「高校の敷地内に滑走路があったんです。」なでしこジャパン初選出のボランチ、國澤志乃が走れる理由。
【なでしこジャパン初選出】
黒髪のポニーテールが爽やかに揺れる。
次の瞬間、自陣ゴールに迫る相手選手に後ろからスライディングを仕掛け、ボールを奪い取った。相手は姿勢を崩して倒れたが、ノーファウル。的確なボール奪取に、オレンジ色に彩られたスタンドが沸いた。
7月9日に行われた、なでしこリーグカップ第6節。
AC長野パルセイロレディースの國澤志乃はボランチでフル出場し、対戦相手であるベガルタ仙台レディースの攻撃の芽を摘んだ。涼しげな佇まいと、ボールへの”執念”。そのギャップに驚かされる。
この試合の3日前、スウェーデンとの親善試合に臨むなでしこジャパンのメンバー21人が発表され、國澤は初選出された。なでしこジャパンの高倉麻子監督は選考の理由について、こう説明した。
「守備範囲が広いですし、ゲーム全体に関わっていける。非常に個の力が強い選手だなと感じました。今回、すごく面白い選手(の一人)だと思っています。未知数ではありますけれども、どれぐらいの力を発揮できるかな、と」(高倉監督)
【”長野旋風”を巻き起こした縁の下の力持ち】
國澤が所属するAC長野パルセイロレディースは今季、昇格1年目にしてリーグ前半戦を2位で折り返す快進撃を見せた。この”長野旋風”は、リーグ最多のホーム平均観客数(3238人/7月13日現在)という数字にも表れている。
好調を支えるチームの中心にいるのは紛れもなく、FW横山久美である。
公式戦15試合で、19ゴール。ドラマティックな逆転ゴールや難易度の高いゴールをいくつも決め、観客の度肝を抜き、魅了してきた。前述のベガルタレディース戦でも、1-1で迎えた終盤に40m以上あるのではないかという距離からの直接FKでネットを揺らし、逆転勝利を引き寄せた。運動量は多くないが、ゴールの近くでは他を寄せ付けない圧倒的な仕事ぶりである。
一方、豊富な運動量でチームを支えているのが國澤だ。
今シーズンはここまでフル出場で、休みなく走り続けている。選手層が厚いとは言えないチームの台所事情もあるが、パルセイロレディースを率いる本田美登里監督の信頼は厚い。
「國澤は呼ばれるべくして(代表に)呼ばれたと感じています。代表で求められるものとチームで求められるものは違うと思いますけれど、彼女の守備範囲の広さと、ボールを奪取する力はなでしこジャパンでも十分通用すると思うので、勇気をもってプレーしてほしいと思います」(本田監督)
パルセイロレディースは平均年齢が22歳と若く、チームは1部リーグで戦う厳しさを肌で感じながらも、試合を重ねるごとに進化しているように見える。その中で、國澤も1試合ごとに存在感を増している。
中盤で相手の攻撃の芽を摘んだかと思えば、最終ラインで身体を投げ出す。チャンスとみれば前線へのフリーランも厭わない。華やかな仕事ぶりとは言えないかもしれないが、涼しい顔で泥臭い仕事をこなす姿が、見る者の心を打つのも頷ける。
また、なでしこリーグではほとんどのチームがダブルボランチを採用しているが、國澤の守備範囲の広さとスタミナが、ワンボランチでの戦いを可能にしている。
國澤は4月に25歳を迎え、今回招集された代表メンバー21人の中でも中堅と言える年齢だ。そう考えると、代表では“遅咲きの花”とも言えるが、歩んできた経歴はユニークだ。
【滑走路で鍛えた走力】
國澤は地元・高知県の少女サッカークラブ、高知JFC.ROSAでサッカーを始め、中学2年の時には日本サッカー協会が主催するナショナルトレセン(トレーニングセンター)※に選ばれるなど、早くも頭角を現した。
中学卒業後は、日本航空高校(山梨県甲斐市)に、女子サッカー部の1期生として入学。90分間衰え知らずのスタミナは、高校時代のトレーニングに秘密があった。
「日本航空高校の敷地内に、飛行用の滑走路があったんですよ。しかも長い長い直線で、ずっと見えているからズルもできないんです。指導者からしたら、『(こんなにいい直線があるんだから)走るしかないだろう!』って。選手からしたら、『なくしてください!』って感じでした(笑)滑走路がある分、外周も広かったんです。あのトレーニングは効きましたね。それに、女子サッカー部の一期生だったこともあり、高校1年生の時から全国大会など試合に出させてもらっていた経験も大きかったですね」(國澤)
高校3年時の全日本高校女子サッカー選手権大会で、日本航空高校は準決勝まで勝ち上がった。チーム創設からわずか3年で、全国的な強豪へと導いたのだ。
そして、高校卒業後はアメリカへの留学を決断した。自ら道を切り拓き、進んで行ったその行動力が頼もしい。
「まずは短大でプレーして、短大を卒業してからセミプロのチームに行って、四年制大学でプレーしました。アメリカは大学の数だけチームがあるので。300〜400チームもあるんです。いろいろなカテゴリーでプレーして、レベルもバラバラだったんですが、身体の当たりの強さや、長い足が伸びてくるところは『アメリカならでは』でした。(自分の)当たりの強さは、アメリカで身に付いたと思います」(國澤)
大学を卒業し、同時にアメリカでのサッカー挑戦を終えると、14年にパルセイロレディースに加入。現在は、平日は午後3時まで長野放送(編成業務局業務部)に勤めながら、サッカーと2足のわらじを履く生活を送っている。
※育成年代で全国から選抜された選手による強化合宿
【世界へ】
國澤は、なでしこジャパンの初選出をどんな思いで受け止めたのだろうか。
「(選ばれたと聞いた時は)嬉しさよりも、『大丈夫かな?』という不安が先にきて…それが率直な気持ちでした。私は、横山(久美)みたいにドリブルやボールキープが上手いわけでもなく、目立つプレイヤーではないと思うんですけれど、守備では相手の攻撃の芽を潰すところで持ち味を出していきたいです」(國澤)
シーズンも半分を終え、1部リーグでの戦いにようやく慣れてきたところで、突然巡ってきた大きなチャンス。不安を感じるのも無理はないが、それも一時的なこと。
「どんな試合も緊張はしません。いつも『やってやろう』という気持ちで臨んでいます」(國澤)という強い心の持ち主でもある。
なでしこジャパンの中盤は、特に競争が激しいポジションだ。W杯優勝(2011)からの5年間は、澤穂希、宮間あや、阪口夢穂ら、世界一を牽引した錚々たるメンバーが名を連ね、成熟したチームに新たな選手が入る余地はなかった。
だが、4月になでしこジャパンの新たなリーダーとなった高倉麻子監督は、すべてのポジションに指定席を作らず、競争を活性化させている。新体制の初陣となった6月のアメリカ遠征では、宇津木瑠美(シアトルレインFC/アメリカ)、川村優理、佐々木繭(ともに仙台L)、中里優(日テレ)らを新たなボランチ候補として起用した。
そんな中、初招集の國澤がどんなプレーを見せてくれるのか、実に楽しみである。
「すべてが初めてなので、どうなるか分かりませんが、パルセイロレディースと一緒で私もチャレンジャー。パルセイロレディースの誇りを持って、精一杯チャレンジしてきます」(國澤)