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始めに絵コンテがあった。ストーリーボード・アーティストの生涯に迫るドキュメントは映画ファン必見!

清藤秀人映画ライター/コメンテーター

映画史に名を留める巨匠たちの多くが、自筆のストーリーボード、いわゆる絵コンテを基に映画の撮影を進めていることは周知の事実だ。黒澤明然り、マーティン・スコセッシ然り。同じ方法を用いているティム・バートンのアートワークを辿る"ティム・バートンの世界展"では、彼が描いた過去作の絵コンテが展示会の目玉にもなっていた。

「卒業」の膝なめシーン
「卒業」の膝なめシーン

それほど作品の立ち上がりに強く関与し、撮影の進行を促すのに必要不可欠な絵コンテを、生涯専門職にして映画の発展に貢献した人がいる。近く公開されるドキュメンタリー映画「ハロルドとリリアン ハリウッド・ラブストーリー」に登場するタイトルロールの片割れ、ハロルド・マイケルソンは、この分野を代表するレジェンドの1人だ。何しろ、彼がストーリーボード・アーティストとして初めて注目されたのは今から半世紀以上前の超大作、チャールトン・ヘストン主演の「十戒」(56)である。以来、「ベン・ハー」(59)、「スパルタカス」(60)、「ウエスト・サイド物語」(61)、「クレオパトラ」(63)、「俺たちに明日はない」(67)、「イージー・ライダー」(70)、「エクソシスト」(74)、「ロッキー」(76)、「ディア・ハンター」(79)、「ブレードランナー」(82)、「ラスト・エンペラー」(87)、「プラトーン」(87)等々、連綿と続く彼のフィルモグラフィは、そのまま近代ハリウッドを支えてきた名作群とリンクするのだ。

プールに浮かぶベンジャミンから見たショット@卒業
プールに浮かぶベンジャミンから見たショット@卒業

ハロルドの絵コンテが脚本脱稿前に描かれていた場合もある。ヒッチコックの「鳥」(63)で音もなくジャングルジムに集合したカラスが、全力疾走で逃げていく子供たちに頭から襲いかかるイメージは、最初にハロルドが絵コンテとして可視化したものが後に映像に結実した好例だ。また、「卒業」(67)の冒頭でミセス・ロビンソンが美脚を広げてベンジャミンを誘惑する場面も、足の隙間から戸惑うベンジャミンが垣間見られるハロルドの絵コンテを踏襲したもの。撮影監督を務めたロバート・サーティースは「卒業」の全シーンをハロルドの絵コンテに準じて撮影していったと後述している。つまり、同作でマイク・ニコルズがライバルのノーマン・ジュイソン(「夜の大捜査線」)を蹴散らし、見事アカデミー監督賞に輝いたのは、ハロルドの絵コンテあってこそだったと言っても過言ではないのだ。

アトリエのハロルド(2007年に他界)
アトリエのハロルド(2007年に他界)

しかしながら、ハロルドの名前がエンドロールに記載されるケースはほとんどなかった。ストーリーボードという職業の扱いが不明瞭だったからだが、後にこの矛盾は解消され、ドルトン・トランボ監督作「ジョニーは戦場へ行った」(71)で初めてハロルドはプロダンション・デザイナーとしてクレジットされる。その他、関わった47作品ではアート・デパートメントという大雑把な扱いだ。

スタッフから愛されたリリアン
スタッフから愛されたリリアン

「ハリウッド・ラブストーリー」と副題が付いたドキュメンタリーは、ハロルド・マイケルソンと生涯を共にした妻、リリアンの、60年に渡る結婚生活を辿る愛情物語でもある。リリアンはハロルドと同じく映画を影で支えるリサーチャー、つまり、虚構の物語に理由付けするための歴史的検証、及び諸々の事実確認を行う土台作りに生涯を賭けた人だった。そして、リリアンの名前もエンドロールにクレジットされることは稀だった。

ハロルドとリリアン
ハロルドとリリアン

恐らく映画史に於いて初めて、ストーリーボーダーとリサーチャーという裏方にスポットを当てた本作は、人生を賭けられる仕事と、その人生を共に歩めるベターハーフにめぐり逢えた人々の幸運と、同時に、ハリウッド映画がその存在を知りつつも、表だって謝意を伝えてこなかったことへのエクスキューズに溢れた作品。映画ファンであれば是非観ておくべき1本なのではないだろうか?

ハロルドとリリアン ハリウッド・ラブストーリー

5月27日(土)より YEBISU GARDEN CINEMA ほか全国劇場ロードショー

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映画ライター/コメンテーター

アパレル業界から映画ライターに転身。1987年、オードリー・ヘプバーンにインタビューする機会に恵まれる。著書に「オードリーに学ぶおしゃれ練習帳」(近代映画社・刊)ほか。また、監修として「オードリー・ヘプバーンという生き方」「オードリー・ヘプバーン永遠の言葉120」(共に宝島社・刊)。映画.com、文春オンライン、CINEMORE、MOVIE WALKER PRESS、劇場用パンフレット等にレビューを執筆、Safari オンラインにファッション・コラムを執筆。

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