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インディーズ映画のマドンナ、堀春菜のデビュー作が5年越しで公開 「自分を女優と思ったことはないです」

斉藤貴志芸能ライター/編集者
数多くのインディーズ映画に主演する堀春菜(撮影/小澤太一)

出演歴に「主演」「ヒロイン」の文字がズラリと並ぶ22歳の女優、堀春菜。才能ある若手監督の作品などインディーズ映画が多いが、映画祭で女優賞を獲ったりと演技力に評価は高い。そんな彼女の5年前のデビュー&主演映画『ガンバレとかうるせぇ』がようやく一般公開される(出演作『歩けない僕らは』と併映)。これを機に、堀春菜とはどんな女優なのか、本人の話を聞いて掘り下げてみたい。

デビューと初主演は撮影1週間前に決まりました

 堀春菜が主演した『ガンバレとかうるせぇ』は、高校生だった6年前に撮影。彼女自身、5年前に『PFFアワード』などいくつかの映画祭で上映されて以来、観てないという。

「私は『歩けない僕らは』の自分を見て『大人っぽくなったな』と思ったんですけど、『ガンバレとか~』の予告編を見た人に『最新作ですか?』と言われました。6年前と見た目が変わっていませんか(笑)?」

 この映画で演じたのは、高校3年生のサッカー部マネージャー。夏の大会に敗退したあとも、慣例に従わず部に残ることを宣言するが、自分が顧問にも部員にも必要とされてないことに気づいてしまう。

「初めての映画で、しかも出演が決まったのは撮影の1週間前。監督から急に『秋田に来られますか?』と連絡が来て、『脚本ってどう読むの? 台詞はどう覚えるの?』という状態のまま、カメラがもう回っていました(笑)。だから不安でしたけど、それがちょうど役柄と合っていて、不安なままの私が映っています。演技ではなかったですね」

『ガンバレとかうるせぇ』より(SPEAK OF THE DEVIL PICTURES提供)
『ガンバレとかうるせぇ』より(SPEAK OF THE DEVIL PICTURES提供)

 インディーズ映画とはいえ、主役の話が1週間前に来るのは異例だが、これには経緯がある。まず撮影から遡ること2年前、中学生だった堀が受けたある映画監督のワークショップに、佐藤快磨監督がスタッフとして入っていて、彼女の演技に目を留めた。

「一緒に受けていた大人っぽい女性が、私はちょっと怖かったんです。それを講師の監督が感じ取って、私とその女性で掛け合いをやることになって、本当に怖くなって泣いてしまいました。それを佐藤監督が覚えてくれていたみたいですけど、あれも演技ではありませんでしたね(笑)」

気が済むまでやったら乱闘シーンに(笑)

 そして、佐藤監督が『ガンバレとかうるせぇ』を撮ることになり、堀を主役にキャスティングしようとしたら、事務所のホームページに彼女の名前はなくなっていた。SNSで検索しても引っ掛からない。諦めて撮影準備を進めていたが、事情があってクランクインの1週間前にもう一度検索したところ、堀がたまたま前日にツイッターを始めていて、連絡を取れたのだった。

「そのときは前の事務所を辞めていて、普通に学生生活を送っていました。1本だけ舞台をやることになったので、宣伝のためにツイッターを始めたら、監督が検索してくれたんです」

 ツイッターを始めたのがもう少し遅かったら、監督が検索したのがもう少し早かったら……。「本当に運命ですよね」と堀は言う。

 『ガンバレとかうるせぇ』では、サッカー部員たちの前で、堀が演じるマネージャーがキャプテンと取っ組み合いのケンカをするシーンが印象的だ。

「本当は私が1回だけビンタして、あとは部員たちのケンカになるはずだったんです。でも、私だけ去っていくのが何か悔しくて、ワンテイク撮ったあと、監督に『どうして私はあの場を離れるんですか? 全然スッキリしません』と話したら、『じゃあ、気が済むまでやって』と言われて、乱闘になりました(笑)。人にビンタしたのも初めてだったのに」

撮影/小澤太一
撮影/小澤太一

ミニシアターでサウジアラビアの映画に衝撃を受けて

 堀は3歳からバレエを習っていて、女優を目指したのも小学1年生からと早い。

「通っていた幼稚園の先生が市民ミュージカルに出演して、観に行ったとき、母に『なんで私は観てる側なの? 私も出たい!』と言いました。5年生のとき、自分も地元の市民ミュージカルに出て、母が『本当にやりたかったんだね』と応援してくれるようになりました」

 学校では陸上部や生徒会などをしながら、映画を観て刺激を受けたこともあったという。

「中学までは大きな映画館でしか観たことがなかったんですけど、高校の近くに(ミニシアターの)ジャック&べティがあって、よく行くようになりました。そこで『少女は自転車に乗って』というサウジアラビア映画を観たとき、『こんな世界があるんだ!』と衝撃を受けました。女の子が『乗ってはいけない』と言われる自転車に乗って、最後はさわやかに走り去って行く物語で、男女差別が激しかった当時のサウジアラビアで初の女性監督だったんです」

 サウジアラビアは女性の車の運転も、昨年ようやく解禁された国だ。

「家族以外の男性と話してはいけないから、スタッフには離れたところから無線で指示して撮影したと、インタビューを読んで知りました。強い気持ちが入った映画のすごさを感じて、その後はそうした作品を観るようになりました」

 当時から、ヒット大作よりミニシアター系作品に反応する感性があったようだ。

撮影/小澤太一
撮影/小澤太一

役と近すぎず離れすぎずの距離を保てました

 自身の出演作で、特に手応えがあったものを尋ねると、2017年公開の『空(カラ)の味』が挙がった。摂食障害に悩む女子高生役で主演。田辺・弁慶映画祭のグランプリなど4冠ほか、五つの映画祭で賞を獲っている。

「ほぼ塚田万理奈監督の実話で、監督が実際に言ったり、人から言われた言葉が台詞にいっぱい入っていて、撮影中は監督本人が近くにいるのがプレッシャーでした。役=監督自身ではないから、なぞる気はなくても、リハーサルで監督自ら仕草を見せられたりすると、『私がやっていいのだろうか?』とかいろいろ考えてしまって。大変だった分、思い入れがある作品です」

 一見普通の生活の中で、過食と拒食を繰り返して精神を病んでいく姿に、過不足ないリアルさを感じさせたが、役を引きずるタイプだろうか?

「切り替えは、うまくできないかもしれません。でも、あの作品は監督の実家で寝泊まりして撮ったんです。自宅に帰っていたら、たぶん役と自分の生活がこんがらがって、ワケがわからなくなっていたと思いますけど、役と近すぎず離れすぎずの距離を保つことはできていたかな」

 では、事前の準備や役作りは念入りにしていく?

「脚本を読んでいろいろ考えますけど、結局は共演の方の声を聞いて、わかってくることも多いので。台詞はどんな状態でも言えるようにしておいて、あとは現場で生まれるものによって全然変わってきます。『歩けない僕らは』だと、演じる理学療法士の仕事に関する知識は勉強して行きました」

撮影/小澤太一
撮影/小澤太一

女優である以前にちゃんとした人間でいたい

 『歩けない僕らは』で堀が演じた理学療法士は、新人で主人公の同期。身体に障害のある人のリハビリをサポートする仕事ながら、イマドキなノリを見せていた。

「宇野(愛海)さんが演じる主人公に、どんな影響を与えるかを考えました。自分が主役のときは、真ん中にいれば周りが問題を起こしてくれますけど、今回は自分が仕事に来なかったりして問題を起こす側。どういうふうに言ったら宇野さんがムカつくか(笑)? といったところを探りました」

(C)映画「歩けない僕らは」
(C)映画「歩けない僕らは」

 療法士の仕事を「向いてなかったかも」という台詞もあるが、自身は女優が天職だった感じ?

「私はあまり自分を女優だと思ったことがないんです(笑)。女優さんと言ったら、カッコいいイメージ。でも、私は自分の人生を歩いている中で映画の仕事に関わっているというか……。女優である以前に、まずはちゃんとした人間でありたいと思っています」

 彼女の演技の自然な人物造形は、日常と地続きなところから生まれているのかもしれない。

「国内でも海外でも、実際に行って感じることは大切にしています。高校生の頃、日韓交流の活動をしていて、3・11(東日本大震災)のことを聞かれても、うまく答えられなかったんですね。それから被災地にも行きました。いろいろな世界を知って、いろいろな人と出会って、自分のこともさらに知っていきたい。それが結果的に演技にも役立っていたら、いいのかなと思います」

思春期を覗かれるみたいで恥ずかしい(笑)

 今年も海外に足を運んでいる。

「台湾で舞台に出演して、1ヵ月滞在しました。プライベートでもニューヨークや、ずっと行きたかったカンボジアに初めて行きました。小学生のとき、委員会でカンボジアへの募金をしたことから興味を持って、高校生のときにはクメール・ルージュとかカンボジア史について学びました。行く機会はなかなかなかったんですけど、『行きたいなら機会と関係なく行くしかない』と思って、行ってきたんです」

 現在はインディーズ映画の出演が多いが、メジャー作品にもっと出ていきたいとか、欲はないだろうか?

「有名になるとか、あまり考えたことはないですね。でも、出演したいと思った脚本、組みたいと思った監督やスタッフさんと一緒に作品を作れたら……というのはもちろんあります」

 ともあれ、デビュー作『ガンバレとかうるせぇ』がようやく一般公開されることに、感慨はあるのでは?

「撮影した頃を知っている高校の友だちや、当時映画祭で上映してくれたスタッフさんが喜んでくれたのが嬉しかったです。『どうしたら観られるの?』と聞かれることも多かったので。5年経って公開できるのも、映画の素敵なところですよね。本当に“演技”はしてなかったので、自分の思春期を覗かれるみたいで恥ずかしい気持ちもありますけど(笑)、自分でも観に行こうと思います」

Profile

ほり・はるな。1997年3月17日生まれ、神奈川県出身。2014年に映画『ガンバレとかうるせぇ』に主演して女優デビュー。主な主演映画は『空(カラ)の味』、『セブンティーン、北杜 夏』、『過ぎて行け、延滞10代』、『浜辺のゲーム』など。他に映画『万引き家族』、『21世紀の女の子』、ドラマ『あったまるユートピア』(NHK BSプレミアム)などに出演。また、日韓合作映画『大観覧車』や台湾での舞台『EATI 2019 in Taipei』に出演など、海外にも活動を広げている。

公式HP

SPEAK OF THE DEVIL PICTURES提供
SPEAK OF THE DEVIL PICTURES提供

『ガンバレとかうるせぇ』

11月23日(土)から新宿K’s cinemaより全国順次公開

(『歩けない僕らは』と併映)

芸能ライター/編集者

埼玉県朝霞市出身。オリコンで雑誌『weekly oricon』、『月刊De-view』編集部などを経てフリーライター&編集者に。女優、アイドル、声優のインタビューや評論をエンタメサイトや雑誌で執筆中。監修本に『アイドル冬の時代 今こそ振り返るその光と影』『女性声優アーティストディスクガイド』(シンコーミュージック刊)など。取材・執筆の『井上喜久子17才です「おいおい!」』、『勝平大百科 50キャラで見る僕の声優史』、『90歳現役声優 元気をつくる「声」の話』(イマジカインフォス刊)が発売中。

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