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狂った人生を送った伝説の世界チャンプ、9度目の命日に

林壮一ノンフィクション作家/ジェイ・ビー・シー(株)広報部所属
「Mi Vida Loca(狂った俺の人生)」なるニックネームを己に付けたタピア(写真:ロイター/アフロ)

 また、命日がやって来た。45歳で他界したジョニー・タピア。

 タピアは8歳で最愛の母を失った。母親はレイプされた後、スクリュードライバーで滅多刺しにされて遺体で見付かった。殺傷痕は26回とも、27回とも言われる。タピアは3階級を制した名チャンピオンだったが、母の死を乗り越えられず、ドラッグに溺れ続けた。

 2012年5月27日に心不全で心臓が停止したタピアだが、ICUで最後の治療を施した医師は遺族に薬物過剰摂取が起因しているだろうと語った。

 直接会話をしたのは1度きりだが、同世代ということもあり、私はタピアに思い入れがある。記者席から、激しく、そして美しいタピアのファイトを見る度に、彼の抱えた心の闇が伝わって来るように感じたものだ。

https://news.yahoo.co.jp/byline/soichihayashisr/20140501-00034948/

https://news.yahoo.co.jp/byline/soichihayashisr/20200527-00179404/

 命日にタピアを思い出していると、彼の息子が、2019年10月5日に発砲事件に巻き込まれていたことが分かった。

 息子の名もジョニー・タピアである。メキシコの家庭では長男が誕生すると、父親と同じファーストネームにすると聞くが、本稿では敢えてタピアの息子を「ジュニア」と記す。

 この日、ニューメキシコ州兵として働く、当時19歳だったジュニアは、バイクで街中をパトロールしていた。その勤務中に、赤信号で停車中だった黒いトラックの助手席に座る男性と口論になる。同トラックはジュニアを追いかけ、助手席に座っていた38歳の男ーールイス・アルミーホーーが、高速道路近くでジュニアに向けて発砲。右の大腿骨に銃弾を浴びた。

 加害者は逮捕され、ジュニアは即、弾を除去する手術を受けた。その折、テレサ未亡人は、地元TV局の取材に応じている。

 「弾丸が体内で動いたか否か、他に傷を作っていないかを調べるために、息子はもう何度かレントゲン撮影をする必要があるとのことです。私たちは医師のアドバイスに従うだけです。

 息子を撃った人間は鉄格子の向こうですが、何をしたかったのかが理解できません。息子は不確かな将来を見詰めることとなってしまいました……無意味な事件に巻き込まれてしまって…」

 その後、ジュニアは順調に回復したようだが、彼の人生が狂ったものとならないことを祈りたい。

 9度目の命日に、苦しみ抜いたタピアの人生と共に、テレサ未亡人の過酷な人生にも思いを馳せる。心を病んだ夫をマネージャーとして支えながらも先立たれ、息子もこのようなトラブルで傷を負うこととなった……。

 テレサ未亡人にメールを送ると「いつまでも、ジョニーを忘れないでくださいね」という返信が届いた。

 コロナが収まったら、なるべく早く、タピアの眠るアルバカーキを訪ねたい。

ノンフィクション作家/ジェイ・ビー・シー(株)広報部所属

1969年生まれ。ジュニアライト級でボクシングのプロテストに合格するも、左肘のケガで挫折。週刊誌記者を経て、ノンフィクションライターに。1996年に渡米し、アメリカの公立高校で教壇に立つなど教育者としても活動。2014年、東京大学大学院情報学環教育部修了。著書に『マイノリティーの拳』『アメリカ下層教育現場』『アメリカ問題児再生教室』(全て光文社電子書籍)『神様のリング』『世の中への扉 進め! サムライブルー』、『ほめて伸ばすコーチング』(全て講談社)などがある。

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