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<ウクライナ東部>病院ミサイル攻撃 ロシア軍の「ダブルタップ攻撃」警察医療隊(2)写真13枚+地図

玉本英子アジアプレス・映像ジャーナリスト
妊婦が亡くなった病棟に立つ警察医療隊のシュシュラ隊員(2024年2月撮影:玉本)

◆ロシア軍の「ダブルタップ攻撃」

ウクライナでロシア軍が多用する戦術「ダブルタップ攻撃」。被害拡大を狙い、同じ標的に向け、時間差をおいてミサイルを撃ち込む手法だ。東部ドネツク州セリドヴォで警察医療隊に同行し、「ダブルタップ攻撃」直後の病院に向かった。取材は2024年2月下旬。※取材から8か月後、セリドヴォはロシア軍が制圧。 (取材:玉本英子・アジアプレス)

<ウクライナ東部>「住民を必ず救う」ミサイル攻撃下で救助続けるポクロウシク警察医療隊(1)写真13枚

ミサイル3発が撃ち込まれ、3人が死亡したセリドヴォ中央病院。昨年11月にも別棟がミサイル攻撃で破壊されている。(2024年2月・撮影:警察公表映像)
ミサイル3発が撃ち込まれ、3人が死亡したセリドヴォ中央病院。昨年11月にも別棟がミサイル攻撃で破壊されている。(2024年2月・撮影:警察公表映像)
ロシア軍のS-300ミサイルの破片を見せる警察医療隊オレクサンドル・サヴェンコ隊長。「市民がいる病院を意図的に狙っている」と怒りをあらわにした。(2024年2月・セリドヴォ・撮影:玉本英子)
ロシア軍のS-300ミサイルの破片を見せる警察医療隊オレクサンドル・サヴェンコ隊長。「市民がいる病院を意図的に狙っている」と怒りをあらわにした。(2024年2月・セリドヴォ・撮影:玉本英子)

◆集合住宅攻撃、その負傷者搬送した病院に連続ミサイル

ドネツク州ポクロウシク(ポクロフスク)の南東に位置する小さな町、セリドヴォ。ここでも、ミサイル攻撃が繰り返し加えられてきた。ロシア軍はミサイルを撃ち込んだあと、時間差をおいて同じ場所に第2波、第3波とミサイルを撃ち込む戦術をよく使う。これは「ダブルタップ攻撃」と呼ばれ、消火活動や負傷者の捜索・救助にあたる消防・レスキュー隊員までもが犠牲となる例があいついでいる。

「ロシア軍が時間差で同じ場所を狙うのは、市民の犠牲を拡大させるためだ。現場に到着しても、そこに次のミサイルが飛んでくることもしばしばで、救出が手遅れになることもある」

警察医療隊のオレクサンドル・サヴェンコ隊長(36歳)は、苦渋の表情をにじませる。

屋根が吹き飛び、壁が崩落した病棟。(2024年2月・セリドヴォ・撮影:玉本英子)
屋根が吹き飛び、壁が崩落した病棟。(2024年2月・セリドヴォ・撮影:玉本英子)

◆婦人科病棟に炸裂、妊婦と母子が犠牲に

2月13日深夜に起きたセリドヴォでの連続ミサイル攻撃は、ダブルタップを複合的に組み合わせたものだった。市内の5階建て集合住宅に、まず1発目のイスカンデルMミサイルが撃ち込まれた。レスキュー隊や警察医療隊は負傷者を救出し、セリドヴォ中央病院に搬送。ところがその約40分後、タイミングを見計らったかのように、今度はその病院にS-300ミサイルが3発、続けざまに炸裂したのだ。

崩れ落ちた産婦人科病棟。妊娠8か月だったカーチャさんは、この瓦礫の下敷きになり、亡くなった。(2024年2月・セリドヴォ・撮影:玉本英子)
崩れ落ちた産婦人科病棟。妊娠8か月だったカーチャさんは、この瓦礫の下敷きになり、亡くなった。(2024年2月・セリドヴォ・撮影:玉本英子)
ミサイル攻撃の直後、現場で被害者の捜索にあたった警察医療隊員。イリーナ・シュシュラ隊員(中央)と夫のサレフリ隊員。病棟も手術室も大きく損傷していた。(2024年2月・セリドヴォ・撮影:玉本英子)
ミサイル攻撃の直後、現場で被害者の捜索にあたった警察医療隊員。イリーナ・シュシュラ隊員(中央)と夫のサレフリ隊員。病棟も手術室も大きく損傷していた。(2024年2月・セリドヴォ・撮影:玉本英子)

攻撃から4日後、警察医療隊に同行し、病院を訪れた。産婦人科病棟の破壊はすさまじく、屋根やコンクリート壁は吹き飛び、床は崩落していた。

病院に駆け付けた警察医療隊のイリーナ・シュシュラ隊員(40歳)は、暗闇のなか、瓦礫をかき分け、負傷者を探したという。

「犠牲になったのは、妊婦と母子の3人。救えなかったのが無念でならない。彼女たちにどんな罪があったというの」

崩れ落ちて瓦礫になった病棟に立ち、顔をこわばらせた。

<ウクライナ>命が断ち切られる日々、占領地からの避難民がミサイルの犠牲に(ザポリージャ)写真13枚

産婦人科のフロア。紙おむつや新生児医療機器が瓦礫に埋もれていた。(2024年2月・セリドヴォ・撮影:玉本英子)
産婦人科のフロア。紙おむつや新生児医療機器が瓦礫に埋もれていた。(2024年2月・セリドヴォ・撮影:玉本英子)
病棟の前に転がる女性用の靴。ダブルタップ攻撃で消防隊や救急班が現場に駆け付けても、連続攻撃の危険に直面。迅速に救護活動ができず被害拡大を招いている。(2024年2月・セリドヴォ・撮影:玉本英子)
病棟の前に転がる女性用の靴。ダブルタップ攻撃で消防隊や救急班が現場に駆け付けても、連続攻撃の危険に直面。迅速に救護活動ができず被害拡大を招いている。(2024年2月・セリドヴォ・撮影:玉本英子)

◆「もうこの戦争を終わらせて…」

この病棟で亡くなった妊婦、カーチャ・グーゴワさん(39歳)は、妊娠8か月だった。体調を崩し、診察を受け、夫のセルゲイさんとともに病院に泊まることになった。深夜、最初のミサイルが自宅近くに落ちたと、妻の母から電話があり、セルゲイさんは様子を見るため急いで家に戻った。その直後、カーチャさんがいた産婦人科病棟をミサイルが襲った。

「妻は、まもなく生まれてくる赤ちゃんを心待ちにしていました。それがこんなことに」

セルゲイさんは、妻を助けられなかったことを悔やんだ。

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2月13日深夜、最初にこの集合住宅にイスカンデルMミサイルが着弾。フロアごと上から崩落している。負傷者が運ばれたタイミングで病院が攻撃された。(2024年2月・セリドヴォ・撮影:玉本英子)
2月13日深夜、最初にこの集合住宅にイスカンデルMミサイルが着弾。フロアごと上から崩落している。負傷者が運ばれたタイミングで病院が攻撃された。(2024年2月・セリドヴォ・撮影:玉本英子)
妊娠中のカーチャさんの夫、セルゲイさんは、最初の爆発が自宅近くだったため、病院からひとりで家に戻った。カーチャさんが残る病院に別のミサイルが襲った。(2024年2月・セリドヴォ・撮影:玉本英子)
妊娠中のカーチャさんの夫、セルゲイさんは、最初の爆発が自宅近くだったため、病院からひとりで家に戻った。カーチャさんが残る病院に別のミサイルが襲った。(2024年2月・セリドヴォ・撮影:玉本英子)

私は、カーチャさんの自宅を訪ねた。部屋には、たくさんのぬいぐるみが並んでいた。

母のオルガさんは、力なく言った。

「人が、子どもが毎日殺されている。私は感情すら失ってしまった。もうこの戦争を終わらせてほしい…」

日々、断ち切られる住民の命。地震のような自然災害でなはなく、戦争という人為的に引き起こされた殺戮によって奪われた命である。本来、止められるはずの犠牲、それを国際社会も誰も止められないでいる。

カーチャさんの部屋で肖像画を手にする母、オルガさん。「もう戦争なんかやめて…」と涙を浮かべた。(2024年2月・セリドヴォ・撮影:玉本英子)
カーチャさんの部屋で肖像画を手にする母、オルガさん。「もう戦争なんかやめて…」と涙を浮かべた。(2024年2月・セリドヴォ・撮影:玉本英子)
「ミサイル攻撃の日々、鳴り響く防くサイレン、子どものことを考えると、もう耐えられない」と西部の町に避難することを決めた住民。トラックに荷物を積み込んでいた(2024年2月・セリドヴォ・撮影:玉本英子)
「ミサイル攻撃の日々、鳴り響く防くサイレン、子どものことを考えると、もう耐えられない」と西部の町に避難することを決めた住民。トラックに荷物を積み込んでいた(2024年2月・セリドヴォ・撮影:玉本英子)

◆「命を救うことが敵に対する勝利」

警察医療隊のシュシュラ隊員とセリドヴォの町を歩いた。ロシア軍が迫るなか、脱出する住民も出始めていた。

「ひとりでも多くの命を救うこと。そのひとつひとつが敵に対する勝利と思っている」

彼女は最後までとどまって、住民に寄り添いたいと話した。

取材から8か月後、ロシア軍はセリドヴォを完全に制圧。現在はポクロウシク(ポクロフスク)まで迫りつつある。医療隊員は別の町に移り、任務を続けている。

「ひとりでも多くの命を救うこと。そのひとつひとつが敵に対する勝利と思っている」と話すシュシュラ隊員。(2024年2月・セリドヴォ・撮影:玉本英子)
「ひとりでも多くの命を救うこと。そのひとつひとつが敵に対する勝利と思っている」と話すシュシュラ隊員。(2024年2月・セリドヴォ・撮影:玉本英子)
東部戦線ではロシア軍が進撃の速度を増しつつある。セリドヴォは2024年10月末に制圧。東部の町では、人びとの心情も複雑だ。脱出した人がいる一方、ロシア軍がくるのを待つ住民も。(地図:アジアプレス)
東部戦線ではロシア軍が進撃の速度を増しつつある。セリドヴォは2024年10月末に制圧。東部の町では、人びとの心情も複雑だ。脱出した人がいる一方、ロシア軍がくるのを待つ住民も。(地図:アジアプレス)

アジアプレス・映像ジャーナリスト

東京生まれ。デザイン事務所勤務をへて94年よりアジアプレス所属。中東地域を中心に取材。アフガニスタンではタリバン政権下で公開銃殺刑を受けた女性を追い、04年ドキュメンタリー映画「ザルミーナ・公開処刑されたアフガニスタン女性」監督。イラク・シリア取材では、NEWS23(TBS)、報道ステーション(テレビ朝日)、報道特集(TBS)、テレメンタリー(朝日放送)などで報告。「戦火に苦しむ女性や子どもの視点に立った一貫した姿勢」が評価され、第54回ギャラクシー賞報道活動部門優秀賞。「ヤズディ教徒をはじめとするイラク・シリア報告」で第26回坂田記念ジャーナリズム賞特別賞。各地で平和を伝える講演会を続ける。

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