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快進撃を続ける長野パルセイロ・レディース。昇格1年目の”長野旋風”とは?

松原渓スポーツジャーナリスト

なでしこリーグ1部に今季から昇格したAC長野パルセイロ・レディース(以下:長野L)が”旋風”を巻き起こしている。

3月に開幕したなでしこリーグで、8試合を終えて5勝1分2敗の3位(5月10日現在)。

昨年女王の日テレ・ベレーザ(首位)、皇后杯優勝のINAC神戸レオネッサ(2位)に続く3位と、新鮮な驚きをもたらしているのだ。しかも、首位との勝ち点差は「3」。リーグ戦は18試合あるため、これからが佳境となるが、現状では優勝争いも狙える位置につけている。

昇格1年目としては異例の勢いもさることながら、驚くべきは、その試合内容だ。

8試合で決めたゴールは「21」。一方、失点も「15」と、どちらもリーグトップの数字だ(失点は1位タイ)。

うち6試合が、得点・失点合わせて4点以上というシーソーゲームになっており、試合を観戦した人の満足度もかなり高かったのではないかと推測する。

5月8日のリーグ第8節では、W杯優勝メンバーら代表選手を大勢抱えるINAC神戸レオネッサと対戦。前半0-2とリードされたところから、後半3点を奪って逆転勝ち。下馬評を覆し、その勢いが本物であることを示してみせた。

観客数も群を抜いている。

今季のホーム平均観客数は3502人。先週のINAC戦では、今季リーグ最多の6733人を記録した。

2011年ドイツW杯で優勝した年のなでしこリーグの平均観客数が2796人。そう考えると、この数字のすごさを実感する。そのサポーターの強力な応援に後押しされたパルセイロLは今季ホーム5試合を全勝している。アウェイでは2敗1分けと勝てていないのだが、内弁慶っぷりもまた、このチームの個性であり、魅力かもしれない。

南長野運動公園総合球技場
南長野運動公園総合球技場

話は変わるが、サッカーにおける魅力的なチームの条件を考えてみると、以下のようなことが浮かび上がってくる。

・「見に行きたい」と思わせる選手(スター)がいること。

・魅力的なサッカーをしていること。

・「また行きたい」と思わせるホーム(スタジアム)があること。

長野Lは、まさにこの3点を満たしているチームだ。

以下、一つずつ検証してみたい。

見に行きたいと思わせるスター選手は?

長野Lのスターと言えば、誰もが声を揃えるだろう。

背番号10、FW横山久美である。

2010年のFIFA U-17女子ワールドカップで6人抜きからスーパーゴールを挙げ、衝撃を与えた。同ゴールはバルセロナのメッシらと共に同年のFIFAが発表した年間最優秀ゴール賞(プスカシュ賞)候補10ゴールにノミネートされている。2部で戦った14、15年はともに30得点以上をあげて得点王(2部)を獲得。今年3月のリオ五輪予選メンバーにも選ばれ、既にA代表のキャップ数は「10」、ゴール数も「4」となった。そして、今季、リーグ戦8試合で既に10ゴールを挙げており、得点ランキングを独走中だ。

当然、マークも厳しくなっているのだが、ペナルティエリア内では、「分かっていても止められない」怖さを持っている。ボールを受けてからシュートを打つまでの判断が速く、ドリブルも独特のリズムと緩急を持っているため、ディフェンダーは簡単に飛び込めない。かといって、少しでも余裕を与えてしまえば、どんな体勢からでもネットを揺らす。

先週のINAC戦でも、厳しいマークに遭いながら、わずかなチャンスをものにして1ゴール2アシストと結果を残した。ゴールだけでなく、アシスト数も現在リーグトップの「5」だ。

横山がボールを持つと、スタジアムが揺れる。今後は、代表でもより一層の活躍が期待されている。

そしてもう一人、今季チームをフル出場で支えている立役者がいる。

背番号6、國澤志乃。

09年には世代別代表に選ばれ、高校卒業後の2010年にアメリカにサッカー留学し、パルセイロレディースには14年から加入している。ポジションはボランチだ。なでしこリーグではほとんどのチームがダブル(2)ボランチを採用しているが、パルセイロLはワン(1)ボランチを採用している。近年でワンボランチを採用していたチームというと、2011〜12年のINACが記憶に新しい。リーグを連覇したそのチームでワンボランチを務めていたのは、ほかでもない、澤穂希だった。

ボランチを1人でこなす負担は大きいが、それは指揮官の信頼の表れでもあるだろう。國澤は守備での貢献度もさることながら、アシストとゴールも記録している。体幹がしっかりしているせいか、空中戦にも強く、試合終盤になっても運動量が落ちない。パルセイロLの試合を観る際は、ぜひ注目してもらいたい選手だ。

長野Lのサッカーとは?

長野Lのサッカーは、冒頭に上げた数字に表れているように、ゴールが多い反面、失点も多い。

観客にとっては「0-0」の試合よりも「4-3」の試合の方が満足度は高いだろうが、サポーターの立場で考えるなら、毎回ハラハラして心臓に悪そうだ。しかし、だからこそ勝った時の嬉しさや満足感は何倍にもなるのだろう。

1試合平均2.6ゴール(ホーム5試合平均は3.2)と、大量ゴールを上げ続けているのには理由がある。

「なでしこリーグは10チームそれぞれに特徴があると思うんです。我々は下から上がってきた新参者のチームですが、INACのようなプレーはできないし、ベレーザのようなサッカーはできない。長野は長野なりに、お客さんが楽しんでもらえるような、ワクワクハラハラドキドキのサッカーをしたい。90分見終わって『はぁ~!』と肩の力が抜けるぐらい(笑)長野の方々にまだまだ女子サッカーが馴染んでいない分、そういった形で楽しんでもらえるような試合をしたい。そのために自分たちの特徴を出すサッカーをしていきたいんです」

そう話すのは、指揮官の本田美登里監督だ。

黎明期の日本女子代表でプレーした本田監督は、なでしこジャパンの新監督に就任した高倉麻子監督とは第1回女子ワールドカップ(1991)のチームメートでもあり、ともに女子サッカーを支えてきた指導者の先駆的存在だ。

現在、パルセイロLと同じく1部リーグに所属する岡山湯郷ベルの初代監督でもあり、2001年から宮間あや、福元美穂らを指導。2003年にLリーグ(現在のなでしこL)に参入してわずか2年で1部昇格を果たしている。パルセイロLの監督就任は2013年。ここでも3年で1部昇格という結果を出した。

男子に比べて、女子は注目度や人気が代表(なでしこジャパン)の結果に大きく左右される。なでしこジャパンがリオ五輪予選で敗退してしまった今、地方都市からも女子サッカーを盛り上げていきたいと、指揮官は話す。

現役時代のポジションはサイドバックで、怖いもの知らずのファイターだった指揮官の「イズム」は、選手たちに浸透している。

INAC戦では逆転した後も守りに入ることなく、4点目を取りにいくアグレッシブさにはさすがに驚いた。

前線は横山久美を頂点として、大宮玲央奈、泊志穂、齋藤あかね、児玉桂子といった攻撃的な選手が並ぶ。細かく流麗なパスワークで崩すというよりは、荒削りだが多少強引にでも勢いを持ってシュートまで持ち込める迫力が魅力だ。

「ゴール前では『勝手に(好きなように)やって』と(選手に)言ってます。ただ、どの選手にもしつこく言っているのは、「ボールを持ったら前を向け」ということと、「なんでシュートじゃなくてパスなの?」と。そこはうちのチームの特徴として出したい部分でもあります」(本田監督)

ゴール前で相手のプレッシャーを受け、バックパスを選択しそうな場面や、プレッシャーの薄いサイドへのパスを選択しそうな場面でも、安易にボールを下げない。特にペナルティエリア内ではどの選手も積極的に打ちに行く姿勢が印象的だ。

かつて共に戦った恩師について、宮間あやはこう話す。

「女子サッカーの大先輩で、私たちにこういった場を築いてくださった方でもありますし、選手に選択肢を与えてくれる監督です」

そして、なでしこジャパンのキャプテンとして世界一にもなったかつての教え子の活躍を、指揮官は温かい目で見守り続ける。

「私の元で、私の言う通りに育っていたら、決してバロンドールの候補に挙がるような選手にはならなかったと思います。好きなようにやらせてあげた。イコール、彼女のセンスなんですよ。彼女の最大限の持っている素質を彼女自身が引き出したと思います」

現役時代から、良いことも悪いことも含めて、女子サッカーが直面する様々な現実に触れてきたからこそ、選手にとって何が必要かも分かる。なでしこリーグはほとんどの選手がアマチュアで、パルセイロLも例外なく、昼間はクラブスタッフや企業で社員として働く選手が多い。そのため、以前は夜6時からの練習だったが、冬の寒さやコンディション面への影響も考え、各企業の協力も得て4時からの練習時間を確保した。

ホームスタジアムの魅力

そして3つ目が、ホームスタジアムの魅力だ。

高校野球の聖地と言われる甲子園球場や、プレミアリーグの強豪マンチェスターユナイテッドのオールドトラッフォードなど、「魔物」が棲むと言われる球場やスタジアムがある。劇的なドラマを生んだり、特定のチームがそのスタジアムでは勝てなかったり…という時に使われる常套句でもあるが、その魔物の正体は何か?と言われると、説明が難しいものだ。

トップチームのパルセイロと共に、レディースもホームとしているのが南長野運動公園総合球技場。

観客席とピッチは近く、選手との距離感の近さは、なでしこリーグの中でもトップクラスの魅力を備えたスタジアムだ。

南長野のスタジアムにも、たしかに「何かが起こりそう」な雰囲気がある。そして、筆者は2週立て続けに、その”魔物”を見た。だが、その正体は、まだつかみきれていない。

試合前、ゴール裏にはチームカラーのオレンジ色のタオルマフラーが一斉に掲げられる。場内ビジョンには1部に昇格するまでの戦いぶりがドラマチックに流され、スタジアムの雰囲気を高めていく。一つ一つの演出が、スタジアムの空気を変えていく。それらすべてが、ドラマを生む伏線になっているのだろう。

勢いに乗る長野Lが今週末対戦するのは、昨シーズンのリーグ女王、日テレ・ベレーザ。

「(南長野のスタジアムは)ピッチに立っている自分たちだけじゃなくて、サポーターと一丸になっている、どこのチームにもない雰囲気だと思います。首位のチームに自分たちがどれだけできるか。ボールを回される(時間が長い)と思いますが、自分たちらしく、泥臭くやりたいです」(横山久美)

そう話す横山は、今シーズン決めた10得点のうち、8得点をホームで決めている。

今週末は男子トップチームもホームで試合を開催する。ダブルヘッダーとなる。レディースの試合は11:30〜、トップチームが18時〜と、多少間が空くものの、先週を超える多くのファンが集まることが予想される。

それも、パルセイロLにとっての追い風となることだろう。

スポーツジャーナリスト

女子サッカーの最前線で取材し、国内のWEリーグはもちろん、なでしこジャパンが出場するワールドカップやオリンピック、海外遠征などにも精力的に足を運ぶ。自身も小学校からサッカー選手としてプレーした経験を活かして執筆活動を行い、様々な媒体に寄稿している。お仕事のご依頼やお問い合わせはkeichannnel0825@gmail.comまでお願いします。

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