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首相公邸忘年会問題、建造物侵入罪成立の可能性は?

郷原信郎郷原総合コンプライアンス法律事務所 代表弁護士
(写真:つのだよしお/アフロ)

昨年(2022年)12月30日、総理大臣公邸で、岸田文雄首相の長男の翔太郎氏が親族とで忘年会を開いた際、翔太郎氏が公邸に招いた親族を、迎賓などを行う公的スペースに通し、赤いじゅうたんが敷かれた階段で写真撮影するなど私的に利用した問題が、5月25日発売の週刊文春で報じられた。

当初、岸田首相は、翔太郎氏の行動について「不適切」としながら、「厳重に注意した」で済まそうとしていたが、5月29日、日経新聞で、内閣支持率が前月より5%低下したことが報じられ、広島G7サミットによる支持率上昇の目論みが、その問題で逆の結果となったことに衝撃を受けたのか、同日、岸田首相は「けじめ」として、翔太郎氏の辞任、事実上の更迭の方針を明らかにした。

5月26日の参議院予算委員会で、立憲民主党の田名部匡代議員が、公邸の使用ルールを定めた「内規」の存在について質問したのに対して、岸田首相はその内容について

「どのように生活すべきか、様々な指示がある。ただ、セキュリティーの関係から公にすることは控える」

などと述べ、今回の行為が「内規」に反するかどうかは答えなかった。

首相公邸という「建造物」は、長く官邸として使われ、日本政治の中枢だった。5・15事件や2・26事件など歴史の舞台にもなった。私有財産ではなく、2005年に新首相官邸が竣工した後、執務機能の一部と迎賓機能を首相公邸に残すことになった。つまり、首相公邸は、単なる首相の住居ではなく、もともとの首相官邸の機能の一部を担う公的施設なのである。

それだけに、翔太郎氏が、公邸内の公的スペースに親族を招き入れたことが、「不適切」でとどまるのか、「違法」の問題を生じるのかは重要な問題だ。

この問題について、「違法」の問題が生じる可能性があるのか、それはどのような場合か、問題を整理してみよう。

松野官房長官の会見での説明によると、この親族らが参加する忘年会は、翔太郎氏が開催したもので、その場に岸田首相も参加して挨拶などをした、ということだった。そして、翔太郎氏が、その際に親族を公的スペースに案内し、写真撮影などをしていたのだが、岸田首相が、そのことを週刊文春の記事で初めて知ったという。

つまり、岸田首相は、この翔太郎氏主催の忘年会に、顔を出して挨拶しただけで、深くはかかわっておらず、翔太郎氏が公的スペースに親族を案内したことは認識しておらず、事前に了解もしていなかった、という説明だった。

首相公邸の内部については、「首相官邸」のホームぺージの中に、「首相公邸(旧官邸)」というコーナーがあり、

「旧官邸の正面玄関ホールを右に曲がると、組閣の記念撮影でおなじみの西階段があります。」

「この階段の脇を抜けた左手に、総理主催の晩餐会や式典、表彰式などが執り行われる大ホールがあります。」

と書かれているだけで、それ以外に内部がどうなっているかは公開されていない。しかし、同ホームぺージで紹介されている「官邸特別見学」で、「総理大臣公邸:旧閣議室、大ホール」が見学コースに含まれていて、一定の手続きをとった上で一般人が立ち入ることになっているのであるから、それは、首相の住居としての「私的スペース」とは切り離されて管理されていることは間違いないであろう。

つまり、首相公邸という一つの建物の管理権は「公的スペース」「私的スペース」一体のものではなく、別個のものだと考えてよいであろう。

もっとも、首相公邸なのであるから、建物全体について管理者は首相であり、私的スペースについては、その居住者の筆頭者として、公的スペースについては、執務・迎賓機能を担う内閣の組織のトップとして、いずれも、首相に管理権があると考えられる。

そのような前提で考えれば、首相の長男の翔太郎氏は、私的スペースの「同居人」であり、私的スペースについては自由に出入りできるが、公的スペースについては、公用の目的で使用する場合には公的な手続をとった上で、それ以外であれば岸田首相の了解がなければ、翔太郎氏が勝手に出入りすることは許されないということになる。

このような前提で考えた場合、今回の翔太郎氏の「不適切」とされた行為は、具体的にどのような法律に触れる可能性があるのか。

問題になるとすれば、「建造物侵入罪」(刑法130条)であろう。

岸田首相や、松野博一官房長官の答弁からも、そのような行為が「許されないもの」であることは間違いないであろう。田名部議員の「内規に違反するのか」との質問に対しては答えなかったが、おそらく首相官邸の使用に関する内規上も、公的スペースに、首相の家族や親戚・知人等が私的な目的のために立ち入ることは禁止されているはずだ。

首相公邸の私的スペースで忘年会を行った際、公的スペースに忘年会参加者を招き入れた行為が、首相公邸という建造物の管理権者の意思に反したものだとすると、建造物侵入罪が成立する可能性がある。

前記のとおり、岸田首相が、公邸全体についての管理権を有していることは間違いない。翔太郎氏は、私的スペースの同居人であるとともに、首相秘書官でもあったが、首相秘書官の職務は、内閣総理大臣に常に付き従って、機密に関する事務を取り扱い、また内閣総理大臣の臨時の命により内閣官房その他関係各部局の事務を助ける役職であり、固有の権限を有しているわけではない。首相自身からの指示なく、自分の判断で行えることは基本的にないはずだ。翔太郎氏には、首相秘書官だった時も、首相公邸の公的スペースについての管理権はなかったと考えられる。

そこで問題となるのが、親戚を公的スペースに立ち入らせることを、「管理権者」の岸田首相本人が容認していたのかどうかだ。容認していなかったとすれば、形式上、翔太郎氏に建造物侵入罪が成立する可能性がある。

刑法130条前段にいう「侵入し」に関して、

「管理権者が予め立入り拒否の意思を積極的に明示していない場合であっても、該建造物の性質、使用目的、管理状況、管理権者の態度、立入りの目的などからみて、現に行われた立入り行為を管理権者が容認していないと合理的に判断されるときは、他に犯罪の成立を阻却すべき事情が認められない以上、同条の罪の成立を免れないというべきである」

とする最高裁判例がある(最判昭和58年4月8日)。

「該建造物の性質、使用目的、管理状況、管理権者の態度、立入りの目的」という面で言えば、「首相公邸公的スペース」という建造物の性質、赤じゅうたんの階段での記念撮影、「会見ごっこ」などの使用目的での立入行為が容認されていたとは言い難い。

そこで、上記の判例で「管理権者の態度、立入りの目的などからみて、現に行われた立入り行為を管理権者が容認していないと合理的に判断される」とされていることから、「管理者の岸田首相の態度」がどうであったかが問題になる。私的スペースでの忘年会の際に、岸田首相が、

「この機会だから、忘年会に来た人達に、公邸の中を案内したらよい」

というような態度を示していたのであれば、「管理者が容認していた」と判断されることになる。

一方、岸田首相が忘年会に参加している間には、公的スペースに行く話は全くなく、その後、酒に酔った勢いで翔太郎氏が勝手に同年代の親戚を案内して問題の写真を撮ったということであれば、「岸田首相が容認していないと合理的に判断される」ということになる可能性がある。

物理的に公的スペースへの出入りが可能だった場合でも、立入の目的によっては、建造物侵入罪が成立することはあり得る。例えば、会社の事務所の鍵を所持している社員でも、会社での仕事の目的と関係なく、会社が容認しない目的で事務所に入った場合に、建造物侵入罪が成立するのと同様だ。

今回の首相公邸での忘年会の問題は、安倍政権時代の森友、加計学園、桜を見る会などの問題とは異なり、首相公邸という施設への立入や写真撮影という、一見「些細な問題」のように思える。しかし安倍政権での問題では、すべて、安倍氏本人は、自分自身の関与そのものを否定しており、直接の関与を示す証拠はなかったのに対して、今回の総理公邸の問題は、岸田首相自身に極めて近いところで起きた問題である。岸田氏が、翔太郎氏の行動を容認したのか、容認するような態度をとったのか、その説明如何では、翔太郎氏に、犯罪が成立する可能性もないとは言えないのである。

岸田首相には、国会や記者会見の場等で、この親族を集めた忘年会の開催に、そして、その際、公的スペースに親族を招き入れたことにどのように関わっていたのかについて、十分な説明を行うことが求められる。それなくして、岸田内閣への国民の信頼を維持することはできないであろう。

郷原総合コンプライアンス法律事務所 代表弁護士

1955年、島根県生まれ。東京大学理学部卒。東京地検特捜部、長崎地検次席検事、法務省法務総合研究所総括研究官などを経て、2006年に弁護士登録。08年、郷原総合コンプライアンス法律事務所開設。これまで、名城大学教授、関西大学客員教授、総務省顧問、日本郵政ガバナンス検証委員会委員長、総務省年金業務監視委員会委員長などを歴任。著書に『歪んだ法に壊される日本』(KADOKAWA)『単純化という病』(朝日新書)『告発の正義』『検察の正義』(ちくま新書)、『「法令遵守」が日本を滅ぼす』(新潮新書)、『思考停止社会─「遵守」に蝕まれる日本』(講談社現代新書)など多数。

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