シリア:ジャウラーニーの正体不明の取り巻き達
アサド政権崩壊後、近隣諸国だけでなくこれまでアサド政権の打倒を画策し続けてきた諸国の外交団も続々とダマスカスを訪問し、「新政権の司令官」アフマド・シャラ(アブー・ムハンマド・ジャウラーニー)氏と会談した。また、外相、国防相をはじめとする暫定政府の閣僚やその代行者の任命や彼らの活動についての報道も現れるようになってきた。新政権の陣容や顔ぶれは、外国や国際機関だけでなくシリア人民にとっても重大な関心事だろう。しかし、ことは誰が閣僚かわかれば万事うまくいくような簡単なものではない。というのも、アサド政権の「独裁」のメカニズムともいえる、シリアの権力の二重構造が、シャーム解放機構(旧称:ヌスラ戦線。シリアのアル=カーイダ)とジャウラーニーものとで再生産されつつある模様だからだ。
2024年12月20日付『ナハール』(キリスト教徒資本のレバノン紙)は、アブドゥッラー・スライマーン・アリー氏が執筆した「これらの者がジャウラーニーを取り巻く影の男たち」と題する記事で、シリア新政権の真の権力者の存在を指摘した。過日女性の権利の行方についての記事でも紹介したとおり、記事の執筆者にはシャーム解放機構とジャウラーニーの下で「自由で民主的な」シリアができるのかについて懐疑的な指標や情報が寄せられているようだ。
アサド政権下のシリアは、外形的には行政府、司法府、立法府を備え、それらが国政を担っていることになっていたが、実態はハーフィズ、バッシャール父子を頂点とし、彼らの親族や近しい関係にある実業家・治安機関の高官らが「真の決定権者」であること誰もが知っている権力の二重構造が形成されていた。本来閣僚・官僚・議員・司法職ではない「真の決定権者」たちは、与党バアス党の幹部に選任されることで「表の権力機関」を支配していた。ただ、今後のシリアの政治制度の設計を考える際の参考として、こうした二重構造の下でも、アサド父子は一応大統領・バアス党の党首として人民・議会・与党からの選挙を必要とする地位についていたし、他の「真の決定権者」たちも与党の幹部に選任される際には党内選挙や党大会という手続きを経なくてはならなかったことは覚えておこう。また、行政府、司法府、立法府も、単なる形式というわけではなく、そこでの役職や権益の配分はシリア社会の政治的統合に大きな意味を持った。特に、立法府(人民議会)は「真の決定権者」と人的なつながり(コネ)を作る機会を得る場所でもあったので、これに参加することはシリア社会の様々な集団とその指導的地位にある者たちにとって重要なものだった。これに対し、「真の決定権者」たちは「どのような集団が政権の役に立つか」に鑑み、政権として仲良くしたい集団の代表者たちに、議員としての役職を配分した。
一方、上記の『ナハール』紙の記事によると、新政権の幹部として現れる者たちはシャーム解放機構の第一線の指導者たちではなく、実はジャウラーニーの周囲には長年同人を取り巻く「(権力者の)狭いサークル」があるようだ。この者たちの名前は新しい政府の高官に任命された者たちの間でも、新政府の活動を報じるニュースにも出てこない。そうなるのは、「狭いサークル」の構成員たちが軽んじられているわけでも、彼らが能力不足なわけでもなく、むしろ彼らがカーテンの裏側で果たしている役割の重要性を反映しているからだそうだ。そして、報道機関に出てくる新政府高官たちではなく、「狭いサークル」の者たちこそが真の影響力の持ち主、決定の言葉を発する者たちということになる。ちなみに、この「狭いサークル」とはアサド政権を非難し、高官らに制裁を科してきた欧米諸国とその報道機関が大好きだった表現だ。以下、上記記事が報じた主な人物を挙げてみよう。
*アブー・アフマド・フドゥード(本名はアナス・ハッターブらしい):ダマスカス郊外県ジャイルード市出身で、イドリブでのシャーム解放機構の総合安全局長官。ジャウラーニーに能力を評価され、ジャウラーニー個人の護衛を担当するようになった。現在シリア各地に展開する総合治安機関の監督者で、治安の確立、情報収集、スパイ網の構築を含む任務を担当している。今後は、かつてイドリブ県でそうだったように、ジャウラーニーへの反対者をぶちのめす腕になると予想される。
*ムフタール・トルキー(トルコ国籍だが本名は不明):シャーム解放機構の軍事分野では筆頭格の人物で、(アサド政権打倒につながった)「侵略抑止」攻勢指令室の幹部。同人の身許は長年ほとんど明かされておらず、これにより同人がシャーム解放機構の中心人物であることと、トルコの情報機関にとっての同人の重要性が示されている。ムフタール・トルキーは、新たなシリア軍創設で大きな役割を果たすと予想される。しかし、同人が外国籍であることに鑑み、その役割はシャーム解放機構内に設置された戦闘部隊の「赤色団」、「イブン・ワリード部隊」のような機関の監督者となりそうだ。ジャウラーニーはこの2つの機関を新生シリア軍に編入せず、形式的に国防省の傘下に置いて機関の独立性を維持しようとするだろう。
*アブー・フサイン・ウルドニー(ウルドニーとは、ヨルダン出身者ということを示す):ヨルダン出身で、ジャウラーニーに強い忠誠心を持つ。シャーム解放機構内での重要性はトルキーに次ぐ。
*政治分野での重要人物としては、ザイド・アッタール(イドリブでの政治行政責任者。フサーム・シャーフィイー、アブー・アーイシャ・ハサカーウィーなどの偽名を用いるが、身許は不明)、ウバイド・アルナーウート(報道機関に対し、政治司令部の報道官として発言するが、政治司令部は誰が率いているかわからない)がいる。また、正体不明の政治指導部が、外交問題やシリア国内の外交団の活動を担当するムハンマド・アブドゥッラー・ガール、ムフシン・ムハンマド・ミフバーシュ、ムハンマド・カナートリーを任命した。なお、ザイド・アッタールは、閣僚に任命されても影の権力者にとどまっても、外交問題を担当し続けるだろう。
*上記の者たちの他にも、ジャウラーニーが諸部族との関係改善や財政問題で頼りにする者たちがいる。主要な人物は、ジャウラーニーの妻の同母兄弟のように姻戚で結ばれた者たちがいる。
上記のような「真の決定権者」を擁する体制は、テロ組織、あるいは外国からの直接・間接の支援を受けて「革命」を成就させたシャーム解放機構が帯びる胡乱な組織としての性質を如実に表している。非合法下で活動する組織や政党で、非公然活動に専念する部門や活動家が居るのは世界各地でみられることだし、そうした組織が姻戚などの縁故を通じて支持を拡大した結果、指導部が親類縁者で固められることも別に珍しいことではない。しかし、これらの「真の決定権者」たちが公の場に姿を現さず、「影の役割」を続けるようならば、シリアの政治構造はこれまでと大して変わらないものが再生産されることになる。権力の二重構造が再生産されるようならば、それは相変わらず「真の権力」の担い手たちがシリア人民に問責されることもなければ彼らに対して責任を負うこともない状態が続くことを意味する。この構造が維持されるならば、アサド政権崩壊以後のシリア情勢は「革命」ではなく「権力者のすげ替え」でしかない。そうでないのならば、ジャウラーニー自身を含む「真の決定権者」たちが(アサド大統領の時のように形式的なものでも)シリア人民や与党に責任を負うべき役職に就くとともに、「やばすぎて正体を明かせない」面々についてもその身許とこれまでの役割を明らかにし、「本来の居場所」にお引き取りいただくしかない。