Yahoo!ニュース

「強みは小ロット多品種」在庫を持たない商品開発の強み

井出留美食品ロス問題ジャーナリスト・博士(栄養学)
株式会社カンブライト(京都市)のラボ(写真:カンブライト提供)

毎日、大量に作っては捨てられていく食品。新商品1,000のうち、ヒットして残るのは3つしかない(千三つ=せんみつ)とも言われる。昭和の高度成長期ならともかく、「大量生産、大量消費」には限界があるのではないだろうか。

今回、小ロットで多品種の缶詰やレトルト食品を作り、在庫を持たずに商品開発サイクルを廻している、株式会社カンブライトの代表取締役社長、井上和馬(いのうえ・かずま)さんにお話を伺った(2017年5月・6月の2回取材)。

テレビ番組を観た3ヶ月後に起業

井上さんは、15年間、ITの専門家として、受託ソフトウェア開発、企業向けパッケージソフトウェアの設計や、Webプロモーション、SEO事業部門マネジャーなどを担当してきた。

株式会社カンブライト代表取締役社長、井上和馬さん(2017年6月、筆者撮影)
株式会社カンブライト代表取締役社長、井上和馬さん(2017年6月、筆者撮影)

前職に勤めていた2015年6月、株式会社エイトワン(愛媛県松山市)がテレビ番組に出演しているのを目にした。エイトワンは、地域の伝統的な工芸や農業、産業に付加価値を創り、地域に雇用を生み、経済を循環させる事業をおこなっている。「これからは、愛媛県以外の地方にも出資していきたい」というのを見て、翌月7月、愛媛まで行き、代表に会った。出資が決まるまでの時間は15分。8月に勤務先を退職し、9月2日に株式会社カンブライトを設立、というスピードぶり。大阪出身だが、将来的に“Made in Japan”を世界に拡げることを考慮に入れ、知名度の高い京都に拠点を置いた。資本金は1,000万円。

カンブライトの事業は、缶詰や瓶詰、レトルト食品など、オリジナル食品の企画・開発・製造・販売。起業当初に比べてアプローチ方法は変わり、全国の1次産業従事者の6次産業化に向けた商品化のお手伝いをする、というスタイルになってきている。

カンブライトの強みは小ロット多品種

カンブライトの強みは「小ロット多品種」。他社ブランドの製品を製造するOEM(Original Equipment Manufacturing)では、数千個から数万個単位がほとんど。原材料も数百キロやトン単位が必要になる。

カンブライトでは10個から試作可能だ。たとえば試作してみたけれど、味を確認した結果、原材料の比率を変えたい、と思っても、数千から数万作ってしまっていると、その在庫を抱えたままになってしまう。カンブライト方式では、10個単位で作り、その結果を見ながら改良し、また次を作る。そして、最初は100個単位で商品化していき、市場の反応を見ながら商品を改良していく。したがって、余分な在庫を持たずに済む。その開発サイクルを繰り返し、いよいよこれで決まりとなれば、提携工場と連携しスケールアップしていく。この方法であれば、試作時に数キロ、最初の販売時にも数十キロの食材が用意できれば商品化ができるので、個人の生産者でもチャレンジが可能となる。

カンブライトのラボ(写真提供:株式会社カンブライト)
カンブライトのラボ(写真提供:株式会社カンブライト)

規格外を活かす

小ロットで作ることのできる強みは、規格外の農産物を活かすことにも繋がる。たとえば、規格外のとうもろこしのスープや、規格外の玉ねぎを甘く透明になるまで炒めた缶詰、規格外のにんじんを使ったソース、規格外のかぶを使ったポタージュスープ、規格外の野菜を使った野菜カレーなど。

規格外のとうもろこし(写真:株式会社カンブライト提供)
規格外のとうもろこし(写真:株式会社カンブライト提供)

にんじんソースは、原材料のうち、にんじんが半分以上を占める。他にはみかん、レモン、砂糖、塩。「にんじんだから、味はどうなんだろう」と半信半疑ながら味見してみたところ、甘さが感じられ、いろんな料理やデザートに使えそうなソースである。賞味期限は6ヶ月。

規格外のにんじん(写真:株式会社カンブライト提供)
規格外のにんじん(写真:株式会社カンブライト提供)

他にも、オクラを粉砕して作ったオクラパウダー。生のオクラは、数日経つと黒くなってしまうが、オクラパウダーは半年間、日持ちする。卵アレルゲンの人が、卵の代わりにとろみ付けに使ったり、お好み焼きのとろみ付けや、離乳食に使われたりするそうだ。

にんじんソース(左)とオクラパウダー(真ん中)(2017年5月、筆者撮影)
にんじんソース(左)とオクラパウダー(真ん中)(2017年5月、筆者撮影)

規格外の農産物以外に、肉や魚も生鮮として活用されにくいものを加工品にする。たとえば牛のすじ肉、鹿、いのししなど。モツや内蔵は処理に手間がかかり、他では、なかなか活用されにくい。

規格外のかぶ(写真:株式会社カンブライト提供)
規格外のかぶ(写真:株式会社カンブライト提供)

小ロットで作れる、ということで、缶詰作りの体験や、結婚披露宴の引き出物、企業などの周年記念品などにも使われる。たとえばある新婚カップルは、引き出物として200個の缶詰を作った。ラベルも自分たちで作ることができる。そんなとき、井上さんは、規格外の農産物を活かしてあげる。規格外の原木しいたけは、大量生産だと使うことができないが、100缶だけなど、数量限定であれば、「プレミアム」として使うことが可能だ。

大量生産、大量消費に対する疑問

井上さんは、実際に製造工程に関わってみて、疑問に思ったことがある。よくスーパーなどで、レトルトカレーが100円で売られているが、「なぜ100円でできるのだろう?」と。小売店の利益、包材や輸送費なども考えると、おそらく原材料原価は10円程度だと考えられる。機械化による大量生産、その味を統一させて同じ味・品質にする為の化学調味料や添加物。手軽にカレーが食べられることは消費者にとってありがたいことだが、大量に廃棄もされているだろう。少子高齢化や一次生産者の減少が進むなか、この仕組みが続くとは考えにくい。

カンブライトで商品開発支援をおこなうお客さまとしては、次の3つが挙げられる。

1、6次産業化にチャレンジしたい生産者

2、レストランなどのメニューの商品化

3、新たに加工場や商品開発をしたいと思っている行政担当者や事業者

井上和馬さん(右)と生産者の方々(写真提供:株式会社カンブライト)
井上和馬さん(右)と生産者の方々(写真提供:株式会社カンブライト)

また、カンブライトの商品を購入されるお客さまとしては、次の4つが挙げられる。

1、ギフト需要。たとえばお中元・お歳暮や退院祝い、結婚祝いや披露宴の引き出物としてのオリジナル缶詰など。

2、30代から40代にかけての、小さいお子さんがいらっしゃる人。余計な原材料が使われていない、という安心感から選ぶ。

3、年配の一人暮らしの方。すぐにご飯のおかずになるような商品が好まれる。

4、酒のつまみとしての需要。

株式会社カンブライトの店舗に並ぶ缶詰(2017年5月、筆者撮影)
株式会社カンブライトの店舗に並ぶ缶詰(2017年5月、筆者撮影)

メディア露出も多いが、これまでの中で最も良かったのは、テレビの民放番組の20分特集。それまでは、生産者に関する情報を伝えることが大事だと考えていたが、それだけではなく、製造工程を見せていくことが重要だということが、この番組放映後の消費者からの反響でよくわかったという。事業者の視察は、テレビ以外にも地方新聞の記事を見て来ることが多い。最近ではお客さまの紹介や、京都府など、行政のご紹介も増えてきている。

缶詰づくり体験にチャレンジしてみた

カンブライトでは缶詰づくり体験を受け入れている。「これまでどんな缶詰を作った人がいますか?」と聞いてみたところ、「豆腐の缶詰」「プリンの缶詰」「すき焼きの缶詰」「炊き込みご飯の缶詰」など、さまざまな種類が挙げられた。

一人でもできるし、四人一組でもできる。私は申込の時点では一人だったが、取材でお世話になっている京都市役所の方に伝えたところ、京都市環境政策局循環型社会推進部ごみ減量推進課の小川健一郎さんと明石真祐子さんが一緒に参加してくださることになった。

缶詰作り体験に取り組む小川さん(奥)と明石さん(手前)(2017年6月、筆者撮影)
缶詰作り体験に取り組む小川さん(奥)と明石さん(手前)(2017年6月、筆者撮影)

今回作るのは3品。タコのアヒージョ2種類と、タコめし。若狭湾の西側にある、宮津湾でとれる、特別なタコを使った。缶詰は、調理してから詰めるのではなく、缶に食材を入れ、真空にしてから加熱殺菌することで調理もする。だから菌が入らず、長期保存ができるのだ。

タコのアヒージョ。缶詰の缶に原材料を入れ、真空にしてから調理する(2017年6月、筆者撮影)
タコのアヒージョ。缶詰の缶に原材料を入れ、真空にしてから調理する(2017年6月、筆者撮影)

出来上がった缶詰を試食してみたところ、味が沁みていて美味しく、ビールが飲みたくなった。

できあがった「タコめし」。時間が経つとご飯の水分がちょうどよくなると言う(2017年6月、筆者撮影)
できあがった「タコめし」。時間が経つとご飯の水分がちょうどよくなると言う(2017年6月、筆者撮影)

将来は全国にレシピを拡げていきたい

井上さんは、将来に向けてやりたいことがたくさんある。たとえば、20年後の一次産業従事者(生産者)を、一人でも多く増やしていくこと。現在の一次産業従事者の平均年齢は65歳を超えている。このままでは日本の食材が日本の食卓に出てくるという、今の当たり前がとても難しくなる。農家や漁師など一次産業従事者が主役となった商品をたくさんプロデュースしていきたい。楽しくて、稼げる農家の事例を作ることは重要であり、新規就農者のチャレンジの支援をしていきたい。

生産者の方と話す井上さん(左、写真:株式会社カンブライト提供)
生産者の方と話す井上さん(左、写真:株式会社カンブライト提供)

全国の小規模な加工場をWebで繋ぎ、HACCP(食品衛生管理)や、製造工程の記録をスマートフォンやタブレットなどの動画にして残すようなシステムを開発して、加工場の立ち上げ支援、運用ノウハウを提供していくこともやっていきたい。大手を相手にするのではなく、20人以下の小さい組織を対象にしたいと考えている。

缶詰は、缶の容器自体の使用期限が3年間と定められていることが多く、一般的には3年間の賞味期限が設定されている。カンブライトでは、たとえばレトルト食品など、最初は賞味期限を短めにして発売するが、それと並行して保管中の菌の検査を繰り返し行い、「これくらいまで延ばしても大丈夫」ということが確認できたら、その時点で賞味期限を延長している。

缶詰は賞味期限が長く、容器が丈夫で経済的と、利用価値が高い。事業者の備蓄として使われることも多い。そこで井上さんが考えているのは、備蓄用の缶詰を事業者の職員が作り、それを備蓄として保管し、期限が近づいてきたらそれを味見してみる、というプロジェクトだ。

日本全国にレシピを拡げるのはもちろん、海外にも、日本が世界に誇るべき自然と食材から生まれた“Made in Japan”の商品を拡げていきたいと考えている。

今年の4月には管理栄養士の新入社員も入社した。関奈央弥(せき・なおや)さん。京都府京丹後市出身。

管理栄養士の関奈央弥(せき・なおや)さん(2017年5月、筆者撮影)
管理栄養士の関奈央弥(せき・なおや)さん(2017年5月、筆者撮影)

大学卒業後は、東京で小学校の学校給食の仕事に5年間携わっていた。京都を離れたことで、京都の食の素晴らしさに気づいた。生産者の情報を発信することの重要性に気づき、「丹後バル」という活動を、東京で一年間続けてきた。京都に戻って本腰入れてやりたいと思い、転職した。今では商品開発支援事業を受け持つなど、井上さんを支える存在となっている。

井上さんと話をする関さん(右)(2017年6月、筆者撮影)
井上さんと話をする関さん(右)(2017年6月、筆者撮影)

 

2015年秋に開催された国連サミットでは、「適切に作り、適切に消費する」という目標を含む17の目標「SDGs(Sustainable Development Goals)持続可能な開発目標」が定められた。井上さんの立ち上げたカンブライトは、まさに「適切な量を作り、適切に消費する」見本である。新しい形の事業形態で、缶詰業界のみならず、食と農の分野で日本を牽引していく存在になるだろう。

食品ロス問題ジャーナリスト・博士(栄養学)

奈良女子大学食物学科卒、博士(栄養学/女子栄養大学大学院)、修士(農学/東京大学大学院農学生命科学研究科)。ライオン、青年海外協力隊を経て日本ケロッグ広報室長等歴任。3.11食料支援で廃棄に衝撃を受け、誕生日を冠した(株)office3.11設立。食品ロス削減推進法成立に協力した。著書に『食料危機』『あるものでまかなう生活』『賞味期限のウソ』『捨てないパン屋の挑戦』他。食品ロスを全国的に注目させたとして食生活ジャーナリスト大賞食文化部門/Yahoo!ニュース個人オーサーアワード2018/食品ロス削減推進大賞消費者庁長官賞受賞。https://iderumi.theletter.jp/about

井出留美の最近の記事