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【温泉事件簿】ひなびた温泉街で「夕食難民」になった人の末路「あれがなかったらヤバかった……」

高橋一喜温泉ライター/編集者

正直、この話を記事にしようか迷った。温泉ライターとして、ふだんみなさんに注意喚起してきたことを、自分自身がしでかしてしまったからだ。

ひとことで言うと、「夕食難民」になってしまったのである。

「準備は万端」のはずだった……

ある西日本の温泉地を訪ねたときのこと。歴史のある温泉地で、湯治客も多い鄙びた温泉街である。素泊まりで2泊する予定だった。

16時過ぎに宿にチェックイン。素泊まり専門の宿で、夜になるとスタッフも不在になってしまう簡素な宿泊施設だが、その分、料金も3000円程度とお得だった。

素泊まりなので、もちろん夕食のことも事前に考えていた。初日は温泉街にある日帰り入浴施設の食堂で食事をとることにしていた。注文するメニューもすでに決めていて、ここでしか食べられない地の物に舌鼓を打つ予定だった。

そして、夕食の時間に合わせるように、日帰り入浴施設に入館。温泉に入る前に、食堂をチェック。すでに営業している。ラストオーダーは19時30分、閉店は20時であることもネットで確認済みだ。

現在、18時30分。19時すぎに食堂に入ればいいだろうーー。そう段取りをイメージして、浴場へ向かった。

源泉かけ流しの新鮮な湯。相変わらずの良質な源泉。ついつい湯船で長居をしてしまったが、時間は19時15分。十分にラストオーダーには間に合う。

そう思っていたーー。

数組が楽しそうに食事をしている食堂に入り、窓際のテーブルに陣取る。さて、いい湯にも入ったし、いい具合にお腹も空いている。あとはビールでも飲みながら、食事を愉しもう。メニューをめくっていると、店主に話しかけられた。どこか困った表情をしている。

店主「あの、入口にCLOSEとあったと思うのですが・・・」

筆者「えっ!? 見落としました。19時半にラストオーダーのはずでは?」

店主「実は都合により本日はスタッフが私しかおらず、手一杯な状態で・・・いつもより30分 早く店を閉めるつもりでして・・・」

筆者「えっ?」(混乱する筆者)

店主「私も事情があって店を片づけてすぐに出なくてはならないものですから。かけうどんくらいならなんとかできるのですが・・・」

どうやらのっぴきならない事情がありそうだ・・・。「せっかく温泉に来てかけうどんも味気ない。しかも、温泉街には2、3店舗、夜営業しているところがあったはずだ」。瞬時にそう判断し、いさぎよく退散することを決めた。

筆者「そういう事情でしたら、他をあたってみます」

店主「すみません」

申し訳なさそうに対応してくれた店主に別れを告げ、夜の温泉街に繰り出したが、一気に不安が募る。旅館や民家は立ち並ぶが、肝心の飲食店が見当たらない。ぽつぽつと雨も降ってきた。

旅館の軒下を借りて、ネット検索。徒歩で行ける範囲に3店ほど候補がある。

1店目、「休業日」の看板。

2店目、廃業しているようで人が住んでいる気配さえない。

3店目、またまた「休業日」の看板。

終わった・・・。この日は平日の水曜日。いちばん観光客が見込めない水曜日休業の飲食店が多いとはいえ、自分の運の悪さが恨めしい。

温泉街の入口に唯一の土産物屋があったはず・・・と一縷の望みをかけて訪ねるが、すでに閉店していた。

万事休す。車があれば買い出しに行けるが、この日は電車とバスを乗り継いで来た。街に繰り出しても、戻る足がない。

手持ちの食料やお菓子もない。このような場合、投宿している宿の人に泣きつくという手もあるが、すでに宿は無人である。

「かけうどんならできるのですが・・・」食堂の主人の言葉が脳裏をよぎる。いまさら「やっぱりお願いします」などと言えるわけがない。

こうして筆者は温泉街で夕食難民となった。

さて、ご飯どうしよう。さっさと寝ようか。
さて、ご飯どうしよう。さっさと寝ようか。

断食、決定

「今夜は断食だ」腹を決めた筆者は、闇に包まれた温泉街を煌々と照らす自動販売機を見つけた。希望の光である。

自販機の前で考え込むこと1分間。

「いちばん腹にたまりそうなものはどれか?」

こんな基準でドリンクを選ぶのは生まれて初めてのことだ。

「こういうときはやはり炭酸か・・・」

ふだんはめったに飲むことのない炭酸飲料だが、背に腹は代えられない。

結局、いちばん腹にたまりそうなコーラを2本購入して宿へ帰った。

「せっかくの温泉地でコーラのみ」というのも侘しいものだが、貴重な食糧だと思うと、いつもよりおいしく感じる。

しかも2本も飲むと腹はパンパン。意外な満腹感。げっぷも止まらない。1年分のげっぷが出た。

その夜は、お腹が空く前に床に入ったのだった。

投げたブーメランが直撃

かつて筆者はnoteの過去の記事(外部リンク)でこんなことを書いている。

「泊食分離」で温泉街で食事をいただく選択肢もある。ただし、食事を外食にする場合、温泉街の規模がそれなりに大きいことが条件となる。山あいの鄙びた温泉地や、宿が数軒しかない温泉地だと、飲食店が見つからないこともある。

「夕食難民にならないように」と注意喚起しておきながら、自分が夕食難民になってしまった。投げたブーメランが自分に返ってくる、とはこういうことを言うのだろう。

自分の戒めのためにも記事化したが、みなさんはくれぐれも夕食難民にならないよう注意してほしい。温泉街では準備していても「想定外」が起こるのだから。特に年末年始は休業のお店も多い。

それにしても、翌朝、お土産屋さんに駆け込んで食べた、蒸し立ての温泉饅頭のうまいことといったら! 忘れられない味となった。

(※写真はイメージです。本文とは関係ありません)

高橋一喜|温泉ライター
386日かけて日本一周3016湯を踏破/これまでの温泉入湯数3800超/著書に『日本一周3016湯』『絶景温泉100』(幻冬舎)、『ソロ温泉』(インプレス)/温泉ワーケーションを実行中/2021年1月東京から札幌へ移住/InstagramnoteTwitterなどで温泉情報を発信中

温泉ライター/編集者

温泉好きが高じて、会社を辞めて日本一周3016湯をめぐる旅を敢行。これまで入浴した温泉は3800超。ぬる湯とモール泉をこよなく愛する。気軽なひとり温泉旅(ソロ温泉)と温泉地でのワーケーションを好む。著書に『日本一周3016湯』『絶景温泉100』(幻冬舎)、『ソロ温泉』(インプレス)などがある。『マツコの知らない世界』(紅葉温泉の世界)のほか、『有吉ゼミ』『ヒルナンデス!』『マツコ&有吉かりそめ天国』『ミヤネ屋』などメディア出演多数。2021年に東京から札幌に移住。

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