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中国・豪雨で低地トンネルが“浴槽”状態――「振り向くと、私の車は浮いていた」

西岡省二ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長
京広北路トンネル出口付近での被害の様子=中華網新聞よりキャプチャー

 中国河南(Henan)省で今月中旬、「1000年に一度」といわれる豪雨が発生した。省都・鄭州(Zhengzhou)の低地にあるトンネルでは、水が溜まって“浴槽”のような状態になり、大勢の人と車が被害に遭った。トンネルでの浸水から逃れた3人が中国メディアの取材に応じ、当時の様子を詳細に語っている。

◇「1000年に一度の暴雨」

 河南省では今月17日以降、記録的な大雨が続き、鄭州では17日午後6時~20日午後6時の累積降水量が、年間降水量(平均640.8mm)に匹敵する617.1mmに達した。気象当局は「1000年に一度の暴雨」と表現している。特に20日午後4~5時の1時間は201・9mmの豪雨となり、地下鉄やトンネルが浸水するなどの重大な被害が出た。

 河南省当局によると、省内で25日現在、死者63人、行方不明5人、被災者1144万7800人に上り、この数はさらに増える恐れがある。

 北京紙・新京報などによると、深刻な浸水被害が出たのは、鄭州の主要幹線道路である京広路(Jingguang-lu)の「京広北路トンネル」と「京広南路トンネル」。2カ所とも低地にあるため、20日夕の集中豪雨によって、短時間で冠水したそうだ。22日にトンネルにたまった水を吸い上げる作業が始まり、24日までに4人の遺体を収容、200台以上の車が搬出された。被害の全貌ははっきりしていない。

◇「停車しているはずの車が動いている」

 中国ネットメディア「界面新聞」は25日、京広北路トンネル出口付近で被害に遭った3人の証言を伝えた。

 そのひとり、王文学(Wang Wenxue)さんは午後4時すぎ、乗用車を運転し、地上に出るための上り坂に差し掛かったところで渋滞に巻き込まれた。“黒くて重い雨”が降り注ぎ、地上からの水が車の右側に流れ込んできた。ほどなくして車は水に浸かってしまう。水の速度はどんどん増して「停車しているはずの自分の車が動いている」と錯覚するほどだった。

 王文学さんは「車が浮いてしまう」と危機感を覚え、窓から車外に出てルーフに上った。すると、自身の重みで車の前部が沈んだため、慌てて後部に移動した。

 ふと気がつくと、目の前に高架橋が見え、そこに人がいるのがわかった。その間にも車はゆっくりと沈んだため隣の車に飛び移り、ほどなくして救出された。

乗用車のルーフに立って救助を待つ王文学さん=界面新聞より
乗用車のルーフに立って救助を待つ王文学さん=界面新聞より

 王文学さんが車のルーフに立つ様子が通行人によって撮影された。その動画は被害の深刻さを物語るものとして中国のインターネット上に拡散された。

王文学さんが立っていたのは赤印の場所。当時の水位はかなりの高さに達していたようだ=界面新聞より
王文学さんが立っていたのは赤印の場所。当時の水位はかなりの高さに達していたようだ=界面新聞より

◇立っていられない状態

 別のひとり、江(Jiang)さんは出口の4~5m手前で渋滞に巻き込まれた。その時、トンネルには水はなく、不安を感じることもなかった。

 だが、ほどなく水が入ってきた。午後5時を過ぎると勢いは強くなり、車から脱出する人が増えていった。江さんは交通無線を聞いて状況を判断しようとしたが、関連情報はなかった。

 タイヤを覆うほどの水位になったところで車を出た。だが水の流れが速く、立っていられない状態だった。近くにいた人と手をつないでトンネルを脱出した。振り返ると、トンネルは完全に水に浸り、水に流された車が浮かんでいた。その中には自分の愛車もあった。

 もうひとり、侯文超(Hou Wenchao)さんは、北京で2012年7月21日に起きた豪雨被害を経験していたため、トンネル浸水の危険性を認識していた。渋滞で待っているうち水量が急増し、水位がタイヤの3分の2の高さを超えた時点で車を捨てる決断をした。ドアを開けると水が流れ込んだ。

 脱出の際、周囲の車の窓ガラスを次々と叩き、ドライバーに「車から降りて逃げよう」と呼びかけた。20台以上のドライバーが侯文超さんに促されて車から出た。中には、事態の深刻さを認識していなかったり、車のことをあきらめきれなかったりして、躊躇する人もいたという。

◇洪水被害には脆弱な構造

 このトンネルについては、地上の道路よりも低い場所にあるため洪水被害には脆弱であると指摘されてきた。

 米紙ニューヨーク・タイムズによると、中国の専門家グループが2011年、当時建設中だった同トンネルについて「低地にあるため、滞留した水による池が頻繁に形成される」と指摘する技術論文を発表している。

 だが、トンネルが翌年開通し、その際には「50年に一度の大雨」を想定した排水システムが備わっていると説明されていた。だが、今回の大雨は「1000年に一度」であり、想定外というわけだ。

 テキサス大オースティン校のコッケルマン教授(交通工学)は同紙の取材に「高速道路のトンネルは、雨が降ると浴槽のごとく満たされてしまう可能性があるものだ。その状況は気候変動の影響でさらに深刻化するだろう」と指摘している。

ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長

大阪市出身。毎日新聞入社後、大阪社会部、政治部、中国総局長などを経て、外信部デスクを最後に2020年独立。大阪社会部時代には府警捜査4課担当として暴力団や総会屋を取材。計9年の北京勤務時には北朝鮮関連の独自報道を手掛ける一方、中国政治・社会のトピックを現場で取材した。「音楽」という切り口で北朝鮮の独裁体制に迫った著書「『音楽狂』の国 将軍様とそのミュージシャンたち」は小学館ノンフィクション大賞最終候補作。

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