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投資対象の価値は将来のネット現金の現在価値なのだから

森本紀行HCアセットマネジメント株式会社・代表取締役社長
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 資産価格から理論的な割引率を推計し、それを用いて資産価値の再評価を行い、銘柄ごとに割安と割高を判定することは、投資の基本的技法です。

ネット現金と割引率

 投資対象になり得るのは、現金を創造する能力を備えたものだけです。故に、例えば、利用されていない土地は、地代という現金を創造しないので、投資対象にはなり得ないのであって、そうした土地を値上がり期待のもとで取得することは、投資ではなく、投機です。投資と投機を分かつものは、取得される対象の現金創造能力の有無なのです。

 さて、投資対象が現金を創造するものなら、その価値は将来において創造される現金の現在価値です。ただし、ここでいう現金は、実際に創造された総現金ではなく、現金創造に要する全ての費用を控除した後の純現金、片仮名でいえばネットの現金です。そこで、投資対象の価値評価においては、二つのことだけが問題になります。第一に、将来のネット現金の予測、第二に、割引率(discount rate)、即ち、将来のネット現金を現在価値に割引くための利率の選定です。

 例えば、債券が創造する現金は、利息金と償還金であって、共に発行時に確定していて、その創造に費用は発生しませんから、将来のネット現金は、予測するまでもなく、既知のものであって、その限りでは、債券の価値評価は最も簡単です。また、割引率の選定についても、他の全ての投資対象に共通する論点が最も明瞭に現れています。

内部収益率と価値評価

 論点は、どの投資対象についても、価値評価のための割引率は、事実として存在する数値ではなく、投資対象の価格から推計される理論値だということです。そして、推計の基本になるのが内部収益率(internal rate of return、IRR)なのです。

 内部収益率は、将来において創造されるネット現金が既知である資産について、その現在価値を資産の価格に一致させる割引率として、算出されるものであって、これを逆にみれば、資産は、時間の経過とともに、内部収益率に従って現金を創造していくわけで、内部収益率は、資産に投資するときの期待収益率になるのです。

 債券の場合、将来のネット現金は既知なので、全ての銘柄について、価格がある限り、内部収益率を計算できて、それを利回り(yield)と呼びます。債券は、償還されるまでの時間の長さによって、属性が規定されるので、同一の残存期間をもつ債券の集合ごとに、利回りの平均値を推計すれば、時間を横軸に、利回りを縦軸に図表した理論的な利回り曲線(yield curve)が得られるわけです。

 今度は逆に、理論的な利回り曲線を用いて、債券の価値を再評価すれば、価値と価格の不一致が生じます。価値と価格を比較したとき、価値が高い銘柄を割安、価値が低い銘柄を割高といい、債券投資の基本的技法は、割安な銘柄を選んで取得し、保有銘柄のうちの割高なものを売却することになります。こうして、価格から理論的な内部収益率を推計し、それを用いて価値の再評価を行い、銘柄ごとに割安と割高を判定することは、全ての投資対象に共通した基本的技法なのです。

簡便に得られる期待収益率

 市場に事実として存在する価格から、理論的な内部収益率を推計することは、銘柄選択のための基礎技術であり、そこに投資運用業者の固有の競争力があるわけで、故に、精緻な推計方法が様々に開発されてきたのですが、一般の投資家にとって、投資対象の期待収益率を得るためや、市場の構造を把握するためには、より簡便な方法で十分です。

 最も簡単なのは、現金創造の直近値を価格で除した値を使うことです。債券については、利息額を価格で除した値は、直接利回り(current yield)、略して直利と呼ばれます。直利は、厳密な意味では、債券の期待収益率の指標ではありませんが、その簡便な近似値しては、それなりに便利です。

不動産投資の基本

 不動産が創造するネット現金は、賃料収入から管理諸費用を控除したものですが、その推計には、多くの仮定の設定が必要です。とりわけ、賃料収入については、賃料水準、空室率、耐用年数などの仮定が決定的であり、管理諸費用に関しては、修理改修等の追加的資本支出や除却損失などの見込みが重要です。こうした仮定のもとで推計された将来のネット現金の現在価値が不動産の価値です。

 ネット現金の推計において、例えば、賃料収入の増大を見込めば、いくらでも不動産価値を高く評価できるわけですから、収入は過大にならないように、支出は過少にならないように、保守的であることが基本原則になります。また、仮定に含める項目については、投資の目的や方法の相違によって、多少の異動があるでしょう。

 こうしたネット現金の推計のもとで、投資対象の物件を立地、用途、規模、築年数などによって分類し、それぞれの類型のなかで、不動産価格から算出される内部収益率の平均値を求めれば、類型ごとの理論的内部収益率が得られます。そして、その理論的な内部収益率から、不動産の理論価値が求められて、それが価格決定の指標となって、実際の取引がなされるのです。

 不動産投資の専門家は、精緻な方法で、理論的な内部収益率を算出しますが、一般の投資家においては、投資の期待収益率として、あるいは、不動産市況の指標として、簡易な方法で算出されるキャップレート(capitalization rate)が使われています。キャップレートは、不動産の事実としての直近のネット現金を価格で除しただけの値で、債券における直利と同じ考え方のものです。

株式投資と資本コスト

 株式が将来において創造するネット現金は、事業活動が創造する総現金から、それに要する全ての原価、販売管理費、金融費用、税金等を控除したものなので、要は、利益になります。故に、株式の価値は将来の利益の現在価値なのであって、割引率として用いられる理論的な利率こそ、資本コストと呼ばれるものです。

 自己資本利益率(return on equity、ROE)は、資本コストの実績値であって、企業ごとに異なりますが、その株式市場全体の平均から、様々な方法によって、資本コストの推計が可能になります。資本コストは、株式投資における平均的な期待収益率となり、株式の価値の算定の基礎として、銘柄選択の基準となるものです。

 なお、債券や不動産は、有期の投資対象なのであって、限られた時間の内部だからこそ、その内部における静態的な均衡値として、内部収益率が安定的に推計され得るのですが、株式の場合は、期限がなく、故に時間の内部がないのですから、内部収益率もありません。割引率としての資本コストは、無限の時間のなかで、変動し続ける平均的期待として、推計されるものなのです。

益利回り

 債券の直利や不動産のキャップレートのように、直近のネット現金を価格で除したものは、株式の場合、直近利益を株価で除した値である益利回り(earnings yield)になります。

 株式の益利回りは、自己資本利益率とは、水準が大きく異なります。なぜなら、自己資本利益率が高ければ、株価も高くなって、益利回りは低下するのであって、要は、期待は、事実としての株価のなかに、先行的に織り込まれるからです。しかし、株式は時価で取得されるほかなく、益利回りが期待収益率になるのです。

利益成長期待の罠

 株式の価値評価において、割引率よりも重要な問題は、将来利益の推計であって、ここに株式投資の技法の圧倒的な大部分があるのです。そして、極めて重要なのは、その推計において、不動産投資におけるような保守主義の貫徹が難しいことです。

 論点は、将来利益の成長を見込めば、株式の価値はいくらでも高く評価できることで、極端なことをいえば、割引率よりも利益の成長率を高く仮定すると、株式の価値は無限大になるわけです。しかし、どの事業も成熟していくわけで、成熟に伴って、利益成長率が低下していけば、利益成長期待の高かった銘柄ほど、株価の下落率が高くなってしまうわけです。

HCアセットマネジメント株式会社・代表取締役社長

HCアセットマネジメント株式会社・代表取締役社長。三井生命(現大樹生命)のファンドマネジャーを経て、1990 年1 月ワイアット(現ウィリス・タワーズワトソン)に入社。日本初の事業として、年金基金等の機関投資家向け投資コンサルティング事業を立ち上げる。 2002 年11 月、HC アセットマネジメントを設立、全世界の投資機会を発掘し、専門家に運用委託するという、新しいタイプの資産運用事業を始める。東京大学文学部哲学科卒。

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