欧州の未来はジダンか、ルペンか【デモクラシーのゆくえ:欧州番外編】
同化政策のイコン
UEFAチャンピオンズリーグで10度目の優勝を決めたスペインのレアル・マドリードのベンチに元フランス代表主将、ジネディーヌ・ジダン(41)の姿があった。
ジダンは現在、レアルの第2監督。カルロ・アンチェロッティ現監督を後継するのか、それとも他チームに移って指揮をとるのか、注目を集めている。
ジダンの両親は、アルジェリア独立前の1953年にアルジェリアからフランスに移住した。父親は建設現場で働き、カジノの倉庫番などを務めた。ジダンはそんな父親への尊敬を忘れない。
98年のサッカーW杯フランス大会で初優勝したジダンは「自由、平等、博愛」のフランス精神の「イコン(象徴)」に祭り上げられた。アフリカ系移民が多いフランス代表チームは「移民同化政策」の成功モデルといわれた。
しかし、「イコン」の幕切れは衝撃的だった。2006年W杯ドイツ大会。イタリアとの決勝戦で、2大会ぶりの優勝を狙うフランスは、ジダンが延長後半、相手DFのマテラッツィに頭突きを食らわせ、一発退場。
マテラッツィがジダンに「お前の姉ちゃんより娼婦の方がましだ」という侮蔑的な言葉を投げつけたのが原因だった。結局、PK戦の末、フランスは敗れた。
フランスの移民同化政策は決して、うまくいっているわけではない。05年にはパリ郊外で、差別や格差への不満を吐き出す大規模な移民暴動が起きた。
寡黙なジダンが珍しく政治的な発言を行ったことがある。02年のフランス大統領選。移民排斥の言葉をまき散らす極右政党・国民戦線(FN)のジャンマリ・ルペン党首ではなく、シラク大統領に投票しようと呼びかけたのだ。
それから12年の歳月がたち、欧州議会選でルペン党首の三女、マリーヌ・ルペン党首の国民戦線がフランスで第1党に踊りでた。ジダンはこのニュースをどんな思いで聞いたのか。
繁殖する極右
欧州議会選の結果を見ると、暗澹たる気持ちになる。欧州のシンクタンク、欧州外交評議会(ECFR)の分類に従って議席を集計してみる。
【極右・移民排斥】合計42議席
フランス 国民戦線 24.95% 24議席(いずれも推定)
イタリア 北部同盟 6.19% 5議席
オランダ 自由党(PVV)13.35% 4議席
オーストリア 自由党(FPO)19.50% 4議席
ギリシャ 黄金の夜明け党 9.39% 2議席
ハンガリー ヨビック 14.68% 3議席
チェコ 直接民主主義の夜明け 3.12% 0議席
ブルガリア アタッカ 3% 0議席
【移民規制を強化】合計40議席
英国独立党(UKIP)27.5% 24議席(確定)
ドイツのための選択肢(AfD)7% 7議席(以下推定)
ベルギー フラーマス・べラング(VB=フランデレンの利益)4.16% 1議席
スロバキア国民党 3.61% 0議席
デンマーク デンマーク国民党(DF)26.6% 4議席
スウェーデン 民主党(SD) 9.7% 2議席
フィンランド 真正フィン人党 12.9% 2議席
これに、欧州連合(EU)の統合推進に懐疑的な欧州保守改革連盟(ECR)の46議席、欧州統一左派・北方緑の左派同盟42議席、五つ星運動(イタリア)17議席を加えると、187議席。懐疑派勢力はこれほど拡大してきた。
国連安全保障理事会の常任理事国の英国とフランスで移民排斥・移民規制の強化を唱える極右・右派勢力が、欧州議会選とはいえ、国内第1党になったのは衝撃的である。
デンマークも移民規制の強化を求めるデンマーク国民党が第1党になった。
デタラメなUKIPの主張
英国独立党(UKIP)の会計責任者スチュアート・ウィラー氏が参加した討論会をロンドン・スクール・オブ・エコノミクスに聞きに行ったことがあるが、まったくデタラメだった。
会場から矛盾を指摘されると、まともに反論できないのだ。
ナイジェル・ファラージ党首も弁舌こそ巧みだが、政策の中身がない。しかし、ファラージ党首の言葉は有権者の理性ではなく、感情に突き刺さる。
保守党のキャメロン首相も、労働党のエド・ミリバンド党首も、自由民主党党首のクレッグ副首相も名門オックスフォード、ケンブリッジ大学の出身。庶民には手の届かないエリート中のエリートだ。
これに対して、ファラージ党首は庶民の言葉で身近な問題を取り上げる。
「どうして移民のために私たちの病院の待ち時間が長くなるのか」「今や私たちの生活を縛る法律のほとんどはウェストミンスター(英国会議事堂)ではなく、ブリュッセル(EU本部の所在地)で決められている」
こうした主張にはまったく根拠がない。英国の国民より移民の方が財政への貢献度は高く、英国で新しく成立している法律でEUに関連するのはわずか7%だ。
しかし、「ここは私たちの国なのに、どうして移民に気兼ねしなければいけないの」という根源的な問いに、既成政党の指導者は答えることができない。
「国家は他国民よりも自国民を第一に考えなければいけない。それが国民と国家の契約だ」。グローバリゼーションも、EUの超国家的な試みも国民国家の壁にぶち当たっている。
「日本も1000万人の移民を」
移民政策研究所の坂中英徳所長が16日、東京の外国特派員協会で記者会見し、「50年間で1千万人の移民を受け入れるべき」という持論を展開したそうだ。
「1千万人という数は、だいたい10人に1人を移民で、ということです。イギリスやフランスやドイツは、だいたい10%が移民人口です。日本は50年かけて、いまのヨーロッパの移民先進国並みの国になろうということであります」
「移民政策抜きではアベノミクスは失敗する、ということです。生産人口と消費人口がとてつもない勢いで減少していくのに、どうして成長戦略が立てられるのか。(略)逆に、安倍首相が『移民立国で日本経済を立て直す』という決断さえすれば、局面は一転するでしょう」
筆者は基本的には「日本はもっと移民を受け入れるべきだ」という考えだが、安倍晋三首相の経済政策アベノミクスに効果的だからという短期的な視点で移民政策を論じるのは危険だと思う。
超金融緩和で円安になり、内需が拡大して人手不足が顕在化した。だから移民が必要だという議論は短絡的に過ぎる。
日本の成長戦略に移民が欠かせないというのは確かにその通りなのだが、日本の国家ビジョンをまず示すべきだろう。
日本とアジアの文化と経済の発展をどう位置づけるのか。宗教や慣習、言語の違いをどう乗り越えるのか。移民政策がもたらす競争の激化をどうやわらげるのか、という問題もある。
ジダンを受け入れるかという問題
サッカーのイングランド・プレミアリーグを見ると、地元イングランド出身選手の出場機会はどんどん減り、今や3分の1を下回る。勝負に徹すれば、選手の出身国や肌の色、言語、宗教はどうでもいいことだ。
イングランド・プレミアリーグは移民政策の極端な例と言うことができる。移民政策はグローバリゼーションと密接に結びつき、競争の激化は避けて通れない。しかし、日本の未来を考える時、成長セクターのアジアとの間で、人、モノ、資本、サービスが自由に行き来できる環境を整えておいた方がいい。
欧州の未来が、ジダンか、ルペンかのいずれを選択するかにかかっているように、日本の未来も国民1人ひとりがジダンを求めるのか、それともルペンの主張に同意するかにかかっている。
(おわり)