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ヒズブッラー(ヒズボラ)は北朝鮮のトンネルでイスラエルを襲う(かも)

髙岡豊中東の専門家(こぶた総合研究所代表)
ヒズブッラーの博物館では、かつて使用したトンネルの見学もできた(筆者撮影)

 2024年7月30日~31日にイスラエルが仕掛けた攻撃により、現在の中東の武力衝突は新たな局面に入った。また、7月20日には前日のテルアビブへの攻撃で死者が出たことへの報復としてイスラエルがイエメンのフダイダ市を攻撃しているし、30日未明にアメリカ軍がイラクのバグダードの南方のバービル県で人民動員隊の無人機の製造・試験施設がある拠点を攻撃して隊員複数が死亡した。イラクでのアメリカの行動は「抵抗の枢軸」陣営からはイスラエルへの無人機を用いた反撃の可能性を事前にたたく攻撃とみなされている。今後の展開(特に「イランの報復」や「ヒズブッラーの報復」なるものの規模や質)を観察する際は、各地の紛争が一体であることを改めて意識すべきだ。初期の反応で注目すべきは、ヒズブッラーのナスルッラー書記長が8月1日に今般の攻撃でイスラエルに暗殺された同派幹部の葬儀で放映された演説で「(幹部の暗殺で)ガザ地区、パレスチナ人民、パレスチナ問題への我々の支援の代償だ。我々はこの代償を受け入れる。・・・イスラエルとの対決は、もはや支援の諸戦線ではなく、ガザ地区、南レバノン、イエメン、イラク、イランに舞台が開かれた大きな戦いである」と述べたことだ。

 これまでも指摘してきたとおり、「抵抗の枢軸」陣営は互いに仲間と心中するつもりが全くない程度に強い絆で結ばれた当事者たちの連合である。ヒズブッラーが南レバノンでの交戦を「ガザをはじめとするパレスチナ人民への支援」と位置付け、自らは決してこれまでに形成されたイスラエルとの交戦の「ルール」から逸脱しようとしなかったことがその何よりの証左だ。ここで、ナスルッラー書記長自身が戦いはもはや「支援」ではないと宣言したのだから今後はヒズブッラーがより主体的、かつ自らの存亡をかけたものとしてイスラエルと対決する恐れも出てきた。ただし、ヒズブッラーはもちろん「抵抗の枢軸」陣営の誰もが、イスラエル・アメリカと全面戦争して勝てるなんて思っていない。7月31日以降のヒズブッラーの戦果発表も、「ガザ地区で頑張るパレスチナ人民を支持し、パレスチナ人民の勇敢な抵抗運動を支援して…」といういつも通りの形式で書かれている(この形式でない戦果発表が出てきたら恐ろしいことが起こっている可能性があるということ)。また、現実の問題としてヒズブッラーが選択可能な反撃の手段は限られており、この点は「抵抗の枢軸」全体を計算に入れてもたいして変わらない。

 そんな選択肢の中で、紛争の強度や範囲を最も大きく拡大しうるのはヒズブッラーの要員が多数イスラエルに潜入して襲撃や拉致作戦を実行することだ。潜入の手段としても有力なのが、ヒズブッラーが北朝鮮の技術支援を受けてシリアからレバノン、そしてイスラエルにかけて掘削した長大なトンネル網らしい。7月30日の『ナハール』(キリスト教徒資本のレバノン紙)は、イスラエルの報道や分析を基にトンネルについて要旨以下の通り報じた

*ヒズブッラーは、過去18年間(注:2006年のイスラエルによるレバノン攻撃以来、という意味らしい)イランと北朝鮮からの支援を受けてハマースのトンネルをはるかに上回る濃密で複雑なトンネル網の構築に成功した。

*岩盤の下の地下深くに、数百kmのトンネル網がある。イスラエル軍は2018年に、「北の盾」作戦を実施し6本のトンネルを大量のコンクリート注入や爆破によって使用不能にした。イスラエルでは現在も使用可能なトンネルがあると恐れられており、数カ月前にはレバノンとの境界から10kmほど離れたイスラエル北部沿岸の町でトンネルを探すための掘削作業が40件以上行われた。

*2018年に破壊されたトンネルは、深さ55mで、物資運搬用の線路を備えていた。ナスルッラー書記長は2018年のイスラエル軍によるトンネル破壊作戦について、発見されていないトンネルが複数あると述べていた。

*ヒズブッラーのトンネルには、イスラエルに潜入して軍事拠点や入植地を制圧するとともに、救援に来た部隊を攻撃するためのものがある。これに加えて、地域的・戦略的な広大なトンネル網があり、ベイルート、ベカーウ地区、南レバノンのヒズブッラーの拠点を結んでいる。トンネル網構築事業は、北朝鮮の顧問が直接支援した。トンネル掘削は、イラン企業の監督の元北朝鮮の企業が施工し、現場の作業はヒズブッラー傘下の建設会社の「建設ジハード」が行った。イスラエルは、「建設ジハード」は1988年に設立されたイランの「建設ジハード機構」の支部であると考えている。

*ヒズブッラーの戦略トンネルは、指令室、物資や弾薬の貯蔵庫を備えている。また、ロケット弾、地対地ミサイル、対戦車ミサイル、対空ミサイルが発射可能な銃眼を備えている。これらは地上からは発見不能で、使用の際も速やかに開閉できる。

 この記事に従えば、イスラエル軍は2006年のレバノンと現在のガザ地区で、ヒズブッラーが擁するとされるトンネル網よりもはるかに小規模なトンネル網に苦しんでおり、現時点でのレバノンへの大規模な地上侵攻が難しいと予想することができる。一方、ヒズブッラーが本当に攻撃用トンネルを使用してイスラエルに潜入するような局面は、本当に存亡の危機か、トンネルを使って攻撃することがレバノン世論から支持されるくらいの規模の破壊と殺戮があった時だろう。仮想敵国や紛争当事者の軍備に関する情報は、敵の攻撃を抑止するために流す情報もあれば、軍備や情報機関の増強を促す予算獲得のために流す情報もあり、ヒズブッラーのトンネルについての情報がどのくらい正確なのかは不明である。これほど高度なトンネル網が本格的に戦闘に使用される時が来ないことを祈るしかない。

中東の専門家(こぶた総合研究所代表)

新潟県出身。早稲田大学教育学部 卒(1998年)、上智大学で博士号(地域研究)取得(2011年)。著書に『現代シリアの部族と政治・社会 : ユーフラテス河沿岸地域・ジャジーラ地域の部族の政治・社会的役割分析』三元社、『「イスラーム国」がわかる45のキーワード』明石書店、『「テロとの戦い」との闘い あるいはイスラーム過激派の変貌』東京外国語大学出版会、『シリア紛争と民兵』晃洋書房など。

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