<ウクライナ・アートの現場 1>「戦争の中でも希望つなぐ世界はある」イリーナ・スシェルニツカ(画家)
戦火のウクライナ。戦争は芸術にも影響を与えている。アーティストたちは侵攻に直面するなかで、それぞれの思いを作品に込め、表現してきた。過酷な状況のなかで、アートが果たす役割とは何か。様々な側面から見つめる連続企画「ウクライナ・アートの現場」の第1回。(取材:玉本英子・アジアプレス)
画家、イリーナ・スシェルニツカさんは、南部オデーサを拠点に創作活動を続けている。繊細な筆遣い、現実世界と超現実が交錯する、複雑で重層的な線と色が織りなす作品を生みだしてきた。
2022年2月、ロシア軍が軍事侵攻し、首都キーウにまで迫る。南部・東部の都市が次々と制圧され、彼女が暮らすオデーサもミサイル攻撃にさらされた。
国外に逃れる女性や子どもがあいつぐなか、イリーナさんはウクライナにとどまった。その思いをこう話す。
「侵攻が始まった日、国民のだれもがそう感じたように、衝撃に打ちのめされ、恐怖が心を覆いました。しかし私は可能な限り、オデーサにとどまると決めました。ここは私の故郷であり、私の家です。社会とのかかわり、日常生活だけでなく、自分の存在そのものがこの町に深く結びついています。オデーサを離れて創作活動を続けることは、自身が『無』になると感じたのです」
イリーナさんにとって、アートは自身の内面を映し出す表現活動であり、ひとつひとつの線、それぞれの色が、心のありようを投影するものという。それゆえに、侵攻と戦争は、創作活動にも大きな影響を与えるものとなった。
イリーナさんは、声を震わせた。
「胸をえぐられるような痛み、果てしない恐怖を市民のひとりひとりが現在進行形で経験しています。防空サイレンが鳴り、ミサイルの爆発音が響くなかで描いた絵があります。苦悩と不安、恐怖と動揺で心が締め付けられるなか、自身と対話しながら絵と向き合いました。同時に、私の絵を目にするウクライナ国外の人びとに向けて、私たちが経験している現実を伝えようとしました」
戦火のなかでも、アートが果たす役割はある、とイリーナさんは話す。
「私たちが経験しているそのままの日常を、アートという『言語』を通して、外部世界に感じてほしい。いま、戦争は人びとの心を追いつめ、深い悲しみを突きつけています。闇を照らす光があるように、希望をつなぐ世界がきっとあると信じています。どんなに過酷でも、世界はまだ美しく、自然は素晴らしいのだと語りかけていくことが大切だと思っています」
どんよりと灰色の空が広がる冬のオデーサ。雲の切れ目から、柔らかな日差しが差し込んだ。