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あなたが企業の社長ならどう判断?健康被害のない食品を回収することをSDGsと食品ロスの観点から問う

井出留美食品ロス問題ジャーナリスト・博士(栄養学)
(写真:Natsuki Sakai/アフロ)

輸入大麦の残留農薬が基準値を超えていたとして、それらを原料として使用していた複数の食品企業が自主回収(リコール)を発表した。食品衛生法では、原材料で残留基準を超えていた場合、これを使って食品を製造してはいけないことになっている。健康被害がないが「万全を期すために回収します」と発表されていた。厚生労働省の公式サイトには食品衛生法に違反する食品の回収情報があり、日付順にリストが掲載されている。

食品企業の自主回収の報道は、インターネットのニュースや新聞のお詫び広告などで目にする。消費者としては「ああ、またか」ぐらいの認識だろう。だが、当事者である食品企業にとっては、とてつもない負荷がかかるし、失うものも甚大だ。筆者は食品メーカー勤務時代、複数回、自主回収を経験している。食品メーカーが自主回収することのマイナス面は、とても多い。特に「健康被害がない」とわかっていながら自主回収を行なうことについて、SDGs(持続可能な開発目標)と食品ロス削減を念頭に置いて、考えてみたい。

SDGs(持続可能な開発目標)の12番目のゴール「つくる責任 つかう責任」(国連広報センター)
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食品を回収することのデメリット

まず、スーパーマーケットやコンビニエンスストアなど、自社商品を販売してくれている小売店での棚のスペースを失う。もちろん、回収は一時的なものではあるが、その間に、競合メーカーが棚を占拠するので、棚のスペースを取り戻すのは容易ではない。筆者の経験でも、回収せざるを得なくなった商品が棚を失い、その後も棚に戻ることができずに、結局は終売(しゅうばい)となり、商品の運命を終えたものがあった。消費者からの評判が良く、味も栄養価も優れていたので残念だった。

次に、回収の理由や背景にもよるが、せっかく積み上げてきた企業やブランドなどの信頼性を失うことが挙げられる。回収を行なうことが報道されると、広く消費者にも企業名や製品名が知られることとなる。「ああ、あの会社のあの製品ね」と、ネガティブな面をマーケティングするような形になる。社員は、小売店や卸店など、負担をかけた取引先へのお詫びにも廻ることになる。

そして、当然だが、その間の売り上げを失う。回収費用もかかる。20,000個を回収するのに5,000万円の費用がかかるとの試算もあるし、億単位の損失の場合もある。

経験者としては、社員の心身の疲弊も相当なものだと感じる。

筆者は2000年、乳業会社による食中毒事件が起こった1ヶ月後と2ヶ月後に自主回収を経験した。あの年は、食品業界全体の信頼性が失墜し、普段なら問題にならないようなこと(たとえば箱の中の袋に入っているはずの食品のうち1粒が、袋と箱の間にこぼれていた、など)でも、消費者が神経質になっていた。毎日のように食品企業がお詫び広告を出していた。当時、何十人も入れる会議室が、宅配便や郵便で送られてきた回収製品で、またたく間に一杯になった。他社品を間違えて送ってくるケースも多かった。筆者は自主回収を行なった当時、お客様対応業務を兼任していた。朝7時から夜10時までの15時間電話を受け続ける、というのを2日間連続で行なった。朝早くは年配者からの電話が多く、夜は勤務者からの電話が多かった。戻ってきた製品を、開けてはゴミ袋に捨て、開けては捨て・・・の繰り返しは、切なかった。

自主回収の対象品で健康被害の恐れがない場合、基本的には食べられるものなので、食品ロスが大量に発生することになる。今回のシリアルの場合だと、200gの製品を310,000袋回収するとのことなので、単純計算で62トンが食品ロスになる。これに、ヨーグルトにシリアルが組み合わさった製品が加わる。毎日新聞社は、2016年6月付の記事で、食品の自主回収を漫画で解説しており、健康被害の恐れはないのに…過剰反応が無駄なロスを招く?と見出しをつけている。

マイナス面は、自主回収を行なう当事者である食品企業にとどまらない。社会への影響も大きい。廃棄が増えることにより、環境への負荷が増える。公益社団法人日本技術士会の横山勉氏は、一般社団法人日本農林規格協会(JAS協会)の「JAS情報ピックアップ」「食品リコールを考える」の中で、「もったいないの精神に目一杯反するのが食品リコールではないだろうか」とし、「製造に費やした原材料や資源・エネルギーが無駄になるだけではない。回収とそれに続く廃棄処分にさらなるエネルギーが費やされ、環境負荷を増大させる。これほど愚かな行為が日常的に多発している」と訴えている。確かに、自主回収は、突然起こったことに対して緊急の対応が求められるため、社員への心身の負荷が非常に大きい。働き方改革を目指しても、自主回収を行なう期間は、なかなか叶わない。三菱総合研究所は、調査レポート「CSRから考える食品回収 〜食品の回収・廃棄と安心に関する研究プロジェクトからの提言〜」の中で、『健康被害のない食品の回収は、賞味期限の設定など他の要因とも重なり、食することのできる食品の廃棄量を増やし経営上の重要な課題となっていることは、社会全体の課題ともいえる』と述べている。

参考資料:

CSR から考える食品回収 ~食品の回収・廃棄と安全・安心に関する 研究プロジェクトからの提言~(三菱総合研究所)

SDGs(持続可能な開発目標)の8番目のゴール「働きがいも 経済成長も」(国連広報センター)
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食品問題の専門家である科学ジャーナリストはどう考えるか

何かの問題を考える時、「Pros/Consを挙げてみよう」と言う場合がある。もともとはギリシャ語・ラテン語から由来した、賛成(Pro)と反対(Con)の複数形の意味だが、そこから転じて、メリットとデメリットの両方を考えるという意味で使われることが多い。健康被害がない食品を回収することのデメリットは前述した。ではメリットは何だろう。

BuzzFeedJAPANが7日に配信した記事「輸入大麦の残留基準超え、心配しなくていい理由 子どもが食べても問題ありません」には、科学ジャーナリストの松永和紀さんの寄稿記事が掲載されていた。松永さんは、食に関する様々な情報を科学的根拠に基づいて提供している。松永さんは、「自主回収なんてしなくてよいのでは、という意見も聞きます。私もそう思います」とし、知人の厚生労働省の方に、以前、「わずかな量しか含まれていないのに回収廃棄なんて、もったいなさすぎますよ。もう回収しなくていいではありませんか。Q&Aを改訂してくださいよ」と頼んだ話を書いている。回答は「絶対ダメ」だったそうだ。回収しなくてよいとなれば企業の実害がなくなり、基準値超過事例が増えるかもしれない。だから一旦、違反が起きたら、行政に怒られ、自主回収で実害甚大・・というシステムが日本では有効なのだ、と。となると、メリットとしては、業界全体に重圧をかけ、基準値超過などの違反事例を無くすことができること、となるのだろうか・・・。

SDGs(持続可能な開発目標)の7番目のゴールは「エネルギーをみんなに そしてクリーンに」(国連広報センター)
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今回の回収の記事に対し、筆者は「元食品企業として理解はできるが、健康被害がないものを回収して廃棄するのはもったいない」とコメントした。そうしたらツイッターで「頭おかしい。脳みそどうかしてる」「コイツ消費者を完全に舐めてる」などと書かれていた。ツイッターで、筆者のフルネームと「食品安全」というワードで検索すると出てくる、食品企業の品質管理を担当しているという匿名の男性は、2018年1月、筆者のフルネームを挙げ「食品ロスの削減を訴えるあまり食品安全を軽視しているのではないかと思えるところも多々あり、看過できない」と書き込んでいた。著書にはそのようなことを書いていないし、そのような意図はない、と、ご本人に伝えたが、このツイートは残されたままで、筆者が会ったことがあり社名も個人名も知っている男性までもがリツイートしている。ご自分たちは、企業名も個人名も伏せた ”安全地帯” から批判するから「リスクを回避」し、何の問題もないのかもしれないが、こちらは何の後ろ盾もない個人としてたった一人で仕事をしているので、事実と違うことを実名で書き込まれ、それが拡散するような行為をされると非常に困惑する。もったいないと書くと批判され、食品ロスを減らすことを謳うと、一部のメディアの大袈裟な取り上げ方を引き合いにして「食品安全を軽視している」と言われる。そう考えると、健康被害がなくとも「念のため」「万全を期して」回収することのメリットとしては、「批判されないこと」なのかもしれない。心の中では「もったいない」と思っても、とりあえず黙っておけば、誰も批判はしない。

下記BuzzFeedJAPANの元記事は、輸入大麦の残留農薬の基準値超えについて、なぜ心配しなくていいのか、子どもが食べても大丈夫と言えるのか、根拠に基づいた松永さんの寄稿記事が掲載されており、参考文献も挙げられているので、ぜひ読んで頂きたい。

参考記事:

輸入大麦の残留基準超え、心配しなくていい理由 子どもが食べても問題ありません(BuzzFeedJAPAN 寄稿:松永和紀氏)

輸入大麦の残留基準超え、心配しなくていい理由」Yahoo!ニュース転載

国はどう考えているのか

国は食品の自主回収についてどう考えているのか。内閣府の公式サイトには2013年8月に発行された消費者委員会 消費者安全専門調査会による「食品リコールの現状に関する整理」が掲載されており、「健康危害の度合いによるリコールの判断基準の明確化の検討が必要」「リコールへの自主的な取り組みのためのガイドラインや国内・国際規格の策定を引き続き検討することを要望する」などといったことが述べられている。

食品は、比較的短期間(消費・賞味期限内)に消費されてしまうことや、個体差(体質や体調等)があるため事故との因果関係の特定に時間を要したりする等の特殊性を踏まえ、事故の拡大防止・未然防止を図るより効果的なリコールのあり方について、 以下の検討が必要と考えられる。

・事故情報・不具合情報の一元的収集体制の整備。

・健康危害の度合いによるリコールの判断基準、実施方法、実施主体等の明確化と迅速性

の確保。

・食品表示法に、安全性に重要な影響を及ぼす場合には回収命令の規定が入ったことを受け、施行令(政令)、府令、ガイドライン等における回収規定の整備の必要性。

出典:「食品リコールの現状に関する整理」

「食品リコールの現状に関する整理」消費者委員会 消費者安全専門調査会 2013年8月

第26回 消費者安全専門調査会(2013年8月22日開催)

食品衛生協会はどう考えるか

食品事業者向けに衛生指導などを行う公益社団法人日本食品衛生協会。「FOODS CHANNEL(フーズチャンネル)」のインタビュー記事では、まず、最初に何を行なうべきか、ということに対し

「まず、苦情の内容や事故原因から、消費者への健康危害の恐れがあるのかどうかを調査し、併せて、法令違反の有無や、自治体の条例(自主回収報告制度における報告義務)に該当する問題かどうかを判別します。自社で判断できない場合は、すみやかに地域を管轄する保健所へ連絡し、指示を仰いでください。そこで、自主回収すべきかどうかも含めて、的確なアドバイスがもらえるはずです」

出典:FOODS CHANNEL(フーズチャンネル)知っておきたい食品リコール(前編)~増える食品事故と自主回収の判断基準

と答えている。やはり

消費者への健康危害の恐れがあるかどうか

は、最初に考えるべき点だと言える。また、自主回収実施の判断材料としては、

1、健康危害の程度(被害の質・重大さ)

2、法令違反の恐れ

3、商品の異常の範囲(事故の拡大可能性)

4、社会的影響(コンプライアンスや企業のブランドイメージ)

の四つが挙げられている。

知っておきたい食品リコール(前編)~増える食品事故と自主回収の判断基準

知っておきたい食品リコール(後編)~事故事例からみた回収コストと周知方法

食品製造には水資源も多く使われ、ハンバーガー1個の原材料をつくるのに使われる水(バーチャルウォーター:仮想水)は2,400リットルから3,000リットルに及ぶ(SDGsの6番目)(国連広報センター)
食品製造には水資源も多く使われ、ハンバーガー1個の原材料をつくるのに使われる水(バーチャルウォーター:仮想水)は2,400リットルから3,000リットルに及ぶ(SDGsの6番目)(国連広報センター)

「安易なリコールは見直そう」食のリコールガイドラインの提案 ~持続可能な未来のために~

(社)日本消費生活アドバイザー・コンサルタント協会(NACS)が提案している「食のリコールガイドラインの提案 〜持続可能な未来のために〜」は、非常に有意義な内容である。2010年10月に、常任理事の古谷由紀子さんが安易なリコールを見直そう 「食のリコールガイドライン」の提案を発表しており、2011年2月16日に開催された消費者志向NACS会議でNACS消費生活研究所の森田満樹さんが発表している。森田さんは、前述の松永和紀さんが長く代表を務めていた、科学的根拠に基づく食情報を提供するFOOCOM.NET(フーコム)の代表を2016年6月から務めており、第一回食生活ジャーナリスト大賞「ジャーナリズム部門」を受賞している。

「食のリコールガイドラインの提案」では、6つのガイドラインを定めることが提案されている。

ガイドライン1 回収の判断基準は、消費者への健康被害の可能性があるかどうかで決める

ガイドライン2 事業者は環境配慮および経済的損失に配慮する

ガイドライン3 回収の判断主体者は事業者とする

ガイドライン4 事業者と行政は消費者への注意喚起と適切な行動を促す

ガイドライン5 事業者は説明責任を果たす

ガイドライン6 適切な回収の実効性を確保するためのデータベースを構築する

出典:食のリコールガイドライン(日本消費生活アドバイザー・コンサルタント協会)

やはりここでも第一に考えることは

消費者への健康被害の可能性があるかどうか

である。

そして、健康被害の可能性がある場合は当然、回収するが、健康被害の可能性がない場合は「回収せず、新規販売停止」することを提案している。その方が、環境負荷や労働者の負担、食品ロスの発生は軽減できる。筆者も、この提言に賛成する。

参考記事:

持続可能な社会のため「食のリコールガイドライン」を提案(フーコム)

SDGs(持続可能な開発目標)(国連広報センター)
SDGs(持続可能な開発目標)(国連広報センター)

20年近く前から何度も提言されてきた「健康被害の有無を第一に考える」こと

筆者は1997年から2011年まで食品メーカーに勤めており、その間、多くの回収事例を目の当たりにしてきた。中でも2000年の大手乳業メーカーの食中毒事件は最も大きな影響を与えたものだろう。それ以外にも多くの報道がなされ、そのたびに、全く健康被害がないものでも自主回収されてきた。その過剰さを懸念し、省庁で作られたガイドライン(冊子)が配られた。そこでも「自主回収するかどうかの判断基準は健康被害の可能性の有無」と書いてあった。配布されたのは2000年代前半だった。あれから20年近くが経ち、食品ロス削減の機運も高まってきた。国連サミットではSDGs(持続可能な開発目標)も採択され、世界中の先進企業がこれら17の目標に向けて動いている。健康被害がない食品の自主回収の判断基準については、安全性とともに資源活用や環境負荷を天秤にかけて考え、改めて検討する余地があるのではないだろうか。

食品ロス問題ジャーナリスト・博士(栄養学)

奈良女子大学食物学科卒、博士(栄養学/女子栄養大学大学院)、修士(農学/東京大学大学院農学生命科学研究科)。ライオン、青年海外協力隊を経て日本ケロッグ広報室長等歴任。3.11食料支援で廃棄に衝撃を受け、誕生日を冠した(株)office3.11設立。食品ロス削減推進法成立に協力した。著書に『食料危機』『あるものでまかなう生活』『賞味期限のウソ』『捨てないパン屋の挑戦』他。食品ロスを全国的に注目させたとして食生活ジャーナリスト大賞食文化部門/Yahoo!ニュース個人オーサーアワード2018/食品ロス削減推進大賞消費者庁長官賞受賞。https://iderumi.theletter.jp/about

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