校則が消えた理由
学校といえば「校則」が付き物だと誰もが考えがちだとおもうが、校則のない学校がある。それも、公立だ。東京の世田谷区立「桜丘中学」が、その学校である。
かつては桜丘中学にも校則は存在したのだが、途中からなくなった。それも急に「校則廃止」になったわけではなくて、少しずつなくなっていったのだそうだ。そのきっかけになったのは、西郷孝彦さんが校長として赴任してきたことだった。彼の桜丘中学校長としての経歴は2019年4月に10年目にはいるというから、けっこう前のことである。
「急に廃止といったって、子どもたちも先生たちも頭のなかが簡単に切り替えられるわけじゃないから、徐々になくしていった」
と、西郷さんは云った。それにしても、どうやって校則を廃止していったのだろうか。
「例えば、靴下は白でないとダメだっていう校則があった。セーターも紺でないとダメとかね。別にだらしなく着ているわけでもないのに、『校則だからダメ』って先生が頭から押さえ込むわけです」
それが西郷さんには疑問だったので、生活指導主任の教員に「なぜダメなのか」と問うと、答えられない。校則で決まっているけど、なぜ決まっているのか、実は誰も理由を答えられないのだ。
「それはおかしいと云うと、『それでは紺もいいことにしましょう』となった。それも、訳わからないでしょう。白でなきゃいけない理由も分からないし、紺もいいことにする理由も分からない。それなら、その校則そのものを止めましょう、と」
そこから始まって、同じように「なぜ決めなければいけないのか」を一つひとつ論議していったのだ、そうしたら校則がなくなってしまったのだ。校則を廃止するのが前提だったわけではなくて、ほんとうに必要な決まり事なのかを考えていった結果、「いらない」となったのである。
校則で決められていなくても、教員は子どもたちに対して「ダメ」と云いがちである。子どもたちに注意したり叱るのが教員の仕事だと思い込んでいる風潮は、日本の学校の特徴なのかもしれない。
「それも桜丘中学ではダメです。ちょっと前にも転任してきた先生が、雨が降ってきても校庭で遊んでいる生徒に『雨が降っているから教室にはいれ』みたいなことを校内放送したのね。僕は怒ったよ。雨が降ってても、それでも自分で遊ぶと決めて遊んでいるんだから、それでいいじゃない、って。風邪をひくのが心配なら自分が外に出ていって、そう云えばいいじゃない。放送で頭ごなしに叱るようなことはやっちゃいけないですよ」
そして西郷さんは、「僕が先生たちに云ってるルールは『自分ができないことを頭ごなしに子どもたちに云わない』ということだけです」と云った。やってはいけないことであれば理由を説明すれば子どもたちも納得するはずで、説明もできないのに押しつけるべきではないということだ。頭ごなしに抑え込めば、子どもたちが反発するのも当然といえる。だから止めなければいけない、というのが西郷さんの考えでもある。
実は子どもたちも「ダメ」と云われない環境に慣れるには時間がかかり、「この学校の生徒らしくなるには1年ぐらいかかる」と西郷さんは云う。
桜丘中学に入学するまでに子どもたちは、「ダメ」と云われる環境で育ってきている。だからダメと云われないようにしたり、ほかの子と同じようにしなければならないとおもいこんでしまっている。
「ダメだと云われることを前提にしていると、子どもたちは何も云わなくなる。新しいアイデアもだそうとしない。それでは、得るものが何もない。やって失敗したら『次はこう工夫してみよう』となるじゃないですか。それでこそ得るものがある」
と、西郷さん。子どもたちにとって大事なことはチャレンジすることであり、そのためには教員が「ダメ」と抑えつけるようなことはするべきではないのだ。
校則のない、「ダメ」と云われない桜丘中学を「変な学校かもね」と、西郷さんは云った。それに「変な学校が当たり前にならなきゃいけないですよね」と返したら、「良いこと云うね」と西郷さんは満面の笑みを浮かべて云った。