ウクライナ自爆水上ドローン部隊の戦果の損害評価
2023年11月12日、ウクライナの副首相兼デジタル変革相を務めるミハイロ・フェドロフ氏はウクライナ政府運営の募金プラットフォーム「UNITED24」の成果として、ウクライナ軍の自爆水上ドローン(自爆無人水上艇)部隊は設立1年間でロシア軍の以下の8目標(7目標)を撃破したと豪語しました。
- «Адмирал Макаров» フリゲート「アドミラル・マカロフ」
- «Иван Голубец» 掃海艇「イワン・ゴルベッツ」
- «Иван Хурс» 情報収集艦「イワン・フルス」
- «Сергей Котов» 哨戒艦「セルゲイ・コトフ」
- «Нефтяной маяк» 「ネフチャノイ・マヤーク」 ※1
- «Новороссийск» 「ノヴォロシスク」 ※2
- «Акула» и «Серна» 小型揚陸艇「アクラ」型と「セルナ」型
ロシア艦なのでロシア語表記。リスト出典:Крым.Реалии
※1:ネフチャノイ・マヤークは直訳すると「石油ビーコン」で、2023年8月4日にノヴォロシスク港の石油積み出しターミナル(カスピ海油田から黒海へのパイプラインがある)に行われた自爆水上ドローン攻撃のことを指している可能性がある。
※2:ノヴォロシスクとは港のことだと思われるが、何への攻撃を指しているのか不明。2023年8月4日にノヴォロシスクに停泊していた揚陸艦「オレネゴルスキー・ゴルニャク «Оленегорский Горняк»」に行われた自爆水上ドローン攻撃のことである可能性がある。ただし単に地名の港の意味である可能性もあるが、リストの参考にした自由欧州放送のКрым.Реалии(クリミアの真実)の記事では別カウントとしている。
しかしこれらの目標の撃破はウクライナ側がそう主張しているだけで、幾つかの目標は無傷で港に戻って来たことが確認されています。以下はその損害評価です。
ウクライナ自爆水上ドローン部隊の戦果の損害評価
- フリゲート「アドミラル・マカロフ」 ※無傷
- 掃海艇「イワン・ゴルベッツ」 ※中破(半年で修理復帰)
- 情報収集艦「イワン・フルス」 ※無傷
- 哨戒艦「セルゲイ・コトフ」 ※無傷
- 石油ターミナル(ノヴォロシク港) ※無傷(軽微な損傷の可能性も)
- 揚陸艦「オレネゴルスキー・ゴルニャク」 ※小破(3週間で修理復帰)
- 小型揚陸艇「アクラ」型と「セルナ」型 ※大破以上確実
フリゲート「アドミラル・マカロフ」 ※無傷
2022年10月29日にセヴァストポリ港でウクライナ軍の自爆水上ドローン攻撃を受けて大破したとウクライナ側が報じるもロシア側は否定、暫くすると無傷で港に帰って来たことが確認される。なお黒海で活動している11356R(11356M)型フリゲートは「アドミラル・マカロフ」と「アドミラル・エッセン」の2隻で、トルコが海峡を封鎖しているので増減はない。衛星の画像で黒海のロシア海軍の港で同型フリゲート2隻が確認され続けており、ドックに長期間の入渠をしている様子もないので、「アドミラル・マカロフ」は損傷は負っていないものと見られる。
掃海艇「イワン・ゴルベッツ」 ※中破ないし小破
2022年10月29日にセヴァストポリ港でウクライナ軍の自爆水上ドローン攻撃を受けて小破したとロシア側が認める。しかし確認できる復帰の報告が2023年4月18日であり、半年近くを修理に費やしていたとすると中破以上の損害を負っていた可能性がある。ただし修理自体はもっと早くに済んでおり報告していなかっただけの可能性もありえる。
情報収集艦「イワン・フルス」 ※無傷
2023年5月24日にボスポラス海峡の北東約140kmの黒海の洋上でウクライナ軍の自爆水上ドローン3艇の襲撃を受ける。ロシア側は14.5mm機関銃でこれを撃退と主張(戦闘艦ではないので武装がこれしかない)、ウクライナ側は攻撃成功と5月25日に動画を証拠として発表する。しかし5月26日にロシア側から「イワン・フルス」が無傷でセヴァストポリに戻ってくる姿が動画で確認される。
哨戒艦「セルゲイ・コトフ」 ※無傷
この戦争では頻繁に22160型哨戒艦を撃破したと主張されるが、はっきり確認された事例がまだ一つもない。最近の報告では2023年9月14日に22160型哨戒艦「セルゲイ・コトフ」と「ヴァシリー・ヴィコフ」が自爆水上ドローン攻撃で撃破され、10月11日に「パーヴェル・デルジャヴィン」が自爆水中ドローン攻撃で撃破されたとウクライナ側は主張するも、ロシア側は否定。視覚的な証拠も確認されていない。
石油ターミナル(ノヴォロシク港) ※無傷または軽微な損傷
2023年8月4日にウクライナ軍の自爆水上ドローン攻撃で損傷したとテレグラムのチャンネル「Крымский ветер(クリミアの風)」は伝えたが、ノヴォロシスク港の石油ターミナル運営会社「Каспийский трубопроводный консорциум(カスピ海パイプライン・コンソーシアム)」は攻撃は認めたものの損害は無かったと発表、実際に石油の出荷は通常通り継続された。(※執筆当初の記事では損傷と書きましたが、損害無しが事実でしたので訂正します。)
揚陸艦「オレネゴルスキー・ゴルニャク」 ※小破
2023年8月4日にノヴォロシク港内で接岸せず錨泊していたところをウクライナ軍の自爆水上ドローン攻撃で損傷したことが視覚的に確認される。当初は浸水し大傾斜し転覆寸前の大損傷を負ったと見られていた。しかし港内の浮きドックに入渠が確認された後に約3週間で出て来たことが衛星の画像で確認されており、予想外に早い期間で修理復帰している。小破相当の損害判定。
小型揚陸艇「アクラ」型と「セルナ」型 ※大破ないし撃沈
2023年11月10日、ウクライナ国防省情報総局(GUR)がクリミア半島のウズカヤ湾のチェルノモルスケ港を自爆水上ドローン攻撃したと発表、ロシア海軍の小型揚陸艇1176アクラ型と11700セルナ型の2隻撃破を襲撃動画と衛星画像の証拠付きで報告。
自爆水上ドローン攻撃は8目標のうち4目標が攻撃失敗と判定され、損傷を与えた4目標のうち修理不能な大ダメージを与えた撃破確実は2目標のみと、実のところ華々しい戦果というわけではありません。撃破確実の2隻の小型揚陸艇は僅か100トン程度の小船です。ミサイルや魚雷と比べると、自爆水上ドローンは有効な兵器とは言い難い面があります。
なお実際に自爆水上ドローンで襲撃を試みた数はフェドロフ大臣が紹介した事例よりも多い筈で(他にも動画で襲撃報告例が幾つかある)、攻撃成功率はさらに下がります。
自爆水上ドローンの破壊力不足の問題
魚雷ならば船の喫水線下に穴を開けて沈めることが容易です。ミサイルならば船体に貫通後に起爆して大ダメージを与えることが可能です。これに対し自爆水上ドローンは喫水線上にしかダメージを与えられず、船体に食い込んでから起爆することも出来ません。つまりたとえ大量の爆薬を積んでいたとしても効果が低い兵器です。
なお第一次世界大戦や第二次世界大戦での有人自爆水上艇には、目標艦の付近で爆薬を水中に投下するものもありました。これは水中衝撃波の効果を狙うのと同時に操縦者の脱出の時間を確保する目的でもありましたが、目標艦が完全に停止している停泊中でしか襲撃できないデメリットもあります。しかしそこまでやってもやはり効果的な兵器とは見られていませんでした。
自爆水上ドローンの速力不足の問題
自爆水上ドローンはカタログスペックだけを見れば高速のように思えます。しかし実際には静水面ではいくら速くても、小さなボートは外洋の荒波に出会うと急激に航行速力が落ちてしまい、大型艦に対する速度差の優位は無くなってしまいます。このため自爆水上ドローンは洋上襲撃には向いておらず、港湾襲撃で停泊している艦艇を狙う戦法が主になるのですが、港湾襲撃は妨害網の設置や警備艇の配備など対策を施されると直ぐに通用しなくなってしまいます。
そもそも自爆水上ドローンが水上でいくら速く航行できてもミサイルよりは遥かに遅く、小さくて波間では見付け難いといっても完全に水中に没する魚雷に比べると遥かに見付けやすいのです。
自爆水上ドローンのゲリラ的な運用と擾乱攻撃
おそらく自爆水上ドローンによる攻撃とは決定的な大戦果を期待するものではなく、最初から嫌がらせ攻撃(擾乱攻撃)を行って敵に警戒に費やすリスクを負わせることが目的なのだろうと思われます。完全に無視してしまうと艦艇の運用に支障を来してしまうので、どうしても警戒しなくてはならない。しかし常に気を張っていると疲れてしまう。自爆水上ドローンによる攻撃で警戒する労力を割かせることこそが目的、そういったゲリラ的な運用が主になる位置付けなのでしょう。
つまり本命の攻撃はドローンではなくミサイルになります。
参考:ウクライナ戦争でのミサイルによる大型艦撃破リスト
- 巡洋艦「モスクワ」 ネプチューン対艦ミサイルで撃沈
- 揚陸艦「サラトフ」 トーチカU弾道ミサイルで大破着底 ※停泊時
- 外洋曳船「ヴァシリー・べフ」 ハープーン対艦ミサイルで撃沈
- 揚陸艦「ミンスク」 ストームシャドウ巡航ミサイルで大破 ※入渠時
- 潜水艦「ロストフ・ナ・ドヌ」 同上
- コルベット「アスコリド」 SCALP-EG巡航ミサイルで大破 ※停泊時
このウクライナ戦争ではミサイルによる攻撃を被弾した艦は全て致命傷となっています。他の戦争の例ではミサイルを被弾しても当たり所次第では助かった例もそれなりにあるのですが、今のところこの戦争ではそうではありません。