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女優業と育児の両立を望むのはわがまま?働きながら育児をする女性が想定さていない現状に疑問を抱いて

水上賢治映画ライター
「アクト」の田中夢監督 筆者撮影

 <ぴあフィルムフェスティバル>や<神戸インディペンデント映画祭>など、国内映画祭で次々と入選を果たしているドキュメンタリー映画「アクト」。

 これまで舞台を中心に俳優として活動してきた田中夢が初めて監督に臨んだ本作は、仕事と学業、そして育児の板挟み状態でどうにもならなくなってしまった彼女自身が記録されている。

 子育てに、大学の講義に、舞台公演の迫る俳優としての仕事に追われる日々。

 不測の事態が起こると対応せねばならず、すべてが順調に進まない。すると、どれも中途半端になっている気がしてやりきれない。そうした小さなストレスが積み重なり、たまりにたまって怒りが爆発する……。

 その日常の記録は、「保育園落ちた日本死ね!!!」の投稿から6年以上が経ても、まったく解消されていない育児と仕事の両立が困難な日本社会の現実が映し出される。

 仕事も育児も学業もすべて成立させようとする彼女に対して、「それは所詮無理な話」「そんなにしんどいなら仕事をやめたらいい」「欲張りすぎ」という意見が寄せられるかもしれない。

 でも、考えてほしい。仕事と育児を両立させることって、そんなに望み過ぎのことなのだろうか?子どもが生まれたら仕事を辞めて育児に専念しなければいけない社会ってどうなのか?と。

 ひとつの家庭の話から、日本の社会がみえ、発想の転換を提起するところがある本作について田中監督に訊く。(全六回)

  先で触れたように本作は、育児中の仕事をもつ女性のリアルな声とリアルな日常が記録されている。

 そもそものところを訊くと、出産前は、こんなことになることは想像できていなかったという。

「甘いと言われればその通りなのですが、出産前は楽観的に考えていました。

 極端なことを言えば、子どもを産んでも、その子をおんぶして、大学の講義に出られると思っていたし、保育園に入れなくてもなんとかなると考えていました(苦笑)。それぐらい『どうにかなるだろう』と楽観的に考えていました。

 でも、そんなことは無理だった。

 子どもって、場所に関係なく泣くし、トイレだって我慢してといって我慢できるわけではなく、オムツを何度も変えないといけない。目が離せない。授業を聞いているどころじゃない(笑)。

 でも、ほんとうに子どもをもつまで、知らなかったんです。

 こんなに子どもが泣くとか、毎日、何度も何度もうんちをするとか、授乳がこんなに大変なのかとか、まったく知らなかった。

 もちろん育児書などには目を通していました。

 でも、実際にやってみると大変さがぜんぜん違う(笑)。育児書に書いてある手順のように、すんなりと思い通りに進むことなんてほとんどない。とにかく手がかかる

 こんなので大学に通うとか、仕事に復帰するとか絶対に無理だということに気づきました」

「アクト」より 提供:田中夢
「アクト」より 提供:田中夢

なにかうまくいくヒントが少しでいいのでほしかった

 そこから自身の見える世界が少し変わったという。

「自分が当事者というか、子どもをもつ女性という立場になったことで、小さなお子さんを連れているお母さんや、子どもをもちながら働く女性に、自然と目がいくようになりました。

 あと、同業者のことが気になったといいますか。SNSをチェックしてみると、子どもを育てながら、舞台にもきちんと出ている女優さんがけっこういらっしゃる。

 素直に『みんな、どうやって仕事と育児を両立させているのか?』と思って、ひとりひとり訪ねてお話を聴きたくなりました。

 当時は、自分がまったくできていない、だから、藁をもつかむ思いで、なにかうまくいくヒントが少しでいいのでほしかったんです」

働きながら育児をする女性や子連れということが想定されていない社会

 一方で、こんなことも考えたという。

「ちょっとどこの国のことだったのか、忘れてしまったのですが、ある日、テレビを見てたらある国の議場が映し出されました。

すると、前向きの抱っこひもをした議員がまだ小さな子を抱えながら、質疑に立っていたんです。さらに、もうひとり同じ格好をして議場に立つ議員がいた。

 衝撃を受けました。『こんなこと可能な国があるんだ』と。

一方で、この光景をみたときに、こうも感じたんです。『わたし、こういうことを求めていたんだな』と。

 先ほどお話したとおり、わたしは出産前、『子どもを産んでも、その子をおんぶして、大学の講義に出られる』と思っていた。

つまり、この国の議員さんのように子育てしながら社会で生きることができると考えていた。

 ところが現実はまったく違った。そう考えると、日本はいろいろな場面で、働きながら育児をする女性や子連れということが想定されていない。

 ただ、テレビに映ったこの国のように、女性が出産しても仕事への復帰に支障がないよう既に想定しているところもある。

 この違いはなんなのか?と思いました。

 そういった体験が、今回の映画『アクト』につながっていったところがあります」

(※第二回に続く)

提供:ぴあフィルムフェスティバル
提供:ぴあフィルムフェスティバル

「第44回ぴあフィルムフェスティバル in 京都 2022」

【会期】2022年11月19日(土)~27日(日) ※21日(月)休館

【会場】京都文化博物館 3階フィルムシアター

※「アクト」は、20日(日)17:30~南香好監督作品『幽霊がいる家』とともに上映

映画ライター

レコード会社、雑誌編集などを経てフリーのライターに。 現在、テレビ雑誌やウェブ媒体で、監督や俳優などのインタビューおよび作品レビュー記事を執筆中。2010~13年、<PFF(ぴあフィルムフェスティバル)>のセレクション・メンバー、2015、2017年には<山形国際ドキュメンタリー映画祭>コンペティション部門の予備選考委員、2018年、2019年と<SSFF&ASIA>のノンフィクション部門の審査委員を務めた。

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