テレンス・クロフォード(WBO世界スーパーライト級王者)が“次の段階”に進むために必要なもの
2月27日 ニューヨーク マディソン・スクウェア・ガーデン・シアター
WBO世界スーパーライト級タイトル戦
王者
テレンス・クロフォード(アメリカ/28歳/28勝全勝(20KO))
5ラウンド2分5秒TKO
挑戦者
ハンク・ランディ(アメリカ/32歳/26勝(13KO)6敗1分)
フィニッシャーとしても成長中
第5ラウンドも1分過ぎ、クロフォードが強烈な左ストレートを打ち込んだ瞬間、タイトル戦は事実上終わった。
この一発でランディをぐらつかせると、その後に王者が繰り出した冷静な連打で挑戦者は2度に渡ってダウン。圧倒的な力の差を見せつけて、“今が旬”の28歳は2階級目の王座の2度目の防衛に成功した。
「僕は両拳にパワーを秘めているとみんなに話していた通りだ。ボクシングの能力も合わせ持っているのだから、かなりのところまでいけるはず。誰も避けるつもりはないし、誰とでも戦う。マネージャーに試合を決めてもらって、僕は練習し、戦うだけだ」
スキのないKO劇を見せられた後で、試合後のクロフォードの誇らしげな言葉も大げさには聴こえなかった。
もともと相手を見切ってから詰めに行くスタイルゆえ、かつては凡戦でテレビ局の重役を落胆させることもあった。しかし、タイトル獲得後に自信を付けたか、過去3戦は連続KO勝利。見切りまでの時間がより迅速になり、同時にフィニッシュも上手くなり、最近はキラーインスティンクトも感じさせるようになった。
出色のスイッチヒッター
この日も第1ラウンドこそランディの破天荒なパンチを多少浴びたが、第2ラウンドには早くもペースを掌握。以降は、ストップは時間の問題との印象を周囲に与えるワンサイドマッチだった。
“ミッキー・マントル以来、最高のスイッチヒッター”。ランディ戦の前後にクロフォードをそう評したボクシング記者がいたが、言い得て妙である。
マントルは1950〜60年代にニューヨーク・ヤンキースで活躍し、両打ち選手としては史上最多の通算536本塁打を放ったMLBのスーパースター。ボクシングにおけるスイッチは苦し紛れの目くらましに使用されることが多いが、マントル同様、クロフォードは左右どちらにもKOパワーを秘めた稀有な両打ち選手である。
スキル、スピード、パンチのキレを備え、なおかつ左右両方のスタンスで戦える万能派。前述通り、良い意味での慎重さも備えたクロフォードに勝つのは誰にとっても並大抵の難しさではないだろう。
リッキー・バーンズ(スコットランド)、ユーリオルキス・ガンボア(キューバ)、レイ・ベルトラン(メキシコ)といった実力者たちを連破したのに続き、中堅選手のランディも楽々と撃破。ブロードウェイの大舞台への初登場で完成度をアピールし、クロフォードへの評価はさらに上がったはずだ。
まだ”全国区”とは言えない
もっとも、実力的にはすでに“エリートファイター”と呼称されるに相応しいクロフォードも、その興行価値はまだ能力に見合っているとは言えない。
ランディ戦の前座にはフェリックス・ヴェルデホ(プエルトリコ)、ショーン・モナハン(アメリカ)といった人気選手が登場したおかげもあって、MSGシアターは5092人の観衆で超満員。しかし、HBOの平均視聴者は98万2000人に止まり、昨年10月のディエリー・ジャン(カナダ)戦から9%のダウンとなった。
同日同時間に地上波ABCで放送されたNBAのサンダー対ウォリアーズ戦が大激闘となり、 シーズン中としては2013年以来最高の平均530万の視聴者を集めたことは大きかった。また、HBOのライバル、Showtimeが同夜にレオ・サンタクルス(アメリカ)対キコ・マルチネス(スペイン)をメインに据えたカード(平均視聴者29万7000人と惨敗)を放送したのも多少は響いたのだろう。
ただ、1年を通じて絶えずスポーツが行われているアメリカでは、裏番組の競争の激しさは言い訳にもならない。ここで弾き出された数字は、故郷のネブラスカ州オマハでは知らぬものはいないビッグネームでも、クロフォードが依然として全国区の呼び物ではないことを指し示している。
セルフプロモーションが得意な選手ではなく、スピーチも上手くない(筆者も数年前に取材を試み、話が弾まずに苦しんだ経験がある)。そんなクロフォードがスーパースターダムに躍り出るためには、リング上でアピールを続けるしかない。何より、今後にビッグネーム相手の勝利がどうしても必要になってくるのだろう。
理想的な対戦相手は”フィリピンの英雄”だが・・・・・・・
クロフォードの名を売るための対戦相手として、同じトップランク傘下のマニー・パッキャオ(パッキャオ)は様々な意味で最適である。
オスカー・デラホーヤ(アメリカ)がフリオ・セサール・チャベス(メキシコ)に勝って箔をつけ、パッキャオやフロイド・メイウェザー(アメリカ)がデラホーヤを下して真のビッグネームになったのと同様に、パッキャオ対クロフォード戦は“トーチの継承”的な意味合いのファイトなる。今ならクロフォードに勝機十分。一般的にも恐らくパッキャオ不利の予想が多くなるのではないか。
「トップランク傘下の選手で、僕を次のレベルに押し上げてくれる対戦相手はマニーだけだよ」
ランディ戦前の会見ではクロフォード本人もそう語っていた。
実際にクロフォードは4月9日に予定されるパッキャオの次戦の相手候補に挙げられたが、フィリピンの英雄は結局はティム・ブラッドリー(アメリカ)を選択した。このブラッドリー戦に勝ったと仮定し、大方の予想通りにパッキャオが現役続行するなら、今後も両者の対戦は話題になり続けるはず。“パッキャオ以降”のPPVスターを育てたいトップランクとしても、いずれ組みたいカードであるに違いない。
ただ・・・・・・・ランディ戦でのクロフォードのソリッドパンチと詰めの鋭さを見せられた後で、キャリアのこの時点で、パッキャオ陣営がリスキーな試合を望むかどうかは微妙なところだろうか。
トップランクとアル・ヘイモンの関係を考えれば、キース・サーマン、ショーン・ポーター、ダニー・ガルシア、エイドリアン・ブローナー(すべてアメリカ)、アミア・カーン(イギリス)といったPBC傘下の140〜147パウンド選手との対戦も現実的ではない。
こう考えていくと、選択の余地は多くない。パッキャオ以外でクロフォードのダンスパートナーになり得るビッグネームがいるとすれば?あるいはそれは、カムバックを考えているというメキシコの英雄ファン・マヌエル・マルケスくらいかもしれない。
まずプロボドニコフ、そしてマルケス?
「マルケスは夏にメキシコシティで復帰戦開催を望んでいる。その試合に勝った後、テレンス・クロフォードのような相手との重要な試合を考えている。マルケスは実際にはスーパーライト級だからね」
ランディ戦の前の時点で、アラムはそう語ってマルケス対クロフォードに色気を見せていた。マルケスのネームバリュー、母国での人気を考えれば、この新旧対決はPPVでの開催も十分に可能だろう。
トップランクは今年中にクロフォードに3戦させたい意向で、2試合目の次戦は6月にロスアンジェルスのザ・フォーラムで予定しているという。その相手の最有力候補と目されるのはルスラン・プロボドニコフ(ロシア)。スキルの差を考えればプロボドニコフにクロフォードが負けることは考え難く、ストップできるかどうかが焦点になる。
尋常ではないタフネスを誇る32歳のシベリアン・スラッガーに、初のKO負けをプレゼントできればインパクトは大きい。ここでクロフォードはさらに注目度を上げ、秋に初のPPV興行にコマを進めるのがマスタープラン。予定通りに進んだ際、ビッグイベントの相手となるのは・・・・・・・?
キャリア初の大一番では、興行の格的にクロフォードは“Bサイド”でなくてはならない。そして、“Aサイド”を務めるのが誰になるかで、新スター候補の当面の商品価値は変わってくるようにも思える。相手はパッキャオか、マルケスか、それともそれまでにPBC勢との関係が変化しているか。
新たな惑星を輝かすには、太陽との邂逅が絶対に不可欠ーーー。クロフォードを”次の段階”に押し上げるため、自身にとっての新たなドル箱を育てるために、百戦錬磨のトップランクのマッチメークが重要な鍵を握って来ることになりそうである。