋楼前壁の窓の破損、積荷のコンテナの破損などを起すことがある。(日本財団電子図書館

 沖に出ると出会う波には白波と青波とがあります。白波は空気交じりの水の塊なので、ぶつかった時の衝撃はそれほどでもありません。俗に「しぶきをかぶる」などといいます。一方、青波は空気をほとんど含んでいないので、バルク(塊)の水が襲ってくる印象です。船体にぶつかった時の衝撃はすさまじいばかりでなく、人がそれをかぶれば簡単に流されます。

「ブルワークを越えた」とは、船首の甲板の外舷に沿って立ち上げた波の侵入を防ぐ囲いを越えて、波が甲板上に上がってきたことを指します。

ハッチのフタが確実に閉鎖されていなかった

 この場合のハッチは、船首近くにあるデッキハッチのことです。図1に示すように甲板上にあり、甲板から船倉にモノをしまったり、逆に出したりします。図1のハッチでは船倉からモノを出すためにフタを開けています。この写真では斜め上に向けてフタがつっかいで固定されています。船首区画とは、この下にある船倉を指します。

図1 デッキハッチの一例(筆者撮影)
図1 デッキハッチの一例(筆者撮影)

図2 デッキハッチのイメージ(下、筆者作成)と詳細断面図(上、運輸安全委員会資料より抜粋)
図2 デッキハッチのイメージ(下、筆者作成)と詳細断面図(上、運輸安全委員会資料より抜粋)

 図2の断面図をご覧ください。フタが確実に閉鎖されていなかったというのは、図下のイメージにある、ハッチフタに固定されているクリップがハッチコーミングにあるクリップ止めにしっかりと固定できていなかったということを意味しています。このクリップがしっかり止められてないと、波で船体が動揺した時にクリップが外れて、フタがバタバタと踊りだすことになります。

 バタバタしている間に青波が打ち込めば、このハッチから真下の船倉に海水が入っていくことになります。事故当時船長が現場から報告した中で「船首が沈んでいる」とありましたが、船首が沈むためには何らかの形で船首側から浸水が始まったと考えるのが自然です。

 なお報告書では、「運航中にハッチフタが開いていたかもしれない」とも推定しています。開いていたとすれば、図2上の挿入図にあるように閉状態から120度のところで開いていたかもしれません。

ハッチコーミングの上端が喫水線よりも下

 後述する船首トリムの状態(前傾状態)になるには、船倉に継続的に海水が打ち込まなければなりません。そのためにハッチコーミングの上端が喫水線よりも下になる状況があったと推定されています。

 喫水線とは平たく言えば海面。ハッチコーミングが喫水線より下になれば、ブルワークから海水がじゃんじゃん入ることになり、その海水がより低い船倉にハッチから流れ込むことになります。

 ただ、この時には、ハッチは完全に開いた状態でなければなりません。バタバタ動くのはハッチフタの上が空気だからで、海水が甲板上に溜まればハッチフタは水圧のため逆に船倉に対して栓をするようになります。

船首トリムが増加

 船首トリムとは、図3に示すように船首側が沈み船体が前傾姿勢になったということを示します。ハッチから打ち込んだ海水は船首側の船倉にたまります。当初は隔壁があって、海水が容易に船尾側に移ることができないからです。

図3 船首トリム状態のイメージ(筆者作成)
図3 船首トリム状態のイメージ(筆者作成)

船首甲板部ハッチ蓋が直接波にたたかれ

 船首トリムの状態になると、ことさらに前方からの青波の衝撃を受けやすくなります。ハッチフタが最大120度で開いていれば、フタは青波の衝撃をもろに受けることになります。フタを120度で支える役目をもつ図2に示したストッパが衝撃で壊れ、そこにさらなる青波が打ち込めば、ヒンジの部分が破断されてハッチフタは船室に向かって飛ぶだろうという推定です。

 筆者が写真を見た限りでは、ヒンジ部分の破壊跡は、せん断よりはひっぱりによる破断面に見えました。実物を見たわけではないので、あくまでも写真を見た感想です。

客室前面中央のガラス窓に当たり

 客室前面中央窓は強化ガラスだったことを明らかにしています。それであれば、最後は外力に耐えられず、粉々に砕け散る様子が想像できます。これだけのガラスを破壊するには一点集中の破壊源(破壊の始まり)がなければなかなか説明できず、青波とともに飛んできたハッチフタが当たったとする説はうなずけるところがあります。

 前面窓は窓サッシから外れるのですが、サッシが船内側に向かって壊されているようだと微妙で、そうなると窓全体で圧力を支えたことになります。この場合は青波の衝撃(バルク水が窓全体を押した)ような形で破壊された可能性もあります。

 ハッチフタが船内から発見されていないと報告書にはありますので、前面窓の破壊のメカニズムについては、今後の最終報告に向けて慎重な検証が必要かと思います。

窓からさらに海水が流入し

 このようなプロセスを通じて、客室前面窓が割れる瞬間までは船首トリムはゆっくりと亢進するのでしょうが、前面窓が破壊された瞬間に青波がいっきに窓から船室に打ち込み、船首トリムがここから急速に亢進するとしているようです。

 船内の空気が抜けて急速に浮力を失えば、海底に向かうのでしょうが、それでもやはり、船体の重心が中央から船首側に偏っていなければ、何処かで浮力のバランスが取れて海面近くで船体が漂う可能性が出てくるわけです。報告書の中で示してあった機関(エンジン)の位置が船体中央より前方にありました。今後、水中における重量バランスは水上とは異なる点に注目がなされるかと思います。

その他、今後に期待したいところ

 小型船の事故では、多くの場合が船底を上にあげたまま浮いていて、やがて沈むというプロセスを踏みます。今回の知床観光船のように、かなりの短時間のうちに完全沈没する例は比較的少なく、今回の中間報告でまずは短時間完沈の原因を探った点で高く評価されると思われます。

 今回の事故報告書では、すでに帰港時間を過ぎているのに観光船はまだ航路途上にあったこと、復路の速力が異常に遅かったことなどが具体的な時刻と共に時系列で明らかにされています。事故のプロセスをつかむのに有力な手掛かりです。

 今後、ハッチフタはどこにいったのか、客室前面窓の破壊は動水圧によることはないか、そして船が水中に没する過程で水中での重量バランスは沈没速度に影響を与えていないか、といったところが明らかになってくることを期待します。

さいごに

 船体引き揚げから半年が経ちました。この短期間でこれだけの内容を報告としてよくぞまとめ上げたと思います。

 今後この中間報告からさらに検証や考察が進み、より事実に近づけてほしいと切に願っています。そして、ここで得られた知見が次の事故の予防につながることを望んでいます。

水難学者/工学者 長岡技術科学大学大学院教授

ういてまて。救助技術がどんなに優れていても、要救助者が浮いて呼吸を確保できなければ水難からの生還は難しい。要救助側の命を守る考え方が「ういてまて」です。浮き輪を使おうが救命胴衣を着装してようが単純な背浮きであろうが、浮いて呼吸を確保し救助を待てた人が水難事故から生還できます。水難学者であると同時に工学者(材料工学)です。水難事故・偽装事件の解析実績多数。風呂から海まで水や雪氷にまつわる事故・事件、津波大雨災害、船舶事故、工学的要素があればなおさらのこのような話題を実験・現場第一主義に徹し提供していきます。オーサー大賞2021受賞。講演会・取材承ります。連絡先 jimu@uitemate.jp

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