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<ウクライナ・アートの現場 1>「戦争の中でも希望つなぐ世界はある」イリーナ・スシェルニツカ(画家)

玉本英子アジアプレス・映像ジャーナリスト
オデーサの画家、イリーナ・スシェルニツカさん(2024年3月・撮影:玉本英子)

戦火のウクライナ。戦争は芸術にも影響を与えている。アーティストたちは侵攻に直面するなかで、それぞれの思いを作品に込め、表現してきた。過酷な状況のなかで、アートが果たす役割とは何か。様々な側面から見つめる連続企画「ウクライナ・アートの現場」の第1回。(取材:玉本英子・アジアプレス)

作品「Fata Morgana」(イリーナ・スシェルニツカ)。ミサイル攻撃で発電設備が破壊され、停電が続くなか、幾度も中断を余儀なくされた。戦時下で感じた自身の心のありようを投影したという。
作品「Fata Morgana」(イリーナ・スシェルニツカ)。ミサイル攻撃で発電設備が破壊され、停電が続くなか、幾度も中断を余儀なくされた。戦時下で感じた自身の心のありようを投影したという。


画家、イリーナ・スシェルニツカさんは、南部オデーサを拠点に創作活動を続けている。繊細な筆遣い、現実世界と超現実が交錯する、複雑で重層的な線と色が織りなす作品を生みだしてきた。

2022年2月、ロシア軍が軍事侵攻し、首都キーウにまで迫る。南部・東部の都市が次々と制圧され、彼女が暮らすオデーサもミサイル攻撃にさらされた。

作品「独立の精神」(イリーナ・スシェルニツカ)。伝統衣装ヴィシヴァンカをまとった女性と、戦車が描かれている。
作品「独立の精神」(イリーナ・スシェルニツカ)。伝統衣装ヴィシヴァンカをまとった女性と、戦車が描かれている。


国外に逃れる女性や子どもがあいつぐなか、イリーナさんはウクライナにとどまった。その思いをこう話す。

「侵攻が始まった日、国民のだれもがそう感じたように、衝撃に打ちのめされ、恐怖が心を覆いました。しかし私は可能な限り、オデーサにとどまると決めました。ここは私の故郷であり、私の家です。社会とのかかわり、日常生活だけでなく、自分の存在そのものがこの町に深く結びついています。オデーサを離れて創作活動を続けることは、自身が『無』になると感じたのです」

イリーナさんにとって、アートは自身の内面を映し出す表現活動であり、ひとつひとつの線、それぞれの色が、心のありようを投影するものという。それゆえに、侵攻と戦争は、創作活動にも大きな影響を与えるものとなった。

侵攻と戦争で直面した苦悩と不安、恐怖と動揺は、創作活動にも大きな影響を与えるものとなった。(2024年3月・オデーサ・撮影:玉本英子)
侵攻と戦争で直面した苦悩と不安、恐怖と動揺は、創作活動にも大きな影響を与えるものとなった。(2024年3月・オデーサ・撮影:玉本英子)
オデーサでの自爆ドローン攻撃で破壊された集合住宅。犠牲者を追悼し、住民が手向けた花が供えられていた。戦争と隣り合わせの市民の日常生活がある。(2024年3月・オデーサ・撮影:玉本英子)
オデーサでの自爆ドローン攻撃で破壊された集合住宅。犠牲者を追悼し、住民が手向けた花が供えられていた。戦争と隣り合わせの市民の日常生活がある。(2024年3月・オデーサ・撮影:玉本英子)


イリーナさんは、声を震わせた。

「胸をえぐられるような痛み、果てしない恐怖を市民のひとりひとりが現在進行形で経験しています。防空サイレンが鳴り、ミサイルの爆発音が響くなかで描いた絵があります。苦悩と不安、恐怖と動揺で心が締め付けられるなか、自身と対話しながら絵と向き合いました。同時に、私の絵を目にするウクライナ国外の人びとに向けて、私たちが経験している現実を伝えようとしました」

「私たちが経験しているそのままの日常を、アートという『言語』を通して、外部世界に感じてほしい」。右はロシア軍に占領された町ヘルソンを描いた「ヘルソンの痛み」(イリーナ・スシェルニツカ)
「私たちが経験しているそのままの日常を、アートという『言語』を通して、外部世界に感じてほしい」。右はロシア軍に占領された町ヘルソンを描いた「ヘルソンの痛み」(イリーナ・スシェルニツカ)
作品「Veil」(中央・イリーナ・スシェルニツカ)ニューヨークなどのギャラリーでも展示。「アートは自己の内面との対話であると同時に、外部世界への語りかけである。戦火のなかでもアートが果たす役割はある」
作品「Veil」(中央・イリーナ・スシェルニツカ)ニューヨークなどのギャラリーでも展示。「アートは自己の内面との対話であると同時に、外部世界への語りかけである。戦火のなかでもアートが果たす役割はある」


戦火のなかでも、アートが果たす役割はある、とイリーナさんは話す。

「私たちが経験しているそのままの日常を、アートという『言語』を通して、外部世界に感じてほしい。いま、戦争は人びとの心を追いつめ、深い悲しみを突きつけています。闇を照らす光があるように、希望をつなぐ世界がきっとあると信じています。どんなに過酷でも、世界はまだ美しく、自然は素晴らしいのだと語りかけていくことが大切だと思っています」

どんよりと灰色の空が広がる冬のオデーサ。雲の切れ目から、柔らかな日差しが差し込んだ。

「戦争は人びとの心を追いつめ、深い悲しみを突きつけています。でも、希望をつなぐ世界がきっとある」と思いを語るイリーナさん。(2024年3月・オデーサ・撮影:玉本英子)
「戦争は人びとの心を追いつめ、深い悲しみを突きつけています。でも、希望をつなぐ世界がきっとある」と思いを語るイリーナさん。(2024年3月・オデーサ・撮影:玉本英子)
作品「Покрова(ポクロヴァ)」(他者のための祈り)。聖母マリアのとりなしを祝福する祭典を描いている。ウクライナの伝統文化と、過酷な境遇にある国民の心情を表象。
作品「Покрова(ポクロヴァ)」(他者のための祈り)。聖母マリアのとりなしを祝福する祭典を描いている。ウクライナの伝統文化と、過酷な境遇にある国民の心情を表象。

アジアプレス・映像ジャーナリスト

東京生まれ。デザイン事務所勤務をへて94年よりアジアプレス所属。中東地域を中心に取材。アフガニスタンではタリバン政権下で公開銃殺刑を受けた女性を追い、04年ドキュメンタリー映画「ザルミーナ・公開処刑されたアフガニスタン女性」監督。イラク・シリア取材では、NEWS23(TBS)、報道ステーション(テレビ朝日)、報道特集(TBS)、テレメンタリー(朝日放送)などで報告。「戦火に苦しむ女性や子どもの視点に立った一貫した姿勢」が評価され、第54回ギャラクシー賞報道活動部門優秀賞。「ヤズディ教徒をはじめとするイラク・シリア報告」で第26回坂田記念ジャーナリズム賞特別賞。各地で平和を伝える講演会を続ける。

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