水害被災者を前にした「金正恩演説」に異議あり! 6つの問題点!
金正恩(キム・ジョンウン)総書記は3日前の8月8日に集中豪雨による水害に見舞われた平安北道新義州の被災地を専用列車で再び訪れ、「家を失い、野宿している被災地の人民に」(朝鮮中央通信)救援物資を届けたと、北朝鮮のメディアは伝えていた。
配信された写真を見ると、金総書記は改造した車両に設置された演壇から野外に集まった被災者らに向け演説を行った際、冒頭に「大災難に見舞われた皆さんが不便な臨時施設で非正常な生活を送ってからかなりの日が経ったが、お見舞いしたいというのは心だけでスカッと援助できなくて申し訳ない気持ちを禁じ得ない」と謝罪をし、頭を下げていた。実に珍しいことだ。
金総書記が人民の前で「自己批判」したのは2017年1月の新年辞で「いつも気持ちだけで、能力が追いつかないもどかしさと自責の念に駆られながら昨年を送りました」と述べた以来ではないだろうか。
新型コロナウイルス感染危機が迫る最中の2020年10月10日の労働党創建75周年軍事パレードでも演説中に声を震わせ「災害復旧の任務を終えても首都平壌には戻らず、進んで他の被害復旧地域に向かった愛国の国民に感謝の言葉を贈りたい」と述べ、眼鏡を外してハンカチで涙を拭っていたりしたこともあったし、昨年12月に開催された全国母親大会でも母親の苦労について話している最中に涙することはあったが、「自己批判」は滅多にないことだ。
涙も自己批判も「愛情溢れる指導者」「情け深い指導者」「心優しい指導者」を印象付けるための「演出ではないか」と見る向きもあるが、その狙いがどこにあるにせよ、最高指導者の失政により人民が苦しんでいるわけだから謝罪をするのは至極当然のことである。
金総書記が最初に被災地を訪れ、政治局非常拡大会議を開き、水害被害を防止できなかった担当幹部らを激しく叱責し、更迭した際にX(ツイッター)に「最高責任者として一度は自らが国民に謝罪すべきではないか」とクレームをつけていた筆者としては北朝鮮についてはなんでもかんでも叩く韓国のメディアとは一線を画し、この点は評価に値すると思っている。しかし、それ以外は納得がいかないどころが、正直不満だらけである。
第一に、被災地への救援物資が届くのが遅すぎたことだ。
救援物資は平安北道の新義州には9日に、同じく鴨緑江氾濫による洪水被害を受けた慈江道と両江道には10日に届けられていた。豪雨が発生したのは7月27日で、金総書記が視察に入ったのは28日である。
金総書記も演説で「かなりの日が経っているのにスカッと援助できなくて申し訳ない気持ちを禁じざる得ない」と陳謝していたが、緊急を要するのに救援物資が届くまで12日から13日もかかっている。これではあまりにも遅すぎる。
第二に、被災民に野外での仮設テント生活をさせていることだ。
金総書記は「被災民がこの猛暑とむし暑さの中、家を失い、野宿している」と、被災者の窮状を口にしていたが、地方の住宅にはそもそもエアコンなどは備えられていない。一部の民家にあったとしても電力不足で機能しない。従って、被災民は猛暑には耐えられるだろうが、心配なのは台風や豪雨にテント生活では耐えられないことだ。
平安北道の被災地にはすでに13万人が動員され、住宅や公共施設の建設に取り掛かっているが、金総書記は演説で「住宅建設など復旧には少なくとも数か月かかる」と述べていた。それまでの間に台風が到来すれば、テント生活では第2次災害が発生する恐れが高い。日本列島を横断し、日本海に向かっている台風5号は進路を見る限り、かわすことができそうだが、被災者らはいつ台風に襲われるかもわからない不安の中で日々過ごすことになる
第三に、自然災害の被害の責任を常に部下らに擦り付け、人民大衆の面前で扱き下ろしたことだ。
政治局非常拡大会議に続いて被災地での演説でも「我が政府内の経験や水準の低い一部の幹部は復旧ばかりを云々しながら生徒と子どもたちの勉強、保育・教育などについては全く関心を払っていない。また医療保障対策をとってみても薬品の供給にとどまり、具体的で実質的な医療サービスの提供を予見していない」として「昨日も党中央委員会当該部署との協議会で私が批判を与えた」と、険しい表情をして担当者らを責めていた。
「笛吹けど踊らず」で怒る気持ちはわからないわけでもないが、周知のように部下の幹部らには決定権は与えられていない。下の者は上からの指示、命令に従うだけで、何一つ勝手なことはできない仕組みになっている。極論を言うと、金総書記が決定した子供や老人ら1万5400人余りの弱者の平壌への疎開は一介の地方幹部の判断ではできないことである。北朝鮮は唯一指導体制で、金総書記の指示がなければ動かないシステムになっている。
金総書記は「災害防止機関は統計を出すことで自己の活動に代える有名無実の機関にすぎない、これは、幹部たちの無責任な活動態度の端的な側面であり、現存の硬直した思考方式と形式主義的な活動方法を終始踏襲したのでは、国に災害防止機関が十、百、千があっても全く役に立たない」と批判しているが、現地の幹部らを片っ端から槍玉に挙げ批判すれば、逆に今後、幹部らの権威は地に落ち、人民は幹部らの言うことを聞かなくなるだろう。
第四に、抜本的な災害防止対策を講じていないため毎年同じことを繰り返していることだ。
金正恩政権が発足した2012年に咸鏡南道の検徳地区などで洪水被害を出したのを始め、2015年、2016年、2019年、2020年、2023年と台風や豪雨による水害を毎年発生させている。ダムや堤防、水路など水防壁から排水、灌漑、道路と鉄道、通信など肝心なインフラ整備が全く立ち遅れていることだ。
金総書記はその都度、台風に備え、補修、補強するよう叫んでいるが、一向に改善されてない。そのため多くの耕地が冠水し、それが原因で慢性的に食糧不足が改善できないでいる。北朝鮮の水害被害が一過性でないことが問題なのである。
第五に、被災者には関係のない韓国批判を展開していることだ。
金総書記は韓国のメディアが「被災地域の失踪者は1000人を超えた」とか「救助中数台のヘリコプターが墜落した」とか、「水害地域で人命被害が発生しているのに先月の27日、平壌で戦勝節行事を行った」と報道したことについて「途方もない捏造をでっち上げである」と憤慨し、人民に韓国への敵愾心を植え付けさせているが、被災者が喉から手が出るほど欲しがっている救援物資の韓国赤十字社からの支援要請については一言も言及しなかった。都合の悪い情報として開示しないのは明らかにダブルスタンダードである。
最後に、国際機関の人道支援を拒否し、自力解決を選択したことだ。
金総書記は「多くの国や国際機関が、我が国に人道支援を提供する意向を表明している」として「それに謝意を表する」としつつも他力本願ではなく「いつもと同様、自力に対する確信を何よりも大事にし、人民の力と知恵を引き出して全ての問題を解決していく」と、「精神論」を前面に出し、自力解決を強調していた。
自力で解決できればそれにこしたことはない。しかし、資金から資材などが限られている状況下での「精神論」には限界がある。過去の例を挙げるまでもなく、被災地に潜在力を一点集中させれば他に歪が生じる。
例えば、セメントや鉄鋼、木材など建築資材から内装、備蓄品などを優先的に被災地に回せば、来年2月に完成予定の「和盛地区」の第3段階(1万世帯)工事にも、目標から5年遅れになり今年10月に竣工予定の「人民への贈り物」(金総書記)である江原道の元山とカルマ海岸観光開発もずれ込むかもしれない。
それだけではない。今年から着手している金総書記肝いりの「地方発展20×10政策」(首都と地方との格差を減らすため地方の20の地域で今後10年間、毎年工場を新設する政策)にも弊害をもたらすことになるであろう。
先進国の日本でさえ、地震など自然災害に見舞われた時は世界各国から支援を受けている。発展途上国ならば、なおさら外部からの支援が必要だ。過去の災害の時はユニセフや世界食糧計画(WFP)、あるいはスイスや友好国の中露から人道支援を受けていたのに今更、受け取らないと格好をつけてもナンセンスである。やせ我慢は被災者のためにならないであろうし、仮に、金総書記の面子のためならば最悪の選択である。