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【火の国―ホークス三軍】馬原PGM「独立初の1位指名も夢じゃない」熊本独立球団にいたドラフト金の卵。

田尻耕太郎スポーツライター
ホークス三軍戦に登板した火の国サラマンダーズ・石森大誠投手(筆者撮影)

【4月27日 練習試合 タマスタ筑後 無観客】

火の国    000112200 6

ソフトバンク 030010020 6

<バッテリー>

【火】源、猿渡、石本、水野、石森――深草

【H】大城、吉住、桑原、重田、中村亮――石塚

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【ホークス三軍―火の国】「中村晃さんのように」育成ルーキーの早が4安打

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「バットに当たらない」150キロ超の衝撃ストレート

 1球たりともバットにかすらせなかった。

 相手は三軍とはいえ、福岡ソフトバンクホークスのユニフォームを着た打者たちだ。その彼らをきりきり舞いにして1回3者連続三振の快投を見せたのは、火の国サラマンダーズの石森大誠投手だった。

 6-6の九回裏に登板。この日は両チーム投手陣が乱調で、合わせて4押し出しを含む19与四死球と締まりのない展開だった。その中で1人、異次元のピッチングを披露した。

 先頭の中村宜をオール直球で3球三振。続く早はこの打席まで4打数4安打だったが、初球の変化球と2球目の150キロ直球で簡単に追い込み勝負球も148キロ直球で空振り三振を奪った。そして3人目の居谷はカウント1ボール2ストライクから136キロのカットボールで空を切らせた。

 とにかくストレートが衝撃的に速かった。この日最速は151キロだったが、ネット裏から見る限り数値以上に感じた。素直な印象としては“NPB一軍ですぐに通用するボール”だ。例えるなら、少々古い話で申し訳ないが、福岡ダイエーホークスでセットアッパーとして活躍した篠原貴行投手の全盛期からさらに球速アップしたようなタイプに思えた。また、その中で変化球でもカウントが獲れたのも好材料だ。制球で苦労するタイプでもなさそうだ。

社会人1年目で才能開花

 なぜ、これほどの投手がドラフト指名から漏れていたのか。

 石森は現在23歳の左腕。遊学館高校時代に控え投手として2015年夏の甲子園出場を果たしている。その後東北公益文科大学に進学。エースとして活躍してプロ志望届を提出したもののドラフト指名はなかった。

 石森に話を聞いた。

「大学生の頃は今ほど球速がなかったし、なによりコントロールがめちゃくちゃでした」

 昨年、社会人野球の熊本ゴールデンラークス入り。その環境が、左腕の才能を覚醒させた。

「以前は知識もなくてトレーニング方法も知らなかった。社会人になってから周りに教わって体の使い方が大学時代とは変わりました。全く違うと言っていいです。また、投手兼任でコーチをしてくださった松尾勇太さんにマウンドでの気持ちの持ち方を教わったのも大きかったと思っています」

 昨年は社会人1年目でドラフト対象外選手だった。しかし、ゴールデンラークスのプロ化に伴い、今季は九州アジアリーグ・火の国サラマンダーズでプレーする独立リーグ所属のプロ野球選手となった。NPBへ進む目標はより明確化された。

ベンチから戦況を見守る火の国サラマンダーズの馬原孝浩ピッチングGM(右)。左は細川亨監督(筆者撮影)
ベンチから戦況を見守る火の国サラマンダーズの馬原孝浩ピッチングGM(右)。左は細川亨監督(筆者撮影)

 火の国の馬原孝浩ピッチングGMも石森を絶賛する。

「彼の真っ直ぐはバットに当たりませんよ。彼の場合、ドラフトにかかるかどうかではなく、ドラフト1位指名だって夢じゃないと思っています。彼には来年の即戦力として、1年目からシーズン60試合以上投げて防御率1点台を残す圧倒的なレベルまで行こうと話をしています。そこから逆算するとまだ足りないことも多い。でも、本人のモチベーションも高いですし、僕としても使命感を持ってやっています」

 独立リーグからの最上位ドラフト指名は香川オリーブガイナーズから2013年ドラフト2位で中日ドラゴンズに指名された又吉克樹だ。

「独立リーグから初めての1位指名選手を誕生させたい。そこにやりがいもありますよね」と馬原ピッチングGMも笑みを浮かべる。

 熊本に現れた金の卵。新設独立球団でまだ集客に苦戦しているチーム、そしてリーグにとっても希望の星となりそうだ。

石森大誠(いしもり・たいせい)

1997年12月3日生まれ、23歳。石川県出身。左投左打。身長178cm、体重78kg。遊学館高校→東北公益文科大学→熊本ゴールデンラークス→火の国サラマンダーズ。

スポーツライター

1978年8月18日生まれ、熊本市出身。法政大学在学時に「スポーツ法政新聞」に所属しマスコミの世界を志す。卒業後、2年半のホークス球団誌編集者を経てフリーに。「Number web」でのコラム連載のほかデイリースポーツ新聞社特約記者も務める。2024年、46歳でホークス取材歴23年に。 また、毎年1月には数多くのプロ野球選手をはじめソフトボールの上野由岐子投手が参加する「鴻江スポーツアカデミー」合宿の運営サポートをライフワークとしている。

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